第18話
ヴェロニカが香港へ旅立つ日の前日、自ら思いついたウスティノフ社の先回り買いを防ぐアイデアについてジェイ、ルミ、ソフィアの3人に説明を行った。
「この新聞を見て思いついたの」
3人の前に新聞を広げて見せる。○○社が株式の誤発注で巨額の損失を
「ああ、これなら知ってるぜ、確か注文のチェックシステムを切っていたんだったな」
ジェイが、新聞の記事が乗っている場所を指でなぞりながら言った。
「え、なんで切ってたんですか? そんな大事なシステム」
ルミが口をとがらして言った。
「なんらかの都合があって、手動で注文を出したんでしょうね。そして早く注文を出すために確認メッセージが何回も表示されるチェックシステムを一時的に切ったんだと思うわ」
「確かにサイバードルの注文も手動で出すとミス防止のため、何回も確認メッセージが出て来るからね」
ヴェロニカの言葉にソフィアが思い出しならが答えた。
「俺様の自動売買システムならそんな面倒は全然ないがな」
ヴェロニカは、はいはいそうだねと言って話を続ける。
「当社にも当然、間違った注文を出さないためのチェックシステムがあるんだけど、端末のサーバー内にある最初の障壁と、当社から外部へ注文を伝達する直前の障壁、二重のチェックシステムになっているわ」
ジェイとソフィアにとっては既に知っている内容だったが、ルミはそうなんですか、と感心したようだ。
「仮になんらかの理由でひとつのシステムが機能しなくても、もうひとつのシステムが防ぐことができるようにね。人間には間違いがつきものだから。問題はどんな注文がはじかれるのかと言うことなんだけど、ひとつは、価格が高すぎるもしくは低すぎる注文、ただし、いくらの値段でも売り買いするという成り行き注文というのがあるので、この場合明らかに大きな数字が入力された場合と言うことになるわ。もう一つは注文の数量が大きすぎる場合、この間違いは深刻な結果をもたらすわね。間違って一桁大きな数量を入力してしまったら全然違う金額になってしまうから」
ここでヴェロニカは再度、新聞記事を指さした。
「この記事にある間違った注文というのはこのことね。だから特に大きな額の注文は簡単に出せないように制限されているの、ジェイとソフィアは知ってるよね?」
「ああ、500万サイバードルを超える注文は仮に出してしまったとしてもシステムから外には流れていかないな。一旦、システムのロックを解除してからじゃないと発注されない。第一のシステム、第二のシステム、二つのロックを解除してからやっと注文が出せるってことさ」
この辺の説明も主にルミに向けたものだったのだろうが、ヴェロニカはその通りだねと言った。
「そこで今回は私が調達する予定の資金を目一杯使って、すごく大きい金額の買い注文を出すの。1,600万USドルを調達してレバレッジを5倍かける、つまり8,000万USドル分の買い注文を一度に出す」
「レバレッジ? つまり資金を担保に借入れするんだな」
借入れと聞いてソフィアの表情が曇った。ソフィアが反対の表明をする前にヴェロニカは話を進めた。
「ここからが、ウスティノフ・トレードに勝つための作戦になるのだけれど。ウスティノフによる先回り買いは、ふたつの前提で成り立っているわ。ひとつはジェイの売買システムが間違わないってこと。もう一つはうちの会社に十分な資金がないということ。この前提をふたつとも崩したとしたらどうなるかしら?」
「ジェイさんのシステムが間違って巨額の注文を出して、うちの会社に十分な資金がある、つまり担保金を支払うことができるので、その巨額注文が実際に約定してしまう。———ウスティノフは四次元コードプレイヤーでその注文をコピーして同じ注文を出してしまう、という事ですね」
ルミは計画の意味を理解し始めているようだった。頭のいい子ね。とヴェロニカは思った。
「でも、そんな大きな額の注文を出したらサイバードルの価格が暴騰して、とんでもなく高い価格で買うことになるわ」
ソフィアが黙っていられないという調子で口を挟んだ。
「そう、だから―――
「えっ?」
「正確に言うと、チェックシステムに引っかかって出せない。だけどウスティノフには注文はコピーさせる。」
そこまで言ってヴェロニカは少しふてぶてしい表情になった。
「わかったぞ! ふたつのチェックシステムのうちの最初のひとつを切るんだな」
「正解よ!」
「最初のシステムを切れば注文は端末から四次元コードプレイヤーまでは届く、四次元コードプレイヤーで通常電波と四次元コードに分かれるが、通常電波は正規のルートである第二のチェックシステムへ送られて
そこで上限を超えた注文として止められる。一方、四次元コードに変換されたウスティノフの注文はチェックシステムを迂回して別ルートで売買システムへ送られて実際に約定してしまう。チェックシステムを通るのは通常電波だけだからな。しかもウスティノフの注文はウスティノフのチェックシステムを通ることなく直接売買システムへ送られてしまう。つまり誤発注をしでかすってわけだ」
「わかったわ、少なくとも理論的に矛盾はなさそうね」
でもとソフィアは念をおす。
「リハーサルをして実際に可能かどうか試してからにしてね」
「わかったわ、ソフィアの言う通りにする」
「リハーサルとしての動作テストはメアリーにやってもらうか」
ジェイが机に置きっぱなしになっている不気味なお面をちらっとみた。その後、ルミがまたお面を被ることになったのだが……
その後どうなったんだっけ? 自動運転タクシーの心地よい揺れに体を任せながらヴェロニカは思い出そうとした。だが、襲ってきた睡魔によって記憶は散り散りとなってしまった。
カタカタカタ、ソフィアがキーボードを打ち込む音がオフィスに響く。調達に成功した500万サイバードルがサイバードルNow社にあるA.Iテック社のアカウントに入金された。アカウントへの入金を持って契約が成立し、A.Iテック社から購入代金が支払われた。
今回の取引でサイバードル社が500万サイバードルの調達に使ったUSドルは合計3228.8万USドルだった。一方、A.Iテック社から支払われた代金は1サイバードル当たり7.50USドルなので500万×7.50=3,750万USドルとなる。サイバードル社の利益は3,750−3228.8=521.2万USドル(1USドル=135円換算で約7億円)だ。さらに1サイバードル当たり0.1USドルの手数料、500×0.1=50万USドル(同6,750万円)が支払われた。
帳簿に取引の収支を記録するソフィアの横で、ジェイがマトリョーシカ人形を分解中だった。
「よし、これで四次元コードプレイヤーの機能は停止したはずだ。いつまでも注文をコピーされたんじゃ困るからな」
「まあ、そんな余裕ないでしょうけどね」
ソフィアが作業を続けながら答えた。
「ジェイさん、ソフィアさん、私はこれからA.Iテック社のオフィスへ行きます。犯人が指定するアドレスへの送金指示を出してきます」
カバンに荷物を詰めながらルミが言った。
「そうだったな、うまくやれよ! 助手」
「本当に1人で大丈夫?」
「はい、大丈夫です。それにこれは私にしかできない仕事ですから」
ソフィアに心配をかけまいとルミは努めて明るく答えた。
「よし、俺はミーシャの家で見つけた四次元コードプレイヤーの解析に移るぜ。スティーブやミーシャの行方について何かわかるかもしれないからな」
「よろしくお願いします」
そう言い残して、ルミはオフィスを出て行った。
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