第一章 異世界に電マがあったら

ヴヴヴヴイイイイイ~~~~ンンンンンン…………………!!!!

 「ハッ……!」


 と伝馬が気がついたとき、目の前には一匹の巨大生物。


 「えっ、どーゆーこと……?」


 それには牙があった。鱗があった。長い尻尾と太い脚に小さい腕。手にも足にも鋭い爪が生えていた。

 見た目はトカゲっぽい。だが、トカゲではない。なぜならそいつの背中には大きな、コウモリに似た翼が生えているから。


 「ど、ドラゴン……!?」


 惜しい、よく似ているがドラゴンではない。正確には『ドレイク』だ。竜種の中でも巨大なのがドラゴン、小さいのがドレイク。クジラとイルカくらい違う。逆にいえば、その程度の差。

 小さい方に分類されるドレイクだが、それはあくまでもドラゴン基準で、人間よりはるかに大きい。眼の前のドレイクは、大型のヒグマより一回り大きい。

 そんな怪物が、伝馬を見据えてよだれを垂らし、舌なめずりしている。ちょうど腹が減っているのだ。


 (ま、マジでわけがわからないッ! たしか僕は車にはねられたはず。なのにどうして僕はこんなところで、こんな怪物の前にいて、今にも襲われそうになってるんだ……!?)


 視界の中心にドレイクを捉えつつ、視界の端の風景も目に入る。どうやらここは森らしい。


 (これは夢? うん、多分夢。きっとそうに決まってる。絶対に夢だ。現実にドラゴンなんているわけないし。じゃあやっぱり夢だ。間違いなく夢だ。夢のはずだ。夢じゃないわけがない……はずなんだけど、それにしてはこの感じ、この空気、この肌触りはリアリティたっぷりだなぁ。断じて確実に夢だと思うんだけど、夢にしては……あ――)


 思考と言う名の現実逃避はそこで一旦中断された。

 逃避している場合じゃなかった。突然、ドレイクは大口を開くと、鋭い牙をむいて伝馬へと襲いかかってきた。いただきまーすと言わんばかりに。

 驚いた伝馬、とっさに後ろへと転げた。鼻先を鋭い牙がかすめた。鼻先の皮一枚切れ、血が滲んだ。


 (あ、痛い、血も出てる。ということは……うん、絶対に夢じゃない。これ、間違いなく現実……! つまりヤバい! く、食われる……!)


 ようやく現実を受け入れだした伝馬、死の恐怖にかられて走り出した。ドレイクに背を向け、一目散に逃げ出した。

 ドレイクは追いかける。唸りを上げ、背中の翼を広げ、低空を猛スピードで飛んでくる。


 (ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい)


 必死のすさまじい形相で遁走する伝馬。

 対するドレイク余裕の表情。

 勝負は火を見るより明らかだ。馬力が違う。ママチャリとフェラーリくらい差がある。当然、あっという間に追いつかれる伝馬。

 伝馬の背中をドレイクの牙が襲った。牙は伝馬の服を引き裂き、柔肌があらわになった。

 半裸の男子高校生、それでも逃げようとするが、


 「うげぇッ!!」


 つまづいて派手にコケた。ゴロゴロ転がる半裸の伝馬の手から何かが飛んでいった。

 このとき伝馬、自分が何かを持っていたことに気がついた。それだけドレイクの存在は伝馬を動揺させていたわけだ。

 藁にもすがる思いで慌ててそれを拾った。

 それはあの紙袋だった。葵ねえに頼まれた物だ。中身は皆さんご存知、電マ。


 (これかぁ……。使い方も何も全然わかんないけど、これでなんとかなするしかないか……!?)


 袋から取り出し、電マを握りしめる伝馬。一縷の希を電マに託し、まるで短剣のようにサッと構える。

 電マで戦おうとする半裸の一般男子高校生、その姿は勇ましいというより新手の変態に見える。

 もちろん当人は本気も本気の大真面目。だからこそあまりにも哀れで滑稽な光景だ。

 伝馬は電マのスイッチを入れた。



 ヴヴヴヴイイイイイ~~~~ンンンンンン…………………!!!!



