少女と電マと自爆

 二人は山林を歩いている。

 伝馬は聞きたいこと、尋ねたいことが山ほどあったが、少女の疲労を考えて黙っていた。落ち着いてからゆっくり聞こうと思っていた。

 しばらく歩いていると、少女の方から、


 「あなた、何者なの?」


 歩きながら話しかけてきた。ちらりと見えた横顔はさっきよりも元気そうだ。


 「僕は多分、別の世界からこの世界に来た、んだと思う……」


 「自信なさげね」


 「うん、全然自信ないよ。だって、来たくて来たわけじゃないし、いつの間にか、気がついたらここにいたんだ」


 「どういうこと? 詳しく聞かせて」


 「わかった。僕は車に轢かれたんだ。内蔵が潰れて、骨が軋んで砕けて、関節は曲がっちゃいけない方向に曲がって――」


 「うっ……、こ、細かい描写はいいから……」


 リアルに想像してしまったらしい、少女は不快に顔を歪ませ、露骨にドン引きした。


 「ご、ごめん。で、なんやかんやで僕はこっちの世界に――」


 「なんやかんや?」


 「僕にもわからないんだよ。事故に遭って息も絶え絶え、あ、これ死んだな、って思ってたら、いつの間にかこっちにいたんだよ。で、で、その後すぐ小さい方のドラゴンに襲われて、もう大変だったよ」


 「一応訂正させてもらうけど、小さいのはドレイクって言うの」


 「あ、そうなんだ」


 「ドレイク知らないのね」


 「うん、あんなの僕のいた世界にはいなかったから」


 「へぇ、ドレイクはいないのに、ドラゴンはいるのね」


 「ドラゴンもいないよ」


 「ドラゴンは知ってたじゃない」


 「空想上の生き物として存在してたんだ。魔術も一緒で、僕のいた世界では物語の中でしかでてこない架空のものなんだ。だから実際に魔術もドラゴンも見たときは死ぬほどびっくりしちゃったよ」

 「なるほどね、魔術がないから代わりにそんなものがあるのね」


 「そんなもの?」


 「それよ、それ」


 電マを指差す少女。


 「凄い武器よね」


 「武器なのかなぁ?」


 「武器じゃないの?」


 「それが、よくわからないんだ。これは姉の持ち物なんだけど、あの優しい姉が武器を持ってるなんて想像つかなくて……」


 「どう考えたって武器でしょ。ドラゴンを一撃で昏倒させるほどの物よ? それが武器じゃなかったらなんなの?」


 「たしかにそれも一理あるけど……」


 しかし伝馬は納得いかなかった。どう考えても、葵ねえと武器が結びつかなかった。


 (あの虫も殺せない葵ねえが武器を持ってるなんておかしい。きっと電マこれには別の使い方があるんだ。優しい葵ねえに相応しい、ちゃんとした使用法があるはずなんだ……)


 読者諸賢も知っての通り、電マは武器ではない。ある意味では強力な武器かもしれないが殺傷能力はない。ただのマッサージ器でしかない。

 むしろ逆で、誰もが癒やしを享受できる、疲れた人の最良の味方である。ある意味では強力なウェポンではあるのだが、それは別の話。


 電マが武器でない証拠として、電マの所持は違法ではないし、おそらくは飛行機内にも持ち込めるし、その辺を持ち歩いていても決して問題はない。周囲から怪訝な目で見られたり、拳銃を持った国家権力から職務質問される可能性は大いにあるが。


 「話を聞いて安心したわ。私、てっきりあなたを『闇堕ち』だと思ってたから」


 「ヤミオチ?」


 「闇の魔力の信奉者のことよ。闇の魔力は強力だけど、精神を腐敗させる。邪悪な欲望に取り憑かれたが最期、狂気に堕ちて闇の魔力を行使するだけの肉塊と成り果てるわ」


 「……なんだか怖いね」


 「怖いなんてもんじゃないわ。あれは人の形をしたケダモノよ。怪物よ。絶対悪の悪魔よ」


 (僕、そんなのと間違えられたのか……)


