第46話
部屋から出ると通路にマックスが倒れているのが見えた。カーンの銃撃では傷が付く程度だったのだが、頭部が完全に破壊されて部品が周辺に飛び散っていた。ゲブリュルの持っているライフル銃は相当な威力があるのだろう。
エレベーターホールの横を通って、ロビーに出るとさらに2体のロボット犬が倒れていた。やはりどちらも頭部が破壊されている。
「すごい……」
ヴェロニカは思わず声をあげた。
「徹甲弾だ。こいつは動きがあまり早くなかったから助かったよ」
ゲブリュルは事もなげに言う。ロビーを北方向に進むと左右にホールへの扉がある。向かって左側にあるホールの扉は大きく開いており、さっきはそこからロボット犬が出てきたのだった。扉の手前まで歩くとゲブリュルはヴェロニカとメアリーにここで待てと、手で合図を送った。
ゲブリュルがひとりで中に入り安全を確認してから一旦扉の外に戻ってきた。リュックサックから細長い棒を取り出し、扉の開いている部分に差し込む。棒の先端はカメラになっており手元のタブレット型端末でホール内の様子が確認できた。すぐに全員で中に入らないのはヴェロニカとメアリーの安全を優先してくれているのだろう。
3人で端末の画面を覗き込む。映し出されたホール内部はかなりの広さだった。100人程度で会議をするときに使う部屋という感じで天井も高い。だが部屋の中には机や椅子は置かれておらずガランとしている。
唯一、ホールの一番奥の方に仮設の構造物があった。金属のドーム状でアンテナのような部品が取り付けられている。
「何でしょう? これは」
ヴェロニカの問いにゲブリュルは首を横に振った。
「わからない、行ってみるしかないね」
「その前に、SNSでメッセージを送っていいですか? 社員が心配してるといけないので」
ゲブリュルは驚いた顔になった。
「まだ使えるSNSがあるのかい? 驚いたな。外部とのネットは全て遮断されていると思っていたよ。私はリー捜査官から君たちがここに潜入していることを聞いたんだが、通信衛星を使ったデータ通信でね。送受信装置が少し重いんだ。――ああ、今のうちにメッセージを送っておいてくれ」
ゲブリュルのリュックサックが大きくて重そうなのは、その装置が入っているせいもあるのだろう。SNSの通信は回復しており、『ゲブリュルさんに助けられて無事です』とジェイ、カーンに送信すると、カーンからすぐに返事が来た。
『無事でよかった。助けに行けなくてすまん。南ゲートから大量の犬型ロボット兵器が出てきてパルマ軍と交戦中だ。パルマ軍側にかなりの数の死傷者が出ていて後退している』
ミーシャの対抗手段はロボット犬だったのか。ヴェロニカはカーンの返信内容をメアリーとゲブリュルにも伝えた。
「厄介だね。このフロアには3機しかいなかったが大量に押し寄せてきたら対応できない」
ゲブリュルは眉根を寄せて言った。
「よし、準備はいいかい? あのドーム状の構造物へ行くよ。私の後ろから離れないこと。わかったね」
ふたりがコクリとうなずくのを確認したゲブリュルは、カメラを収納するとライフルを構えた姿勢でホール内部へ足を踏み入れた。ヴェロニカとメアリーも後に続く。慎重に周りを警戒しながらドームへ近づいて行く。ホールの中はしんと静まりかえっていて、ドームからも何も聞こえてこない。
ドームに到達したゲブリュルはドームの周囲をぐるりと歩いてまわり、安全を確認した。ドームは金属の部品で組み立てられておりそれぞれの部品がネジで止められている簡素な作りだった。側面に取手付きの扉がある。ゲブリュルが扉を引いてみると鍵がかかっておらず少しだけ開いた。さっきの棒をその隙間から差し入れ内部を確認する。
ゲブリュルが口に人差し指を当て声を出すなと言うゼスチャーをした後、画像を見せてくれる。ドームの内部は青白い照明で照らされており明るかった。部屋の内部に仕切りはなく一つの空間のように見える。棒の先を回転させると、幾つものモニター画面の前にこちらに背を向けて椅子に座る人影が映し出された。
