電マ in fire! ~電マはアナタに火を点けるもの~

 「ば、化け物……!!」


 杖によりかかりながら、伝馬を睨む少女。


 「ちょ、ちょっと! 僕のどこが化け物なんだ!? あと、僕は変態でもないから!!」


 心外だった。伝馬はただの男子高校生、化け物と言われる筋合いはない。

 ただ、その手に堂々と握られているのは電マ。電マは本来健全なアイテムだが、それに半裸の男が組み合わさると、化け物はともかく変態に見えなくもない。


 「今度こそ葬り去る!」


 少女は荒い息を噛み殺し、杖を構え、杖先に意識を集中させる。次の魔術を繰り出そうとしている。


 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと! ちょっとちょっと! さっきから待ってって言ってるじゃないか! ちょっとくらい話を聞いてくれたっていいじゃないか!」


 「黙りなさいッ! いくら巧妙に人間に化けてもバレバレよ! 化け物の言うことなど――」


 そのとき、はるか上空で雷のような轟音が響き渡った。

 二人とも空を見た。空は雲ひとつない晴天。


 (なんだろう、今の音)


 伝馬は怪訝な顔つきになった。

 少女の方は、今の音で何かを察したらしい。一層表情を強張らせ、鋭く伝馬を睨みつけた。


 「やってくれる……まさかドラゴンを呼ぶとはね……!?」


 ドラゴン、と言われて、伝馬は未だそこで眠っているドレイクを指差して言った。


 「ドラゴン? ああ、それは勘違いだ! 僕もこいつに突然襲われて――」


 「まだしらばっくれるのね、もうドラゴンの轟きが聞こえているのに……」


 「ドラゴンのとどろき? 今のってドラゴンの音なの?」


 「どこまでもとぼけ通すつもりね……!」


 「いやいや! とぼけてるつもりなんてないよ! 本当になにがなんだかわらないんだ! 第一ドラゴンって呼べば来るものなの? タクシーじゃないんだから――」


 そんなやり取りをしていると、突然それはやってきた。

 まず凄まじい風が吹いた。吹き荒れる暴風に、二人はよろめき、地面に膝をつき手をついた。


 「わっ、わわわわ……!」


 立ってられないほどの強風。伝馬は電マを片手に身を伏せた。


 「これも君の魔術なのか!?」


 「他人のせいにしないで! あなたが呼んだドラゴンでしょう!」


 「だからドラゴンなんて呼んでないって! 呼び方も知らないし! 何度言ったら――」


 そのとき、二人の周囲が急に暗くなった。二人が同時に見上げる。二人の視線の先に一匹のドラゴンがいた。今度はドレイクではない。今度こそ正真正銘、本物のドラゴンが。


 (ま、マジですか……!?)


 伝馬は目を奪われた。さきほどのドレイクとは比較にもならないほど、巨大、壮大、雄大なその姿に。

 形はドレイクとそっくりだが、大きさは軽く倍はあった。全身が赤茶けた鱗に覆われ、一対の巨大な翼は羽ばたくたびに周りの木々を激しくざわめかせた。太く大きな爪が手足に生え、口吻からは爪に負けないほど鋭い牙が見える。顔つきは凶悪かつ凶暴でありながらも、ドレイクにはない一種の威厳が備わっていた。

 まるで翼の生えた肉食恐竜。まさにドラゴンと呼ぶに相応しい威容。


 伝馬の背後すぐ近く、翼を広げ降り立つドラゴン。それだけで地面が揺れ、凄まじい風が起こった。伝馬はそれをもろに受けた。塵のように吹き飛ばされ、少女の前にコロコロ転がった。


 「あいててて……」


 「あなたが呼んだんじゃないの……?」


 ドラゴンに吹き飛ばされる伝馬を見て、少女は察したらしい。


 「やっとわかってくれたか……」


 「じゃあ、あのドラゴンは一体何? あなたの電マそれは一体何なの?」


 「僕にも何がなんだかわからないんだ。気がついたらここにいて……。そうだ、こっちも聞きたことがあるんだ。これってテレビの企画とか、ドッキリとかだったりする……?」


 「てれび? どっきり? なにそれ? 美味しいの?」


 きょとんとする魔術少女。伝馬を騙すつもりなんてさらさらない、ナチュラルなリアクションだった。


 (ああ、やっぱりこれって、今流行りの……)


 こうなったらもう受け入れざるを得ない、自分が異世界転移してしまったという事実を。


 (異世界転移って、普通はチートアイテムとかチートスキルが貰えたりするのが相場なんだけど……)


 今の伝馬にあるのは電マだけだ。それも姉の持ち物だ。姉の持ち物、しかも電マがチートアイテムというのは……。

 伝馬、自分の状況をゆっくりと整理している場合じゃなかった。

 背後ではドラゴンが攻撃態勢に移っていた。大口を開け、大きく息を吸い込んだ。


 「来るわッ!」


 少女は杖をドラゴンに向けて突き出した。


 「シールド展開!」


 突き出された杖の先から青いオーラが立ち上り、ほとばしった。少女の前、杖の先に傘のように覆う防護膜が形成された。


 「おおーっ、スゴい!」


 無邪気に感心する伝馬。新堂伝馬、いくつになっても魔術とかファンタジックなものが好きなタイプ。


 「凄いって、ただの魔力のシールドじゃない。あなたそんなことも――」


 少女の言葉を遮るように、ドラゴンは火の息を吐き出した。


 「来たッ! 早くシールドを展開して!」


 「シールド!? ど、どうやって!?」


 もちろん伝馬はただの一般男子高校生。シールドなんて張れるわけがない。


 「あっ! 早く私の後ろに……」


 間に合わない。そんな余裕はない。背後に灼熱を感じ、振り向いた伝馬、オレンジに燃え盛る炎がもう目の前に。頭に浮かぶ焼死の二文字。


 (あ、これ、死ぬやつ……)


 死を覚悟しつつも、伝馬はとっさに、迫りくる火の息に向けて電マを突き出した。奇しくも少女と同じ体勢。

 同じといっても、二人は構えている物がぜん違う。魔術少女は魔術のシールドを張った杖。これは魔法少女に見える。

 対する伝馬は電マ。しかも半裸。これじゃただの馬鹿か変態だ。しかも当人は電マを知らず、至極真面目だから、より滑稽さを引き立てる。


 両差の差は、月とスッポン、それどころか、かりんとうと道端に落ちている犬のうんこほど違うといっても過言じゃないかもしれない。

 一人でも充分滑稽なのが、魔法少女と並び立ってしまったせいで、滑稽を通り越して哀れだ。


 そんな月と半裸電マ馬鹿変態スッポンを、ドラゴンの燃え盛る息が包み込んだ。

 少女は無事だ。杖の先に展開されたシールドによって、火炎放射から守られている。

 だが、完全ではない。先程の伝馬との戦闘とシールド維持により、少女の魔力と体力は著しく消耗している。さらにはシールドから伝わる強烈な熱気は厳しく、辛苦に歪んだ可愛らしい顔からは、滝のような汗が滴り落ちる。


 一方のスッポン、一瞬で黒焦げの電マを握った異常変態馬鹿焼死体に……はならなかった。


 ヴヴヴヴイイイイイ~~~~~~ンンンンンン…………………!!!!


 燃え盛る火の中から、電マの振動音が聞こえてくる……。

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