第44話

「どうせ、行けばなんとかなるって言うんでしょ」


 メアリーがあきれたように言うのを見てヴェロニカはコクリとうなずく。


「いいわ、どのルートで行くつもり?」


「コントロールセンター8階にいるルミのところまで行くには、私たちが今いる病院棟から渡り廊下を使って移動する必要があるわ。渡り廊下はそれぞれの建物の1階から5階そして最上階10階にある。最短距離で行くなら病院棟の10階までエレベーターで上がり渡り廊下を使ってコントロールセンターへ移動、8階まで降りることになるわ」


「でもそれだと、いきなりミーシャのいる10階を通ることになるからルミと合流する前にミーシャとご対面と言う可能性があるわね」


 メアリーの指摘はもっともだ。大統領やミーシャがいると思われる10階は一番警備が厳しいはずだ。そこにいきなり行くのはリスクが高い。


「そうね、だとするともう一つのルートになるわね。5階まで上がって渡り廊下で移動しそこから8階まで上がるルートよ。5階には5名の職員がいるけどそこさえ切り抜ければエレベーターで一気に8階まで上がることが出来るわ」


「そっち方が良さそう。5階に行こう」


 意見が一致したふたりは地下1階からエレベーターに乗り病院棟の5階まで上がった。


「渡り廊下はこっちよ、ご主人様」


 エレベーターを降りて渡り廊下に向かって歩く。メアリーがハッキングした情報をもとに道案内してくれるので助かる。渡り廊下は上半分がガラス張りになっており正門方向の地上が見渡せた。


 渡り廊下のちょうど半分まで来たとき、ピカッと暗闇の中で何かが光った。続いてドーンという大きな音が聞こえ建物がビリビリと震える。


「えっ、何なの?」


 ヴェロニカは思わずその場に立ちすくむ。音は建物の外から聞こえたように思えた。どこかで爆発が起こったのかもしれない。しばらくその場で立ち止まっていると渡り廊下の奥、コントロールセンター内の通路から人の話し声が聞こえてきた。


 「B.M、南ゲートで爆発があったとの連絡がありました。目視で炎と煙が確認できます」


 「1階にいる警備兵の一部を偵察に向かわせろ! 私は10階へ行く」


 最初の声は男性、次の声は女性のものだった。バタバタと足音が聞こえてヴェロニカは身を固くしたが、幸い誰も渡り廊下の方へはやって来なかった。静かになったのを確認してからおそるおそる前進を再開する。先ほどの会話内容から推測すると、何らかの理由で南ゲートが爆発し5階にいた5名のアンドロイドのうち1名が10階へ上がり、残りが1階へ降りたと思われた。


 渡り廊下からコントロールセンタービル内部へ入ると通路の左右がホールになっていた。そのまま進むとロビースペースがあり突き当たりを右に曲がったところにエレベーターホールがある。あたりの様子に注意しながらエレベーターに乗り込むことに成功した。8階まで上がったエレベーターのドアが開き通路にでる。


 ヴェロニカの端末にメッセージ着信を知らせる振動があった。メッセージはカーンからだった。


『今、南ゲート近くにいるんだが少し前に大規模な爆発があった。パルマ政府軍と思われる装甲戦闘車両がゲートの周りを囲んでいる。特殊部隊がゲートから侵入した可能性があるので戦闘に巻き込まれないように注意してくれ』


 ヴェロニカが恐れていた事態になったようだ。やはりパルマ政府、いやネットワーク化された知性である『アトラス』はアビスモ共和国の独立に対して武力行使に踏み切った。この大統領府が攻撃対象になるのは間違いないだろう。ミーシャはどうするつもりなのか?