 振動し、鳴動を始める電マ。もうドレイクは目の前。電マをフェンシングのように構えた半裸の男子高校生を見下し、今にも襲いかかろうとしている。

 伝馬は電マを、襲いくるドレイクへと突きつけた。

 ドレイク、なんだかよくわからないキノコ型の何かを持っている人間、なんならただの変態チックな半裸の少年にビビるわけもなく、むしろ電マごと食ってやろうと、伝馬へと襲いかかった。


 「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」


 悲鳴にも似た雄叫びを上げた変態、もとい伝馬、自ら破れかぶれに突っ込んでいった。

 突き出された電マが襲い来るドレイクの顎先へと触れた、

 すると、



 ヴヴヴヴイイイイイ~~~~ンンンンンン…………………!!!!



 電マの先端がドレイクの顎に触れた瞬間、不思議なことが起こった。


 「あびゃびゃびゃ~~~うううう~~~んんんん………………」


 ドレイク、突然、甲高い嬌声を上げはじめた。

 先程まで恐ろしい唸りを上げていた生物とは思えないほどなんとも情けなく、素っ頓狂で、ユーモラスかつユニークな嬌声の直後、ドレイクはまるで糸の切れた人形のように力なく崩れ落ちた。四肢を軽くピクピクさせ、開きっぱなしの口からはよだれが垂れている。

 どうやら意識がないらしい。だが、その顔に苦痛はなく、むしろ恍惚の表情をほんのり浮かべている。


 「……な、なんとかなった……?」


 そっとドレイクの頬をつんつんする伝馬。反応はない。


 「た、助かったぁ……?」


 当の本人にも何が起こったのかわからない。わからないが、なんとかなったような気はしていた。


 (とりあえず、助かったっぽい……)


 へなへなとその場にへたり込んだ。恐怖と緊張から開放され、気持ちが緩んだのだ。

 まだ電マが振動し続けていることに気付いて、すぐにスイッチを切った。振動を止めた電マをじっと見つめる。


 (ドラゴンの顎に先っぽが触れただけなのに、あの威力……。僕がさっき触ったときにはなんともなかったのに……)


 この謎のアイテムをじっと見つめ、思いにふける伝馬。電マを意味ありげに見つめる半裸の男子高校生と書くと、ちょっとヤバい。もちろん、変な意味なんてないはずなのだが。


 (電マこれは武器なのかな? あんな怪物を一発で倒してしまうほどの威力があるんだから、きっと武器なんだろう。でも、あの優しい葵ねえが、武器なんて持つだろうか? しかもこんな強力な武器を……)


 事実はマッサージ器だが、そのすさまじい効能を目の当たりにしては、勘違いするのも無理はない。


 (いや、あの優しい葵ねえが武器なんか持つわけない。きっとこれは武器なんかじゃなくて、なにかの道具なんだ。武器としても使えてしまうだけで、きっと本来は他の使いみちがあるはずなんだ)


 伝馬は葵ねえを信じている。もちろんそれは正しい。電マは違法でもなければ危険なものでもない。まったくもって合法かつ健全な道具だ。

 電マを不健全だとかいやらしいモノと言う人もいるが、それは違う。あくまでもマッサージ器であり、問題があるとすれば使い方でしかない。道具というものは、その使い手次第で、健全にも不健全にもなってしまうものなのだ。


 隣のドレイクが突然寝息を立て始めた。大きく深い寝息。

 伝馬は寝顔をそっと覗き込んだ。リラックスした、いい寝顔だった。よっぽど深い眠りなのだろう、鼻ちょうちんも膨らんだりしぼんだりしている。さっきまで恐ろしげな怪物だったのが、急に可愛らしく見えてくる。


 (眠ってるうちにここから離れよう)


 寝た子を起こさないように、そっと伝馬は立ち上がった。現在地はわからないし、目的地もないが、とりあえずこの場を離れるのが先決だ。音を立てないよう、そっと歩き出しただした。そこへ、


 ガサガサ。ガサガサ。


 前方の茂みが動いた。


 伝馬は身構えた。


 (ま、また怪物か……!?)


 電マを構え、茂みへと向ける。これが剣なら様になるが、電マだからやっぱりおかしい。半裸で剣を構えるのは英雄的だが、半裸で電マを構えるのは、身も蓋もない言い方をしてしまうと、やはり変態か。

 茂みの中から何かがどんどん近づいてくる。近づくにつれ、伝馬の緊張が高まる。緊張が最大限に高まったそのとき、


 茂みをかき分け、一人の少女が現れた。


 (なんだ……女の子か……)


 拍子抜けだった。緊張感が一気に抜けた。代わりに、人間に出会えた安心感でいっぱいになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る