第45話
「バリケードを作るわ」
部屋の中央に置かれている会議用テーブルはキャスター付きで移動可能だった。ヴェロニカは椅子を一旦部屋の端にどけて、キャスターのストッパーを解除するとテーブルを扉に向けて押していく。メアリーが手伝おうとするが「ダメ!休んでいて」と制止して、ひとりで作業を続けた。
テーブルの長辺を扉側の壁に押し当ててキャスターをロックした。次にどけておいた椅子をテーブルの上に積み上げる。あのロボット兵器にどれくらいの効果があるかわからないが、何とかバリケードらしきものは完成した。ふうと安堵のため息をつくと扉の反対側の壁にある窓から外を見る。窓は正門の反対側に面しているようで真っ暗な空と街の明かりが見えた。
2個だけ残しておいた椅子を窓際の壁の隅に並べるとメアリーと並んで座る。持っていたハンカチでメアリーの肩にある銃創を押さえた。
「痛みはあるの?」
「少しだけよ。気づかないうちにケガをしたり、むやみに傷つけたり傷つかないように痛みの感覚は備わっているわ。でも人間が感じるような耐え難い痛みではないと思う。たぶんね」
ガチャン、ガチャンとマックスが歩く音が部屋の中でも聞こえるがすぐ近くではない。どうやらヴェロニカたちを見失ったようだ。だが、見つかれば逃げ道はない。ここは5階だ、窓から逃げるのは不可能だろう。
「ごめんね、メアリー。私が甘かったわ。まさかこんな危険な兵器を使うなんて想像してなかった。いいや、こんなの言い訳よね。来るべきじゃなかったわ」
「ご主人様の責任じゃないわ。ここに来たのは私の意志よ、気にしないで」
「『ご主人様』はもういいよ。ヴェロニカと呼んで」
メアリーは大きく目を見開いてヴェロニカを見つめた。
「……ヴェロニカ」
そう言ってうっすらと微笑む。もともと青白い顔色のメアリーだったがどこか
ドーンとまた大きな音がした。今度は建物の外からのようだ。もしかして特殊部隊がゲートから侵入して共和国内で戦闘が起こっているのだろうか? ふと横を見るとメアリーが目を閉じて意識を集中させているようだ。
「どうしたの?」
「あのロボット兵器をハッキングできないか探ってみたんだけど無理ね。何者かが遠隔操作している気配はあるんだけど、高度な暗号化処理されていて侵入できなかったわ」
「そうか……」
ヴェロニカは椅子をメアリーの椅子に近づけて座り直すとメアリーの手を握った。
ガチャン、ガチャン、ウィーン
マックスはフロアをあちこち歩き回っているようで機械音が近づいたり離れたりしている。たがだんだんこの部屋の近くにいる時間が増えていることに気が付き、ヴェロニカは背筋に冷たいものを感じた。ジェイとカーンには現状を伝えるメッセージを送ってあったが返事はない。もしかしてSNSが遮断されているのかもしれない。
再び近づいてきた機械の足音がピタリと部屋の前で止まった――ように感じた。
ドン、ドン
連続した炸裂音。
扉の前に積み重ねた椅子が弾き飛ばされて床に転げ落ちた。
「伏せて!」
ヴェロニカはメアリーを床に伏せさせると、自分も床に伏せた。
ドン、ドン
扉の中心部に集中して銃撃が浴びせられて開いた穴がどんどん拡がっていく。扉を貫通した銃弾は向かいの窓にも命中しガラスに穴が開いた。どうやらこの部屋にいることに気づかれたらしい。――袋のネズミ、そんな言葉がヴェロニカの脳裏に浮かんだ。
ガチャ、ガチャ
足音がした後、扉に激しく激突する音が鳴り響く。扉に開いた穴を突き破ってロボット犬の頭部が姿を現した。パラパラと破片が舞い散る。ヴェロニカはメアリーの手をギュッと握った。メアリーのか細い指が強く握り返してきた。
再度、後退する足音がした。次の突撃で扉とバリケードは破壊されヤツは部屋の中に侵入してくるだろう。だがヴェロニカにできることはもう何もない。
「助けて! 誰か」
そう心の中で祈った時だった。
バシュ、バシュ
とマックスの発砲音とは別の炸裂音が聞こえた。しばらくしてガチャーンと何かが倒れたような音が鳴り響く。そして覚悟していたロボット犬の突入は起こらなかった。
バシュ、バシュ
また炸裂音がした。続いて何かが倒れる音。扉の外で何かが起こっているのは確かだ。
扉付近でゴーという音がする。ヴェロニカが頭を上げて扉の方を見ると、扉の外枠がバーナーのような炎で焼き切られていくところだった。完全に枠から扉が外れると吹き飛ばされたテーブルの横にバタンと倒れた。
ぽっかり開いた入り口付近から、姿は見えないが女性の声がした。
「ヴェロニカさんはここにいるか?」
返事をしたものかどうかヴェロニカが迷っていると続けて声がした。
「私は、ゲブリュル・シュバーン、ゴーリェの友人だ」
もしかしてゴーリェの恋人のゲブリュルさん? あわてて返事をする。
「ヴェロニカです。ここにいます。怪我人もいるんです」
「了解だ。ロボット犬は始末した。今そちらへいくから動かないでくれ」
扉の破片やバリケード代わりの椅子や机を押し退けて、迷彩柄の服とヘルメットを身につけた人物が部屋に入ってきた。両手でライフル銃を持っており、背中には大きなリュックサックを背負っている。ヴェロニカが画像で見たことがある兵士のような格好をしていた。彼女はヴェロニカとメアリーが座っている部屋の隅までやってくると、ライフル銃をそっと壁に立てかけてから片膝をついて顔を近づけてきた。
美しい
「ゲブリュル・シュバーンよ。ゴーリェから聞いていると思うけど公安捜査官なの」
ヴェロニカとメアリーもそれぞれ名乗って挨拶を済ませた。
「傷を見せて」
ゲブリュルはメアリーの服を脱がせると傷の様子を観察し始めた。右の鎖骨の下あたりに銃創があり背中側へ貫通していた。ゲブリュルはリュックサックから応急処置セットを取り出すと、損傷した人工血管をピンで止めて止血した後、スプレーの凝固剤を傷口に吹き付けた。メアリーに服を着させると
「とりあえず応急処置はしたわ。でも無理はしないで」
と言った。
「ありがとう……」
メアリーもはにかんだように言った。
「でも、どうしてゲブリュルさんがここに?」
少し落ち着きを取り戻したヴェロニカが尋ねた。たしかゴーリェから住民登録権を申請中だと聞いたはずた。
「潜入捜査だよ。リー捜査官が言ってなかったかい?」
そういえば最後の手段として考えているみたいなことを言っていたような気がする。
「私の目的はミーシャ・ヨハンソンの逮捕だ。でもその前に残ったロボット兵器を止めなくちゃいけない」
「誰かが遠隔操作してるわ」
メアリーの言葉にゲブリュルはうなずく。
「ロビーの隣にあるホールへ行くよ。メアリー歩けるかい」
「大丈夫、歩けるわ」
「OK! じゃあ、ふたりとも私から離れないように付いて来てくれ。それからこれを被るんだ」
ゲブリュルは、リュックサックから簡易用のヘルメットを取り出すとヴェロニカとメアリーに被せた。あごひもを調整してしっかり固定してくれた。
立て掛けてあったライフル銃を手に取るとゲブリュルは通路に向けて歩き出す。そのすぐ後ろをふたりは離れないように付いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます