魔術少女はお熱いのがお好き

 魔術使いの少女、目の前で起こったことがまだ信じられない様子で愕然としている。可愛らしい目元に恐怖の色が浮かんだ。

 だが、少女の闘志はまだ失われていない。むしろ恐怖によって、その伝馬への敵意を強める。

 娑婆の空気を胸いっぱい吸って、少し回復した伝馬、まだまだ荒い息を整えつつ、少女をじっと観察した。


 (見たところ、そんなに悪い人でもなさそうだ。多分僕のことを誤解してるんだろうな。きっと話せばわかってくれるはず。まずは敵意がないことを全身で表現するんだ。笑顔は警戒心を解くって何かで読んだから……)


 実践してみた。息を荒げつつも伝馬は両腕を低く広げ、汗の浮かんだ顔に笑みを作ってゆっくりと少女の方へと歩みよろうとする。


 「ハァハァ、ぼ、僕は……ハァハァ、僕は、君の……ハァハァ、ハァハァ、僕は、ハァハァ、君の、ハァハァ、敵じゃ……ハァハァ、ハァハァ……」


 汗ヌルヌルで、上気した気味の悪い笑みを浮かべながら、電マ片手に息を荒げながら迫りくる、上半身裸の超危険人物にしか見えなかった。


 もちろん、少女はもっと恐怖した。恐怖しないはずがない。


 「こ、来ないでぇぇぇーーーーー!!!!」


 絶叫。電マを知らない少女でさえ怖がらせるほどの生理的恐怖感が、今の伝馬にはあった。

 少女は杖の先を再び伝馬へ向けた。杖先に一瞬火花が灯ったかと思うと、次の瞬間には巨大な火球となった。車一台軽く飲みこんでしまいそうなほど巨大な火球。


 「えぇ……」


 ヤバいを通り越してドン引きする伝馬。


 (マジか! 殺す気まんまんじゃん! あれだけ敵意がないことを全身で表明しても、通じないのか……! )


 自分の行動が百八十度きれいに裏目に出たなんて想像もしていない伝馬だった。


 「焼却処分ッ! 灰となり土に還れッ! この変態野郎ゥッ!!!」


 叫び、火球を撃つ少女。

 凄まじい熱気とともに迫る火球。一瞬にして周囲の気温が跳ね上がる。炎天下の砂漠でこたつを敷き、鍋焼きうどんを食うような激熱。


 (熱ッッッつ!! ヤバい! っていうか変態ってなんだ!? 僕のどこが変態なんだ!? 熱ッッッつ!! それどころじゃなかった! マジでヤバい!!)


 火球はもう目前だ。


 (よけられない! 死ぬか!? 死ぬゥ! 死にたくない!)


 伝馬は電マを火球に向けた。


 (葵ねえ、僕を守ってくれ……!)


 「うおおおおおぉぉぉおぉぉぉおおおぉぉおぉぉぉぉぉッッッッ!!!!!!」



 ヴヴヴヴイイイイイ~~~~~~ンンンンンン…………………!!!!

 


 唸る電マ、迫る火の球。

 火球が電マに触れた瞬間、火球は接触点から青い光を放ち、一気に熱を失い、先端から粒子となって散ってゆく。火球はみるみるうちに縮小し、ものの数秒で消滅した。


 「う、嘘でしょ……!?」


 呆然とする少女。


 「私のファイアボールを打ち消した……!? 最大火力を、まるでろうそくの火を摘むように、いとも簡単に……」


 自慢の魔術を破られ、プライドすら粉々に砕かれた少女はがっくりと肩を落とした。可愛い顔に疲労と絶望の色が濃い。ただその目だけが、睨むように半裸の男子高校生とその手の電マを見つめた。


 賢明なる読者諸君は「電マにそんな力なんてあるわけない」とお思いだろう。常識的に考えて、それは正しいだろう。なにせ、電マとはただのマッサージ器なのだから。

 だが、魔術という常識外の存在を我々の常識で測ることはできない、それは異世界における電マもまた同じことではないだろうか。

 少なくとも電マに注がれる少女の目は、電マをただのマッサージ器とは見ていない。


 「はっ、ははっ、これ、凄いな……!」


 一方、伝馬はヘラヘラ笑っていた。

 まさか電マがここまで凄いアイテムだとは思ってもいなかった。電マが巨大火球を苦もなく打ち破るのを目撃すれば、誰だって笑うしかない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る