第12話
翌朝、入院したカーンを除いた4人は、サイバードルNow社のオフィスに集合した。カーンの傷は幸いにも軽かったため明日には退院できるとのことだった。サイバードルの買い気配は7.50ドルまで上昇したが、売り注文は出てこず売買は成立していなかった。
「やらなければならないことを整理しましょう。まず、ミーシャの家で見つけた四次元コードプレイヤーの解析。これはジェイとルミでお願い。残りのサイバードル購入の為の資金調達は私がやるわ。ソフィアは引き続きサイバードルのレートをチェックして動きがあれば報告して」
ヴェロニカが社員それぞれに指示をする。
「人手不足だな」
ジェイがぼやく。
「そうね、誰かが、マックスを使って私達を襲わせたのだとすると、身の安全を確保する必要もあるわ。みんな十分に気をつけて」
その時、ヴェロニカのパソコンに一通のメールが届いた。
「A.Iテック社からよ」
急いで開封して中身を確認する。
『サイバードルNow社 CEO
ヴェロニカ・コントレーラス・佐藤 様
この度のサイバードル調達における業者選定については下記の条件といたします。
①調達対象資産
サイバードル 500万ドル
②当社は調達されたサイバードル500万ドルに対して、1サイバードル=7.50ドルで換算したUSドルを支払う
③当社は調達手数料として1サイバードルあたり、0.10USドルを支払う
④調達は、サイバードルNow社およびウスティノフ・トレード社のうち、先に500万サイバードルを当社に送金した方から行うものとします。
A.Iテック社 代表取締役 カオス』
「なんてこと!」
メールの文章を読み終わったヴェロニカは思わず叫んだ。ルミもモニターを覗き込んでメールを確認した。
「そんなバカな! 私はサイバードルNow社との単独契約として
ルミの顔は青ざめていた。
「すぐに会社へ行って『理事会』へ抗議してきます」
今にもオフィスを飛び出しそうな勢いのルミをヴェロニカが止めた。
「ルミはうちで働いてもらってるんだし、今行ったら怪しまれるわ。もともと簡単に受注出来る案件じゃないとは思ってたの」
「ですが……」
ルミが悔しそうに唇を噛んだ。
「スティーブが行方不明になる前に最後に行ったのはどこだった? ルミ」
「ウスティノフ・トレード社です」
絞り出すようにルミが答えた。
「ごめんなさい、私の考えが甘かったのかもしれません。私が一任されていたのはサイバードルNow社との取引についてであって、父は最初からウスティノフ・トレード社にも話を持っていくつもりだったのでしょう」
「だとすると昨日のウスティノフ・トレードからの大量買い注文の謎が解けたってわけだ」
ジェイが楽しそうな口調で言った。
「それにね、ウスティノフ・トレードには負けたくないの」
ヴェロニカのその言葉にジェイとソフィアもうなずいている。
唐突に電話の呼び出し音が鳴った。ヴェロニカのウェアブル端末への着信だ。
「ミーシャ?」
一瞬期待したが、違う番号だった。
「はい、佐藤です」
「やあ、ヴェロニカ。元気かい?」
噂をすればというか、声の主はウスティノフ・トレードCEOのゲオルグだった。
「ええ、まあね」
そっけなく答える。
「何でも、大きな注文を取ったらしいね」
「さあ、何のことかしら?」
「実はうちの会社でもサイバードルに追加投資しようと考えていてね。いやいや、邪魔しようっていう気はないんだ。ヴェロニカをあまり怒らせたくないしね」
電話の向こうでニヤついている顔が目に浮かぶ、本当にイヤなヤツ。
「ねえ、ゲオルグ! 用事がないならもういいかしら。今忙しいの」
苛立ちを隠しきれない。
「まあ、待てよ。美味しいイタリアンの店があってね。どうだいいっしょに食事でも」
ゲオルグはどういうわけかヴェロニカのことを気に入っているらしく、しつこく食事に誘ってくるのだった。
(うげー、気持ち悪い。誰がいくもんですか!)
「あいにく、予定がつまってるの。ごめんなさい」
「あんまり、意地をはるなよ、ヴェロニカ。女の子は素直な方が可愛いぜ」
(何なの、この勘違い男!)
確かに、ゲオルグはファッションモデルもしているだけあって顔もスタイルも飛び抜けている。女の子にもモテるようだ。だが中身が正直クズだ。
「あら、素直に言いすぎたかしら? じゃあね」
一方的に電話を切った。
「どうした? ヴェロニカ、イライラして。男からの電話か?」
ジェイがからかうように言ってくる。おそらく同じ文面のメールがウスティノフ・トレード社にも送信されているのだろう。ゲオルグの電話はこちらの様子を探るためだったに違いない。だとすれば、何か仕掛けてくるはずだ。
その予感はすぐに的中した。
ピンポーンとアラームが鳴った。
モニターに表示されたサイバードルの価格が7.00ドルから7.50ドルへ変化して、10万サイバードルの取引が成立した。だが、サイバードルNow社ではなく、他の誰かが買ったようだ。
「うちは買えなかったの? なんで」
ソフィアがジェイの方を見ながら言う。
「まさか、先回りされたのか? 俺様のシステムが?」
ジェイのトレードシステムは売り注文が出れば、その注文に対応した買い注文を高速で出し、取引を成立させる。だが、出てきた売り注文をジェイのシステムが買うよりも早く、誰かに買われてしまったらしい。
また、アラームが鳴った。
同じく7.50ドルで10万サイバードルの取引成立。
「また、買えてない。ウソだろ!」
ジェイが頭を抱える。
ヴェロニカの電話が鳴った。再びゲオルグからだった。
「いきなり切るなんてひどいじゃないか、ヴェロニカ」
笑いを噛み殺しているのがわかる、かんに触る言い方だった。
「あなたの仕業ね、ゲオルグ」
「おっと、何のことかな? これは正統なビジネスだよ、ヴェロニカ」
ふんと鼻を鳴らす音が聞こえた。
「俺とデートしたくなったら、いつでも連絡してくれ。待ってるよ、ハニー」
ヴェロニカの返事を待たず、電話は切れた。
「ジェイのシステムはかなり高速なはずよ。正統なやり方では先回りは無理だわ」
「つまりシステムがハッキングされている可能性があるってことだな」
ヴェロニカの言葉に物分かりのいいジェイが答えた。
「メアリーの出番だな」
ジェイのその言葉にソフィアがギョッとした視線を向ける。
「もう1人の社員さんですか?」
ルミが意外そうに聞いた。
「そうだ、助手! お前にやらせてみるか」
ジェイがロッカーから例の気持ち悪いお面をとりだすとルミにかぶるように言った。
「えっ、何なんですかコレ? 何かのおまじない?」
困惑するルミに無理やりお面をかぶせる。ヴェロニカとソフィアは苦笑いを浮かべて見ているしかない。
「メアリーを呼べ! 早く!」
「メアリーさん!」
ジェイに言われ、ルミが叫ぶと同時にメイド服姿の少女が立体映像として現れた。
「御用ですか? ご主人様」
少女が言った。
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