第47話
ルミはガックリとうなだれている。
「南ゲートにいるロボット兵器は停止したんですか?」
ヴェロニカがゲブリュルに尋ねた。
「ああ、この子が操作していた分については停止信号を送らせたよ。だがそれ以外の機体は自律型A.Iが搭載されていて自分で動くとのことだ」
「そうですか……」
やはりルミに全部任せるようなへまはしないようだ。
「ミーシャは10階にいるのか? 答えろ!」
ゲブリュルのこの言葉はルミに向けられたものだった。
「……わかりません。ミーシャの執務室は確かに10階にありますが、今そこにいるかどうか知らないんです」
ルミのもっていた無邪気さは影を潜め、鮮やかな金色の髪も宝石のような青色の瞳も色あせて見えた。
「さて、これから私は10階へ行く。一緒に来るのはとても危険だ。だが私と別行動するのも危険だと思う。君たちはどうする?」
ヴェロニカにとって結論は決まっている
「もちろん一緒に行きます。連れて行って下さい!」
ヴェロニカは即答した。なんとしてもミーシャに会わなければならない。会って彼女を止めるのだ。
「メアリー、君はどうする?」
ゲブリュルはメアリーにも聞いた。
「あら、私がいないとヴェロニカは何も出来ないのよ。ついて行ってあげるわ」
やれやれ少しは素直になったと思ったのだが、とヴェロニカは苦笑いを浮かべた。
「問題はこの子をどうするかだな」
ゲブリュルはルミの方に視線を送りながら言った。どこかに閉じ込めておくのか、連れて行くのか扱いに困ると言うことなのだろう。手錠に繋いだまま連れて行くのはかなり足手まといになりそうだ。
「ゲブリュルさん、もしよかったらルミも連れていってもらえますか? ルミは研究所のことにも詳しいと思いますし役に立つと思います」
ヴェロニカの言葉の半分は本当だった。だが残り半分はルミをひとりで置いておいて万が一のことがあったらいけないと思ったからだった。そうだ、ルミとはこういう少女だったのだ。ヴェロニカは本当のルミのことを何も知らなかったことを思い知らされた。
ミーシャがなりすましていたルミと一緒にいたことによって虚構のルミを本当のルミと思い込んでいた。今思えば父親が誘拐された悲劇の少女が自らの境遇に負けることなく必死に頑張る姿を見て、自分が救ってあげるべき存在なのだ、とどこか
いやそんなことはない。自分はルミをひとりの対等な人間として認めていたのだ。と心の中で反論してみるが何とも言えない虚しさだけが残った。
「わかった、だが手錠はつけたままで歩いてもらう、それでいいね」
ゲブリュルの言葉にもルミは反応することはなくうなだれたままだった。
「おそらくミーシャは侵入者がいることに気がついただろう。逃げ道がないエレベーターの利用は避けたい。階段へ向かうよ」
ゲブリュルを先頭に、ヴェロニカ、メアリー、ルミの3人は連れだって歩きだした。ホールを出てロビーを横切り、エレベーターホールの隣を通りすぎた。通路の突き当たりにある扉を開け階段のある部屋に入った。
ゆっくりと一段づつ階段を上がっていく。ルミは手錠をつけられているため階段をあがるのが大変そうだった。ヴェロニカはルミの体を支えてあげた。
「ありがとうございます」
ルミは申し訳なさそうに小さい声で言った。結極、誰とも遭遇することなく無事10階に到着した。扉を開けて階段から通路に出る。
そこにひろがっていた光景にヴェロニカは息をのんだ。破壊されたアンドロイドが通路に倒れている。通路は数メートル先で突き当たり右に折れているが、そこまでで3体が倒れている。
「ルミ、こっちへ来て確認してくれ」
一番手前のアンドロイドの様子を確認していたゲブリュルがルミを呼んだ。ルミの表情は真っ青になっていた。それでも急いでゲブリュルのそばまで行く。
