第11話
「もう、何なのよ! あの車。あんなところで止まるなんて」
大したことがない勝負だと思ったものの、負けると予想以上に悔しかった。
「ふふっ、ヴェロニカさんのベッドは私のものですね」
「何よ、さっきはソファで寝るって言ってじゃない」
ヴェロニカは抗議の声を上げるが、もとより自分はソファで寝るつもりだった。
それからふたりは、一緒に料理をしたり、最近あったいろいろなことを話し合って時間を過ごした。
窓の外から聞こえていた
「綺麗…ですね」
ルミが独り言のように言った。
「うん」
ヴェロニカは、ミーシャのことを考えていた。突然自分の前から姿を消してしまった、ミーシャ。ミーシャの家で縛られていたルミの父、スティーブ。ミーシャの家にあった物騒な地下室と武器。兵器に姿を変えたルミの愛犬マックス。どれもが現実とは思えない。
例え、これらのことをミーシャが引き起こしたとしても、何か理由があるはずだ、きっと……。
「———さん、ヴェロニカさん!」
いつの間にか、ルミはダイニングテーブルの前に移動していた。
「ジャーン!」
ルミはテーブルの上に並べた木皿に小さな包み紙を置いた。上からのぞき込むとそれは美味しそうなシュークリームだった。
「もちろん、ヴェロニカさんの分もありますよ」
そう言いつつもう一つの木皿にも包み紙を置く。
「さっき、近所で買ってきたんです。大人気なんですよこれ」
そう言ってお店の紙袋を
「へへっ、実はですね。このお店はこのアパートと同じ並びにあるんですが、シュークリームの焼きあがる時間が夕方は17時と19時なんです。だからその時間になるとお店の前の道路に車を停めて買いに来るお客が……」
やられた! ルミと賭けをした時間がちょうど17時ごろだったはずだ。シュークリームを買いにきた客を乗せた車が路上駐車をして流れが
「でも、そううまくその時間に車が止まるかしら?」
「ですよねー、そう思いますよね。あの時店の前に止まった車なんですけど、あれ宅配サービスの車なんです」
「ちょっと待って、何でそんなことがわかるの?」
「ふふっ、なぜなら私が宅配サービスを注文したからでーす」
愉快そうに笑うルミ。ヴェロニカは天井を仰ぎみた。なるほどそう言うことか。
「17時にシュークリームが焼き上がるのでその時間に買いに行ってもらうよう注文しました。実は、あの洋菓子店『クレール・ドゥ・リュヌ」には少し離れたところに駐車場があるんです。だから業者が駐車場に停めてから買いに行く可能性も考えました。でも駐車場の台数が少ないので焼き上がる時間には、焼き上がりを車で待つ人がいていつもいっぱいなんだそうです。お店の人に聞きました」
「うーん、それなら路上駐車で焼き上がりを待てばいいじゃない」
ヴェロニカは唇をとがらせて言った。
「ヴェロニカさん知らないんですか? 路上駐車監視システムが導入されて自動運転車の路上駐車が5分以上経過して周りの交通に悪影響を及ぼしていると判断されるとその場から一旦離れるように誘導されるんですよ」
「だから宅配サービスの車は焼き上がりの時間ピッタリに店の前に来て、商品を受け取ったらすぐに車に戻って出発したってわけね」
「そうです。それで他の配達先を回ってからこのアパートの真下まで戻って来てもらって私がシュークリームを受け取ったというわけです」
「あきれた。大したことない賭けにここまでする?」
「賭けについては、もしかしたら宅配サービスの車が使えるかもってその時思い付いただけで、正直うまくいくなんて思ってませんでした」
「そうなの? ただの思い付きだったってこと?」
「ただ、上手くいってヴェロニカさんの驚く顔を見たかったっていうか……」
自分の気持ちを思い出すように、ルミはちょっと首をかしげた。
「でも、やっぱりヴェロニカさんとシュークリームが食べたかったんです」
ルミなりに感謝の気持ちを表したかったのだろう。最初会った時の無表情のお人形のような印象から今はむしろ愛らしいとまで思えるようになった。家に招待してよかった。
「ありがたくいただくわ、ルミ。いっしょに食べよ」
シュークリームは甘くてとても美味く、ヴェロニカはとても幸せな気持ちになった。
夜もふけてパジャマに着替えたヴェロニカは、ソファに寝転んでいた。ルミはお休みを言った後、ベッドルームに入って行った。
やがて眠気が襲ってきてウトウトしながら今日あったことを思い返した。ルミの車を使ったトリック。停止線にピッタリ止まる車。そう言えば、ミーシャの赤い車の後部座席でいろんな話をした。運転はA.Iに任せて2人だけの世界を楽しんだ。ミーシャは駐車が苦手で助かると言ってたっけ。
はっと、ミーシャの家に行った時停まっていた赤い車を思い出した。あの車どんなふうに停まっていた? 必死に思い出そうとする。確か、庭の一画にある駐車場に頭から突っ込んで停まっていたはずだ。あの駐車場は頭から突っ込むと出る時にバックすることになり、後ろを人が横切ったりして危ない。なので自動運転のA.Iは必ずバックで駐車する。一度も頭から突っ込んで駐車したことはなかった。
だとすれば、あの車はミーシャが自分で運転して止めたのではないか? 仮にミーシャが単独でルミの父スティーブを車に乗せて自宅まで連れて行ったとしよう、銃で脅して車に乗せたとしても銃を突きつけたまま運転はできないだろう。車に乗せてから睡眠薬か何かで意識を失わせたのか? 意識を失った大人の男性を車から下ろし玄関まで連れて行くとなれば、近所の住民に目撃される可能性がある。そんなリスクを犯すだろうか? それとも共犯者がいたのか? あの地下室にあった武器の多さから考えると共犯者がいてもおかしくはない。だが共犯者がいたなら住宅街の目立つ場所にわざわざ連れて行くだろうか? ルミの話によると取引先に向かった後、スティーブの足取りが消えているとのことだった。足取りを消すために自動運転システムを切ったとすれば━━
以上のことが一つの可能性を示してるように思えた。だがその考えがまとまる前にヴェロニカは眠りに落ちていった。
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