電マ空中戦

 直接触れられなければ、さすがの電マも手の出しようがない。


 「困ったなぁ……」


 伝馬が最後の一体をどう始末するか思案していたそのとき、後ろからマロニエが伝馬の肩をちょんちょんと叩いた。


 「テンマ、私にいい考えがあります。協力してくれませんか?」


 「もちろん、僕にできることなら」


 「よかった。ではまず、電マそれを止めてください」


 「はい」


 言われたとおりにした。


 「いいと言うまで、電マそれを使わないでくださいね。それから目を閉じてください。落ち着いて、深呼吸して、するとだんだんあなたは眠たくなってきます。あなたは森にいます。森の中で鳥になっています。空を自由に飛ぶ鳥です。あなたは空を自由に舞うことができるのです……」


 「あの、これは一体なんですか? 暗示をかけられてるような気がするんですけど?」


 なんとなく、嫌な予感がしてきた。


 「無駄口叩かないでください。あなたは鳥なのですから。鳥になりきってください。そうしないと危ないですから。鳥じゃないと空は飛べませんから」


 「いえ、僕は鳥じゃないですから、もちろん当然空なんて飛べるはずない――」


 「いいえ! 鳥です! 鳥なんです! あなたは今から空を飛ぶのですから! 断じて絶対に確実に間違いなく鳥なんです! じゃないと危ないですから!」


 「え? 飛ぶって……、え?」


 伝馬の中で、と~っても嫌な予感があって、その顔にも、と~っても嫌な汗が浮かんできた。


 「あの、マロニエさん? なんだか様子がおかしいですけど……」


 それでも目を開けず、マロニエの指示を守る伝馬。真面目だ。この期に及んでクソが付くほど真面目すぎる。


 「テンマ! 集中してください!」


 「集中してくださいって言われても、危ないって言われると――」


 「集中しないと危ないんです! いいから黙って私の指示に従ってください! 従わないと大変なことになるんですよ!」


 「は、はい……」


 「よ~しよし、いいですね! その調子です! あとはちょこちょこっと……、よし! これで準備完了! それでは行きますよ~! 三、二、一、発射! 『ワールウインド!』」


 詠唱直後、伝馬の足元から強烈な上昇気流が渦を巻いて立ち上った。一瞬にして伝馬の身体が大空へと射出される。


 「ああああぁぁぁーーーッッ!!! やっぱりそういうことかぁ~~~~!!!!」


 絶叫する伝馬。本日何度目かのフライハイ。


 「飛ぶのです、テンマ! あなたは鳥です! 鳥は自由に空を舞うのです! でも、まだ電マそれは使わないでくださいね! 使ったら落ちて死にますよ!」


 残念ながらマロニエの声は伝馬に届かない。ワールウインドの風切り音が激しすぎた。


 (うおおおおお、僕は鳥、鳥なんだ! 空を自由飛ぶことが……!)


 できるわけがない。伝馬の身体はワールウインドに翻弄され、めちゃくちゃに吹き飛んでいるだけだった。木枯らしに舞う落ち葉となんら変わらない。こんなの自由な飛行とは程遠い。当然のことだが、思い込むだけでどうにかなる次元の話じゃない。


 (し、死ぬ……。うぅ、ぐぅ、き、きも、ぎもち悪ぃ……)


 渦巻く風に乗って、もとい巻き込まれているため、伝馬の身体は不規則なスピンを描き上昇し続ける。


 これはもはや三半規管への拷問だ。


 しかし地上では、


 「スゴい! テンマが空を飛んでいる……!」


 「キャーッ! テンマってカッコいい!!」


 「さすがは天から舞い降りし神の使いね!」


 「ああ~ん、テンマ~! 大好き~! 私と結婚してぇ~~~!」


 「ダメよ! テンマは私と結婚するんだから!」


 「なによブス!」


 「ブスがブスって言うな! ブスブス!」


 「ブスブスブス!」


 「ブスブスブスブス!」


 下では伝馬の気持ちも知らないで、勝手に盛り上がっていた。


 しばらく上昇したあと、ワールウインドが止んだ。止んでも少しの間、伝馬の身体は慣性飛行。それも止まったころ、気分優れない青い顔の伝馬はゆっくりと目を開けた。すると、

 目の前にドラゴンがいた。手を伸ばせば届く距離。ドラゴンは驚いた顔をして伝馬を見ていた。


 人間が飛ぶなんて、マジ!? という風な顔だった。


 伝馬も負けじと驚いていた。遥か高空、至近距離でドラゴンと対峙するのは初体験である。

 驚いた者同士の束の間の邂逅。


 (見つめ合ってる場合じゃない! この距離なら、届く……!)