「研究所の職員です。顔に見覚えがあります」
ゲブリュルとルミが確認した結果、倒れていたのは3名とも研究所職員であることが判明した。
「何者かによってこのフロアはすでに襲撃された可能性が高いな」
そう言えば、カーンからのメッセージで南ゲートから特殊部隊が侵入した可能性があると言うものがあった。だとするとミーシャが危ない。通路の向こう側から何か物音がしないか耳を澄ますがシーンと静まり返っている。
「先に進むよ」
歩き出したゲブリュルの後を追って3人は右に折れ曲がっている通路の角まで前進した。そこで一旦停止してから棒状の監視カメラで通路の先を確認する。映し出された映像にはまたもや倒れている人影が写っていた。
「様子を見てくるからここで待て」
そう言ってゲブリュルは銃を構えると右側の通路に入っていった。ヴェロニカとメアリーは映像端末で様子を見守る。ゲブリュルが通路に倒れているひとりひとりを調べている様子が見えた。何人か確認し終わったゲブリュルからヴェロニカの端末に通信が入った。
「ひとりだけまだ意識がある、ここに来てくれ」
ヴェロニカたち3人はおそるおそる角を曲がって通路に入る。ゲブリュルが片膝をついて倒れている人に何か話しかけている様子が見えた。ゲブリュルがいる場所までの間にも3名が倒れていた。だがその3名は先程見た研究員とは明らかに違う雰囲気だった。全身黒の服を身につけており数字の入ったベストを身に付けている。ライフル銃が
近づくにつれて倒れている人物の姿が見えてきた。こちらは残りの3名とは違い迷彩服を身につけており唯一露出している顔の肌色は褐色だった。
「B.Mさん!」
ルミが叫んで走り寄ろうとするが、手錠をしているためバランスを崩してよろけた。
「知り合いなの?」
あわててルミの体を支えたヴェロニカが尋ねた。
「ブラッディ・マリーさん、私の教育係なんです」
B.Mと呼ばれるアンドロイドのそばに集まったヴェロニカたち4人はB.Mを取り囲むように腰を落とした。ゲブリュルだけは周りを見回して警戒を続けている。B.Mの体には胸と腹の2か所に銃創があった。この傷が致命傷なのかどうかはヴェロニカにはわからない。
「研究所の医療班はどこにいる?」
ゲブリュルがB.Mに尋ねた。
「わからない……、現在パルマ政府軍の特殊部隊と共和国の警備兵が各フロアで交戦中だと聞いている。救護要請は送ったが反応がない」
B.Mの言葉は比較的しっかりしているように思えた。
「B.Mさん、どうして……こんな?」
B.Mの茶色の瞳が絶句しているルミの方へ向いた。
「うかつだったよ。これほど簡単に侵入されるとはね。おや……ルミ同士も捕まっちまったのかい。可哀想に……」
B.Mの口の端がわずかに上がる。
「あんたも気をつけな。こいつらは普通のアンドロイド兵じゃないぜ。――皮膚装甲だ。簡単には倒れない厄介な奴らだ」
この言葉はゲブリュルに向けられたものだった。皮膚装甲? ヴェロニカはブエン・ティエンポ港で会った港湾職員のことを思い出した。彼はヴェロニカたちと一緒に防弾シェルターへ身を隠すことがなく、「自分は皮膚装甲を装備しているので大丈夫だ」と言った。
「皮膚装甲を装備した特殊部隊兵士を3人も倒したのか? たったひとりで……」
「こう見えてオレも特殊部隊あがりでね」
感嘆するゲブリュルにB. Mは、はにかむように答えた。ヴェロニカとゲブリュルのふたりでB.Mを通路沿いにある休憩室へ運びソファーベッドに寝かせたうえで応急処置をした。
「ルミ、すまなかったな」
心配そうに見下ろしているルミにB.Mが声をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます