最強電マ少年による、魔術バトル勘違いラブコメディ

 普段怒らない人を怒らすと怖い。怒りに顔を赤くし、目を吊り上げた男が、女性に向かって突進してきた。その片手には唸りを上げる電マ。

 色んな意味でおっそろしい絵面。


 「く、来るなぁッッッ!!」


 マロニエの絶叫が嵐を裂いて響き渡る。鬼の形相で電マを持って襲いかかってくる男は女性でなくとも怖い。女性ならなおのごとし。

 マロニエはさらに魔術を放った。

 一発、二発、三発、どれも通じない。電マはことごとく打ち消した。全て無駄な抵抗に終わった。怒れる恐怖の電マ男に魔術は通用しない。


 伝馬はマロニエを電マの射程範囲に捉えた。そして、


 「くらえッ!!!」


 伝馬の電マの一撃。それはわずかにマロニエの胸の先にチョンと触れただけだった。


 伝馬としては、本当は思いっきり電マで殴ってやりたかったが、


 (……やっぱり人を殴るのは良くないよなぁ。痛そうだし……)


 直前で思いとどまった。伝馬は元来優しい男なのだ。

 しかし勢い余った電マはわずかにマロニエの胸先をかすめた、直後、



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 奇しくもそこは敏感なとこ。もちろん伝馬に悪気はない。だから許してやって欲しい。

 しかし、電マに触れられた瞬間、マロニエは自らの魔力が暴走するのを感じた。そして、


 「はっっはぁぁぁああああああぅぅぅ~~~~んんん…………!!!!」


 マロニエの口から嬌声が辺に響き渡った。暴走した魔力は快楽を伴ってマロニエの全身を駆け巡る。

 マロニエの手から杖が落ちる。

 たちまちよろめくマロニエを慌てて受け止める伝馬。

 マロニエの身体が熱く火照っている。顔は上気し、薄く開いた目は潤み、口も半開き。身体に力がなく、全体重を伝馬に預けていた。まるで事後のあとで、相手に甘えかかるように。

 いかめしかったのが、打って変わって艶めかしくなってしまった。もはや戦える状態にないのは誰の目にも明らかだ。


 勝負あり。伝馬と電マの完全勝利。マッサージ器は魔術に勝る。電マ万歳! 電マ最強!


 「そんな馬鹿なッ……!」


 「ま、マロニエ様……!」


 カトレアとカミツレも、あっけない決着に呆然となった。主のマロニエが敗れた今、二人がネリネを押し止める意味はない。


 「テンマ!」


 駆け寄ってくるネリネ。しかし、


 (あれ? なんか怒ってる……?)


 なぜかその顔は険しい。眉間にシワ寄せ、頬を赤く膨らまし、いかにも怒ってますよ、プンプンって感じ。


 「……いつまで、マロニエ様をそうしているつもり?」


 「えっ」


 ネリネの怒れる瞳には、伝馬の腕の中で恍惚な表情を浮かべるマロニエが大写しになっている。

 早い話が、ネリネの目には、二人がとっても仲睦まじくイチャついているようにしか見えていなかった。


 「いい御身分ね、明るいうちからそんなにくっついちゃって!」


 つまり嫉妬だ。嫉妬でなければ、こんなセリフは出てこない。

 ところが伝馬、


 (なんで怒ってるんだろぅ……?)


 ぜ~んぜん理解わかってない。


 (あ、ひょっとしたら女性に気安く触れちゃいけなかった? そういう習慣があるのかな? 異世界には僕のいた世界とは違う、異世界独自のルールや習慣があってもおかしくない。多分そういうことなんだろう)


 と、鈍感野郎にありがちな、とんちんかんな解釈をした。

 伝馬、五人の姉に囲まれて育ったおかげで、女性を思いやる気持ちは強いが、乙女心には疎かった。恋愛感情への理解力は特にダメ。姉弟間でそんな感覚は育たないのだろう。むしろ逆に、五人の姉の近すぎる距離感が、そういった感覚を鈍麻させてしまうことすらあるのかもしれない。