 そう思うと、苦笑をこぼさずにはいられなかった。


 「それと……ごめんなさい」


 少女は突然足を止め、深々と頭を下げた。伝馬も立ち止まる。


 「えっ、急にどうしたの?」


 「さっき、あなたを闇堕ちだと勘違いして、つい魔術をやっちゃったから……」


 少女は恥ずかしそうに頬を赤くして目を伏せた。


 「いいよ、なんともなかったし。気にしないで」


 伝馬は微笑して言った。が、


 「どーせ私の魔術はなんともない魔術ですよ」


 ぷくっとふくれっ面、そっぽを向いた。どうやら伝馬の言葉がプライドを傷つけたらしい。


 (やっぱり棗ねえそっくりだ……)


 伝馬は内心の微苦笑を隠しつつ謝った。


 「ごめん、そんなつもりで言ったんじゃ――」


 「ふふっ、わかってる、わかってる。冗談よ、冗談」


 にっこりと笑う少女。なんとなく打ち解けた雰囲気になってきた。


 (こういうところも、やっぱり棗ねえに似てる……棗ねえに似てるってことは、このひともきっといい人なんだろうな)


 縁もゆかりもない、右も左も分からない異世界で早速、頼りになりそうな人と出会えた伝馬、内心ほっと一安心した。

 ほっとすると、一つ思いついた。


 (そうだ、この子は魔術使いだ。ということは、元の世界に帰る魔術とか知ってるんじゃないか?)


 というわけで、


 「一つお願いしたいことがあるんだけど」


 「なに?」


 「元の世界に帰る魔術ってない?」


 「知らない。聞いたこともないわね」


 「そっか……」


 がっくり肩を落とす伝馬。しかし、すぐに気を取り直した。


 (この子が知らなくても、他に知ってる人がいるかもしれない。いや、きっといるはず。まだまだ気を落とすには早いさ)


 自分に言い聞かせ、すぐに立ち直った。新堂伝馬、根がポジティブな男なのだ。


 「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はネリネ・カルディ」


 「僕は新堂伝馬」


 「シンドーデンマ? 言いにくい名前ね」


 「デンマじゃなくてテンマ。伝馬って呼んで。みんなそう呼んでるから」


 「わかったわ、よろしくね、デンマ」


 「伝馬だよ」


 「デンマ?」


 「伝馬だって」


 「デ、デン、テン、テン……!」


 どうやら異世界人にとって、伝馬という名前は発音しにくいらしい。ネリネはとがらせた口先をぷるぷる震わせ、必死に発音しようとしている。


 「が、頑張って! てん、だよ! て、ん、ま! 伝馬だよ!」


 「テンマ、ね、わかったわ」


 「あ、意外とあっさり言えたね……」


 さっきまでの苦労が嘘のようだ。どうやら峠を超えると後は簡単らしい。


 「私もネリネでいいから。ところで伝馬、行くあてなんてないわよね?」


 ネリネの言う通り、異世界に来たばっかりの伝馬に行くあてなんてない。今の伝馬には、電マはあっても雨風をしのぐ宿すらないのだ。哀れなり。


 「あ、そうだった……」


 「うん、わかってる。私に任せて! その代わりに、ちょっとお願いきいてくれる?」


 「うん、僕にできることなら」


 「じゃ、その代わりと言ったらなんなんだけど、それ、ちょっと貸してくれない?」


 伝馬の電マを指差すネリネ。


 「気になるのよね、そういうアーティファクト? 的な道具。性格もあるけど、魔術師って仕事柄とっても気になっちゃうの。ほんのちょっとでいいから! ね? お願い!」


 可愛くお願いするネリネ。伝馬は快諾した。電マで宿が借りられるなら安いものだ。


 「へぇ、変わった形だけど、なかなかいい手触りね。重さもちょうどよくて、握ってぴったりくる感じ。で、どうやって使うの?」


 「僕はそこのスイッチを入れて使ったよ」


 「すいっち?」


 「そこのそれだよ。それをこうやって……」


 ネリネが持っている電マのスイッチを入れてやると、次の瞬間、



 ヴヴヴヴイイイイイ~~~~~~ンンンンンン…………………!!!!



 「あああぁぁっっふうぅぅぅ~~~んんん………………」


 くにゃくにゃふにゃふにゃと身を揺らしたかと思うと、甘く気だるげな吐息をと声を漏らし、崩れ落ちるネリネ。

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