 伝馬は電マを起動した。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 唸る電マ。本日二度目のフライング電マ男。

 ぎょっとして逃げ出そうとするドラゴン。

 それより伝馬の手の方が早かった。

 電マがドラゴンに触れた。


 「うおおおおぉぉぉああああぁぁぁおおおおおぉぉぉ~~~~んんんん………………」


 ドラゴンは特大の嬌声を上げ、身を捩らせながらゆっくり落ちていった。

 もちろん伝馬はそれより早く落ちていった。ドラゴンに翼はあるが、伝馬には翼もなければ今はワールウインドもない。


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 本日何度目かの自由落下。パラシュートレススカイダイビング。人はそれを墜落と呼ぶ。


 「テンマ、大丈夫です! ちゃんと受け止めてあげますから! ワールウインド!」


 地上のマロニエ、ワールウインドで風のクッションを作った。幾重にも重ねられたワールウインドのおかげで、伝馬はふわふわと着地できる、はずだったのだが、


 「あっ! ダメです! テンマ、早く電マそれを止めて!」


 伝馬、電マを切り忘れていた。ワールウインドの風音のせいで、その声も伝馬に届かない。おかげでせっかくのワールウインドクッションも、電マによって打ち消されてしまった。


 「ああッ――」


 マロニエは目を伏せた。自分のせいで伝馬がぐちゃぐちゃのごちゃごちゃになるのは見ていられない。

 直後、伝馬は地面に墜落した。そのやや後方で、ドラゴンも墜落した。盛大に砂煙が上がった。

 マロニエは恐ろしくて顔もあげられない。


 背後で悲鳴、ではなく歓声が起こった。


 「テンマ~!」


 「テンマ様~!」


 「スゴ~い!」


 「カッコいい~!」


 「しびれるぅ!」


 「あこがれるぅ!」


 「付き合って~!」


 「抱いて~!」


 「結婚して~!」


 砂煙が晴れると、そこには元気に電マを持つ伝馬の姿が! 


 そう、伝馬は生きていたのだ! しかもかすり傷一つない!


 もちろん、電マのおかげである。墜落の瞬間、伝馬は地面に電マを向けた。すると電マが地面をマッサージ、凝りのほぐれた地面は瞬時にしてアルファゲルよりもはるかに柔軟なクッションとなり、伝馬の身体を墜落の衝撃から守ったのだった。


 (た、助かった……!)


 本日何度目かの墜落からの生還だが、やはり慣れないもので、恐怖による精神的ストレスで伝馬はげっそりとしてしまった。

 追い打ちをかけるように、歓声と嬌声を上げながら伝馬に群がる女性陣。

 中心でもみくちゃにされる伝馬。その手の電マのスイッチはまだ入ったまま。


 だから、


 「あう~ん」


 「あふ~ん」


 「きゃい~ん」


 「うにゃ~ん」


 「ほげぇ~」


 「うは~ん」


 「はふ~ん」


 「ぽみゃ~ん」


 伝馬に殺到した女たち、電マに触れ、一斉にぶっ倒れた。伝馬を中心として、放射状に広がり、横たわる大量の女性。

 パッと見、死屍累々で凄惨な有様に見えなくもないが、よく見ればどれも幸せそうな顔で健やかな寝息を立てているから、問題ないだろう。


 「テンマ……」


 遅れて、マロニエがやってきた。


 「すみません、これは不可抗力でして……」


 ぺこりと頭を下げ、この惨状を謝罪する伝馬。


 「いいえ、むしろ私から礼を言わせてもらいます。ありがとうテンマ。あなたのおかげで村は救われました」


 「いやぁ、普段から村のみんなのお世話になっていますから。お役に立ててよかったです。ところで……」


 伝馬は後ろで寝ているドラゴンを見やって、


 「これって、ひょっとして、『闇堕ち』の仕業ですか?」


 マロニエがうなずく。


 「ええ、よくわかりましたね」


 「さっきイジュが『嫌な魔力を感じる』って言ってましたから」


 「このドラゴンも、先程まで闇の魔力に覆われてました。けれど、テンマの電マそれが、闇の魔力を消し去ったようです。おそらく『闇堕ち』は闇の魔力を使って、ドラゴンを扇動していたのでしょう」


 伝馬は息を呑んだ。『闇堕ち』の力と所業が恐ろしかった。

 ドラゴンを操るほどの魔力、その力を使って村を襲わせるなんて、まともな人間のやることではない。この強大な悪に、伝馬は身の震えるほどの恐怖を覚えた。


 「な、なんのためにそんなことを……?」


 「それは――」


 言いかけて、マロニエは突然厳しい顔つきになって空を見上げた。


 「ど、どうしたんです?」


 「それは、本人に聞いてみましょう」


 「え」


 「来ます、『闇堕ち』が……!」


 マロニエが身構える。


 「ま、マジですか……!?」


 伝馬も電マを構える。

 二人の視線の先、晴れつつある雲の切れ間から、一つのシルエットが浮かび上がった。

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