椅子の背もたれ上部から金色の髪がのぞいており、ヴェロニカは思わず声をあげそうになった。差し込んだ棒の先には集音マイクもついているらしく、渡されたイヤフォンで音声を聞く。
『――攻撃目標を確認。目標アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタに射撃開始』
ルミの声だった。
『目標アルファ、ブラボーの破壊を確認。続いて目標エコー、フォクスロット、ゴルフに射撃開始』
目標? 破壊? 嫌な予感がした。
『目標チャーリー、デルタ、エコー、フォクスロット、ゴルフの破壊完了、やったー』
音声を聞いていたゲブリュルの金色の瞳には、はっきりと嫌悪の色が浮かんでいた。ゲブリュルはヴェロニカとメアリーにハンドサインを送る。左手で拳を作り肘を曲げて腕を持ち上げる(動くな)、次に同じ左手の親指だけ立てると指を下に向けた(敵)、最後に前に突き出した左手の拳を前後に動かした。(攻撃)
『今から敵を攻撃するから動くな』
移動中に教えてもらったハンドサインを思い出してその意味を悟った。中にいる人物が「敵」と表現されたことに心が波打つ。
ヴェロニカは左手でOKサインを作った(了解)
次の瞬間、ゲブリュルはドアを開け放つとドーム内に突入した。
「動くな! 公安警察だ」
背を向けて椅子に座った人物の肩がビクリと震えた。
「両手を上げて、ゆっくりと立ち上がれ!」
言われた通り両手を上げて立ち上がったのは金髪を後ろで結び、ワンピースを着た女性だった。それ以上見ていることができずヴェロニカは端末画面から視線を外した。
しばらくして、両手に手錠をかけられたルミがゲブリュルに連れられてドームから出てきた。ヴェロニカの姿を見付けると助けを求めるように言った。
「ヴェロニカさん、私、何も悪ことしてないんです! これは……これはお仕事なんです!」
「ロボット兵器はあなたが遠隔操作していたの?」
ヴェロニカはなるべく感情を表に出さないように言った。そうしなければ自分を抑える自信がなかったからだ。ルミはまるで初めて聞いたと言うふうにポカンとした表情をした。
「兵器? 兵器なんかじゃありません。あれは警備用ロボットです。これは警備用ロボットの動作試験なんです」
「動作試験ですって? 動作試験であなたが作ったマックスに実弾を撃たせたの? メアリーはマックスに撃たれて怪我をしたのよ」
「マックス? マックスって何ですか? 私はロボット犬なんか作ったことありません!」
ルミは必死になって訴えている。嘘をついているとは思えなかった。そうか。さっき破壊されたロボット犬に名前なんかなかったのだ。ミーシャ家の地下で起きたことは全てミーシャが仕組んだことなのだろう。ブリーフィングデスクの上にあった四次元コードプレイヤー。再生されたミーシャの画像。その全てがここグランドパルマ島へ私を誘導するお芝居だった。
「いい加減にしたらどうかしら? お人形さん」
黙って聞いていたメアリーが突然口を開いた。ルミが怯えたような視線をメアリーに向けた。
「知らなければ……知らなければ何をしても許されると思っているの?」
「私は……私は、だだ……」
何か言おうとしてルミは口をぱくぱくと動かしたが言葉が出てこない。
「認められたかったんでしょ……誰かに。認めてくれるんだったら相手は誰でもよかったのよね。ヴェロニカでも、ミーシャでも。地下の倉庫でヴェロニカはあなたに言ったはずよ。ミーシャがやっていることが何をもたらすのか。あなたには選ぶことができた。それなのに……」
ヴェロニカがメアリーに歩み寄ると怪我をしていない方の肩にそっと手を置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます