第48話
「なんで謝るんですか?」
ルミは小さな声で聞き返した。
「君にロボット犬の操作を教えるようミーシャに指示を受けたんだが、俺は君に嘘をついちまった。実は君が操っているロボット犬にも自律型A.Iが搭載されていてね。目標に接近すると君の操作から離れるようになってるんだ」
ならばとヴェロニカは思った。ルミはメアリーを攻撃する気はなかったのではないか?
「そうですか……、何かおかしいと思ってました」
ルミは微かに微笑んだ。
「おかしい? おかしいのはあんただよ、お人形!」
我慢できなかったという様子でメアリーがルミに詰め寄る。ヴェロニカは下唇を噛み締めた。メアリーにそこまで言わせてしまったのは、おそらく自分だ。ルミがメアリーを攻撃する意図がなかったからどうだというのだろう。実際、メアリーは実弾で撃たれたのだ。かばうべきはメアリーであって、ルミではないはずだ。
「ルミ、あなたはここに残って。B.Mさんはあなたの教育係なんでしょ。あなたの責任で救護班を呼んでB.Mさんを助けるの」
ルミの方を向いて毅然とした言葉で言った。ルミは体がブルブルと震え始めた。目からは涙がこぼれ出している。
「――ごめんなさい。私、私……メアリーさん、ごめんなさい」
メアリーもヴェロニカの厳しい態度に驚いたようだ。目を大きく見開いてヴェロニカを見ている。
ゲブリュルは、ふーっと息を吐き出した。
「ルミ、今度は本当の仕事をするんだ。誰かに認められるためじゃなくて、自分の大事なものを守るんだ」
「……はい」
ルミの返事を聞いたゲブリュルはルミの手錠を外した。
「さてと……」
ゲブリュルはルミと、メアリーに「これでいいのか?」という具合に目で合図を送ってきた。ふたりから承諾のサインが返ってきたのを確認すると、B.Mの方に向き直ってから言った。
「このフロアには、まだ特殊部隊はいるのか? 守備側の人員はどうなっている?」
「特殊部隊はそこの3人だけだ。でもあんた公安なんだろ、ミーシャをどうするつもりなんだ?」
「私の任務はミーシャの逮捕だ。だが今ここは戦場になっている。そしてミーシャは生きたまま確保するつもりだ」
「そうかい。つまりはミーシャを特殊部隊から守ってくれると言うことでいいんだな?」
ゲブリュルは無言でうなずいた。
「このフロアには私を含めてミーシャ以外に11名の職員がいた。さっきの通路で見たと思うが、3名の職員が死亡。残り2名の通常職員と5名の戦闘員がいる」
「倒したのは階段側から来た特殊部隊だけだな。エレベーターはまだ動いているのか?」
「まだ動いているはずだ。エレベーター前は戦闘員がかためている」
少し考えてからゲブリュルが言う。
「その戦闘員と連絡は取れるか?出来れば無駄な戦いはしたくない。パルマ政府によるここへの攻撃は違法だ。ミーシャと取引したい」
「話がわかるんだな。ちょっと待ってくれ」
そう言うとB.Mは端末に呼びかけた。
「こちらB.M。守備隊応答せよ」
しばらく待つが応答はなかった。B.Mは首を横に振った。
「守備隊と連絡がとれない。エレベーター経由で特殊部隊が侵入したのかもしれない」
「わかった、悪いがここで救護が来るのを待ってくれ」
「ああ、幸運を祈るよ」
ルミとB.Mを残してゲブリュル、ヴェロニカ、メアリーの3人は部屋を後にした。通路を進みエレベーターホールに差し掛かる。悪い予感は的中した。研究所の戦闘員と思われる死体がさらに3つ転がっていた。
銃声や物音が聞こえないか、注意深く耳をすませるがあたりは静寂につつまれている。通路を突き当たりまで進み右に曲がった先にミーシャの執務室がある。通路の突き当たりにある壁から監視棒の先を出して様子を伺う。端末の画面にロビーの様子が映し出された。
映し出された画像は凄惨なものだった。ロビーの中央部に焼け焦げたような跡があり周囲の壁には大きな穴があいている。周辺にはバラバラになったアンドロイドの体が飛び散っていた。おそらく爆発物が使用されたのだろう。まさか爆発にミーシャも巻き込まれたのでは? 嫌な予感がヴェロニカの脳裏を駆け巡った。3人は慎重にロビーへと向かう。
ジャリジャリジャリ
ジャリジャリ
やがてロビー奥、通路の左側から見覚えのある女性が姿を現した。濃い茶色の髪をポニーテールのように後ろで束ねて、黒のパンツスーツ姿にローヒールのパンプスを履いている。右肩に黒のボストンバッグを抱えていた。
――受付嬢のサリー、そして探し続けたミーシャの現在の姿――がそこにあった。
「まいったわね。何もかもメチャクチャだわ」
ロビーの様子を見たミーシャは肩をすくめながら言った。
「ミーシャ・ヨハンソンか?」
ゲブリュルの呼びかけにミーシャは少し首を傾けて不思議そうな表情をした。
「そういうあなたは誰かしら?」
「ミーシャなの? 私よ、ヴェロニカよ」
我慢できずにヴェロニカが叫んだ。
「ああ、よく来たねヴェロニカ。待ってたよ」
ミーシャの言葉はまるで、久しぶりに自宅へ招いた友達へ話しかける時のようだった。
「ミーシャもうやめて! 戦争になってしまうわ」
ミーシャは質問には答えず、肩に抱えていたバッグを床に下ろした。バッグの表面を手のひらでパンパンと叩く。
「この中にはふたつの四次元コードプレイヤーが入っているのよ。両方ともこの研究所で開発したものなの。そのうちのひとつをさっき特殊部隊の皆さんに使ったらこの有様ってわけ」
「ミーシャ、あなたがこの人たちを殺したの?」
ヴェロニカの
「対アンドロイドウイルスね! そうでしょう?」
メアリーが会話に割って入る。その言葉には怒気が込められていた。
「メアリー、あなたにはわかるのね。そのとおり……アンドロイドの思考アルゴリズムを乗っ取るウイルスよ。特殊部隊戦闘員を行動不能にするだけでよかったんだけど、私に使うつもりで持ってた爆弾で自爆しちゃったわ」
ヴェロニカの背筋に戦慄がはしる。冷たい汗が吹き出すのを感じた。そんな恐ろしい兵器をミーシャが使ったのが信じられなかった。
「ミーシャ、もうやめろ! パルマ政府が本格的に侵攻してきたら勝ち目はないぞ。ここの住民を巻き込むつもりか?」
ミーシャの形の良い眉がピクリと動いた。
「巻き込む? アビスモ共和国の国民は選択したの。自らの意思でね。私は彼らに選択の機会を与えただけ」
ミーシャが言っているのは住民投票のことだろう。SNSを見る限り住民に断固たる意思があったとは思えない。
「ミーシャ、住民たちは独立の意味を理解していない。一種のお祭りとしか思っていないの」
「独立の意味?」
ミーシャはヴェロニカの言葉をおうむ返しにした。天井を見つめて考えをまとめているようだ。
「そう、彼らは理解していない。自分たちがなぜ
「どうやら、問答は時間の無駄なようだ」
ゲブリュルがミーシャに向けてライフル銃を構えた。
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