 「ごめんごめん、異世界こっちのこと、まだよくわからないから……。じゃ、とりあえず代わってくれない?」


 「ん……しょうがないわねぇ」


 なぜか顔を赤くするネリネ。抑えきれないニヤニヤ笑いを浮かべたかと思うと、伝馬の腕からマロニエを押しのけ、代わりに自分が伝馬の腕の中へと居座った。


 「えっ」


 「えっ?」


 しばし沈黙。伝馬は何でこうなるのかわからないし、ネリネは伝馬の「えっ」がわからない。

 「あの、なんでそうなるの?」


 「だって、代われって」


 「……いや、代われって、そういう意味じゃないんだけど」


 「どういうこと? テンマはマロニエ様より私を抱きたいんじゃないの?」


 「えぇっ!? どゆこと!? 違う違う! 異世界こっちじゃ、男女が触れ合っちゃいけない習慣があるんだろ? だからマロニエさんを支える役目を、君に代わってくれって言ったんだよ」


 「そんな習慣ないけど」


 「え、じゃあ、なんで怒ってたの……?」


 「それは……どうでもいいでしょ!? そんなこと! それならそうと言いなさいよ! 紛らわしい!」


 逆ギレされてしまった。


 (言い方、そんなに紛らわしかったかなぁ……?)


 どうにも腑に落ちない伝馬だった。


 「カトレア、カミツレ」


 ネリネが二人を手招きする。


 「マロニエ様をよろしく」


 二人は言われるままにやってきて、マロニエを抱えた。マロニエは未だに恍惚の表情を浮かべ、幸せそうにくったりしている。


 「マロニエ様をお館まで運んで。私とテンマは一旦私の家に行くから。じゃ、行きましょテンマ」


 伝馬の手を取り、村の入口へと歩きだすネリネ。


 「お待ち下さいネリネ様!」


 「村長の許可がなくては!」


 二人の制止に、ネリネは半身を振り返らせて言った。


 「あのねぇ、マロニエ様はテンマを試すって言ったのよ。そして、テンマはあのマロニエ様を倒した。つまり試験に合格したというわけ。もう許可は得ているも同然よ」


 「「し、しかし――」」


 「よぉく考えてごらんなさい。このテンマという男は――」


 急に伝馬を引き寄せ、その腕にぴったりと寄り添う。


 「この男、テンマはドラゴンを倒し、マロニエ様をも倒したの。それも一瞬のうちにね。男と思って見くびらないほうがいいわ。テンマは男だけど、女よりよっぽど強いの。そんな男を、あなたたちはどうやって止めるのかしら?」


 カトレアとカミツレは沈黙した。もう黙るしかない。


 「安心して、テンマには私が付いてるし、何かあったら私が責任取るから。そもそも心配いらないわ。そもそもテンマは『闇堕ち』じゃないから。それはあなたたちにもわかったでしょう?」


 二人はうなずいた。『闇堕ち』なら戦いのさなかに闇の魔力が発露するはずだが、そもそも伝馬からは闇どころか魔力すら感じられないのだ。

 勝敗を別にすれば、誰の目から見ても伝馬は『闇堕ち』でもなければただの男だった。ただの男の中でも魔力素養の乏しい、異世界こっちではいわゆる底辺に位置する男だった。


 「それにテンマはね、とっても優しい人よ。その証拠に見てごらんなさい、マロニエ様の顔を」


 マロニエはまだ恍惚としていた。戦いに負けた顔とは思えない。むしろ至福のマッサージを受け、寝落ちしてしまったような幸福な顔。しかも身体も無傷だ。


 それが逆に、カトレアとカミツレにとっては奇妙であり恐怖でもある。謎と未知は本能的に畏怖を催す。

 そんな得体の知れず、かつ圧倒的な力を目の前にしては、二人はともおとなしくなるしかなかった。


 「きっとマロニエ様も私と同意見のはず。もしマロニエ様が目を覚ましたら聞いてごらんなさい。きっと、快くテンマのことを受け入れてくれるわ。じゃ、またね」


 ネリネは勝手に伝馬と腕組して、できるだけ目一杯伝馬にくっついた。二人は、傍目にはとても仲よさげにネリネの家へと歩いていった。

 ただ伝馬は、


 (急にくっついてきてどうしたんだろう? 歩きにくいんだけどなぁ。あ、ひょっとしたら疲れてるのかな? 結構歩いたもんね。しょうがない、これからお世話になるんだし、肩ぐらい貸してあげますか)


 とっても優しい勘違いをしていた。優しいくせに、ネリネのあからさまな好意には全く気付けていない。伝馬はかなり極まった鈍感野郎なのだ。


 二人はネリネの家に入るとすぐに休んだ。休むといっても変な意味じゃない。二人別々に一眠りしただけ。

 二人がたとえ恋人同士であっても、変な意味での休憩はしなかっただろう。それだけ疲れ切っていたのだから。

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