 8階の構造は5階とほぼ同じだった。エレベーターホールを出るとやや広いロビーにでた。ロビーから北に向かうと左右にホールがある。ルミはどこにいるんだろう? 立ち止まって辺りを見回していた時、ガシャンという金属音がした。少し間があって今度はガシャン、ガシャン、ガシャンと連続して聞こえた。


「待って! この音、聞いたことある」


 メアリーに声のトーンを落として伝える。向かって左側にあるホールの扉がゆっくりと開いて、ウィーンという低いモーター音と共に銀色の塊が姿を現した。


「マックス!」


 犬を模した四足歩行のロボットを見てヴェロニカが叫んだ。同型のロボット犬は他にもあるだろうが、頭部にカーンの銃撃でついた見覚えのある傷があるのを見てマックスだと確信した。頭部を構成する丸いセンサーがヴェロニカとメアリーをとらえると背中の砲塔がこちらに向かって旋回する。ゴム弾を発射するつもりなのだ。


 ドン!


 発射音とともに砲塔から白煙が立ち上った。


 えっ?


 ヴェロニカが辺りを見回すと自分たちが立っているロビー後方の壁に小さな穴が開いているのがわかった。


 ゴム弾じゃない!


 一気に血の気が引いた。心臓がドクドクと鼓動して、冷たい汗が背中ににじむのを感じる。ロボット犬マックスは殺傷能力のある銃弾を発射した。ミーシャは侵入者を――私たちを殺すつもりなのだ。


「あっちの壁の影に隠れよう、走って! メアリー」


 メアリーがコクリとうなずいて走り出すのを確認してからヴェロニカも後を追う。


 ドン!


 また銃声が響いた。


 その瞬間、ヴェロニカの少し前を走っていたメアリーがもんどりうって床に倒れ込んだ。


「メアリー!」


 ヴェロニカは急いでメアリーに駆け寄った。アンドロイドの体に人間のような血管はない。だが、生体部品を稼働させるための情報伝達物質がポリエステルの管で循環している。メアリーの肩からはその伝達物質である乳白色の液体が噴き出していた。ヴェロニカに傷をゆっくり見ている余裕はなかった、マックスによる次の攻撃があるかもしれない。


 メアリーの両脇に手を差し込むとマックスから死角になるエレベーターホールの方へ引きずっていく。幸いなことにメアリーの体はとても軽かった。必死で引きずって何とか攻撃を受ける前に死角に入り込むことができた。


「しっかりして! メアリー」


「ありがとう……ご主人様。弾は肩を貫通したわ。貫通力の強い弾でよかった。体内で弾が跳ねていたら死んでたかも。でも大丈夫。人間よりもずっと強い体だから」


 そう言ってメアリーは少し微笑んだ。心を締め付けられるのを感じた。


 ウィーン、ガチャン、ウィーン、ガチャン。


 ゆっくりと機械音が近づいてくる。すぐにここも安全ではなくなるだろう。エレベータホールの奥に通路があり『会議室』と表記された扉が見えた。一瞬、エレベーターを呼び出し乗り込んで逃げることも考えたが、すぐに乗れる保証はないし乗った状態で銃撃されればふたりとも確実に死ぬだろうと考えてやめた。


「ご主人様、起こしてもらっていい? 自分で歩けるわ」


「わかった」


 急いでメアリーを抱き起こす。メアリーの体液がヴェロニカの作業着にべったりと付着した。


「そこの部屋まで行ってみよう」


 メアリーを気遣いながら『会議室』の扉まで歩く。会議室は通路の左側から801、802、803と3つ並んでいる。一番近い803会議室のドアノブを回そうとする。開かない! 鍵がかかっている。焦りで手が震えているのがわかる。落ち着け、落ち着くんだ。ヴェロニカは自分に言い聞かせる。


 急いで隣の802会議室前まで走り、ドアノブを回す。ダメだ! やはり鍵がかかっていて回らない。


 ガチャン、ガチャン。


 今や死神と化したマックスの足音が近づいてくるのを背中で感じる。


 801会議室のドアノブに手をかける。すうーっと息を吸いながら思いっきり回す。


 回った! そのままドアを押すと内側に開いた。


「メアリー、先に入って!」


 扉を手で押さえながらメアリーを部屋に誘導し、後から部屋に飛び込む。パッと天井の照明が点灯して部屋の中を照らした。部屋の中は事務用の机と椅子が設置してある普通の会議室だった。急いで扉側の壁面を探り「施錠」ボタンを押し込む。ガチャと音がして扉の鍵がしまった。 

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