第19話
ルミが出て行った後も、ジェイは四次元コードプレイヤーの解析を続けた。あらかじめルミから入手していたマニュアルや資料をもとに何らかの反応を引き出せないか色々と試した。
「あーわからねー。音声や振動なんかの外部からの刺激に反応するわけじゃないのか?」
椅子の背もたれに寄りかかって天井を仰ぎ見る。
「マニュアルによると一般的な四次元コードプレイヤーはどれも音声入力なんだよ。スマートスピーカーのように登録した人物の声を認識して反応する。だとすると、登録した本人、おそらくミーシャの声じゃないとダメだな」
「そうね、本人以外の声で反応したらマズいもんね」
ソフィアもキーボード操作をしながら言った。
「ミーシャが何かヒントを残しておいてくれればいいんだがな。こいつが見つかった部屋には何もなかったて言うしな」
ジェイの視線がミーシャのデスクの方へ向けられる。立ち上がって、ミーシャのデスクの方へ歩いていく。デスクの上はパソコンやマウス、キーボード、ペン立てくらいしか置いてなく、片付いている。
「ミーシャ、すまん」
とことわってから一番上の大きな引き出しを開ける。
「えっ?」
と間の抜けた声を上げたジェイが一冊の文庫本を取り出した。他の引き出しも開けようと引っ張ってみるがカギが掛かっていて開けることが出来なかった。文庫本を手にソフィアの元へ戻ってきた。文庫本は古いもののようで、カバーが擦れて色が薄くなっている部分があった。
「動物……農場?」
デスクの上に置かれた文庫本のタイトルをソフィアが読み上げた。著者名はジョージ・オーウェルと記載されている。大昔に書かれた作品のようで、ジェイとソフィアふたりとも内容を知らなかった。ソフィアがオフィスでこの本を読んでいるところを見かけたことはなかった。
ジェイがページをパラパラとめくってみると、ちょうど真ん中ぐらいのページの間に折り畳まれたメモ用紙が挟まっているのに気がついた。
「なんだろう?」
ソフィアに目配せしながらメモ用紙を広げてみる。メモ用紙の大きさは縦横15センチほどの正方形で中央にボールペンで走り書きのような文字が書いてあった。
『起動方法 ヴェロニカにあって私にないものは?』
「ミーシャの筆跡だと思うわ」
「おいおい、謎解きミステリーかよ!」
ジェイが肩をすくめて言った。
「一番上の引き出しに入ってたんだよね。多分、見つけて欲しかったんでしょうね」
「ヴェロニカにあって私にないもの?」
ふたりは首を傾げる。
「友達とか?」
「ジェイ、あなたミーシャのことぼっちだと思ってるの?」
ソフィアが苦笑いする。
「お金、じゃないな、脳天気さ、かな……いや、借金か?」
「怒られるわよ、ヴェロニカに」
ちょうどその時、オフィスの玄関ドアがガチャと勢いよく開いた。
「ただいまー」
旅行カバンを抱えたヴェロニカが明るい表情で入ってくる。デスクで難しい顔をしている二人を見つけて一瞬、動きを止めるが、ジェイ、ソフィアの順でハイタッチをした。
「やったね! ふふ、大成功だね! みんなのおかげよ」
そう言って喜びを分かち合ったところで、デスクの上の文庫本に気がついた。
「ミーシャの本……だよね?」
帰ってきたところで悪いんだがと言ってから、文庫本を見つけた経緯をジェイが説明した。ヴェロニカは、「動物農場」を読んだことはなかったが、ミーシャが読んでいるところを見かけたことはあった。それ面白いの? と言うヴェロニカの問いにミーシャは「面白いと言うのとはちょっと違う」でも「興味深い」
と答えた。
「起動方法は、私にあってミーシャにないもの……」
ミーシャが書いたメモである以上、ミーシャが自分でそう思っていることだろう。ならばあの言葉しかない。
「――優しさ」
ヴェロニカが四次元コードプレイヤーに向かってその言葉を発した直後、ブンという電子音が鳴りプレイヤーから光が照射された。拡散した光の粒子が再び収束して、細身の女性の姿を形成しつつあった。黒のニットとティアードスカートを身に付け少しうつむいて立っている。
「ミーシャ!」
ヴェロニカが思わず声を上げる。うつむいていた顔がゆっくりと上を向き、グリーンの瞳がヴェロニカをとらえた。だがその瞳には何の感情も表れていない。
「ヴェロニカ……父さんには会えたの?」
唐突な問いにヴェロニカは一瞬たじろぐ。
「ええ、会えたわ」
「そう」
聞きたいことは山ほどあったが、言葉が出てこない。代わりにソフィアが口を開いた。
「ミーシャ! どこにいるの? みんな心配してるのよ!」
ミーシャは再び床に視線を落とした。
「私にはやるべきことがある。救うべきものがある……」
ミーシャの口が人形のようにパクパクと動き、生気のない声が絞り出された。いつの間にかこの場からジェイがいなくなっていることにヴェロニカは気づいた。ミーシャの立体映像から居場所のヒントを探ろうとしたが、まさに目の前に立っているように見えるだけだ。
「スティーブさんは一緒にいるの?」
何とか会話を引き伸ばそうとしてヴェロニカは尋ねる。だが、その努力も虚しく再びブンと音がしてミーシャは消えた。しばらくして、デスクの影からひょっこりとジェイが顔を出す。
「メアリー! 分析は出来たか?」
ジェイが呼びかけると、メイド服姿のメアリーがちょうどミーシャが消えた場所に現れた。
「はい、ご主人様。映像が記録された日時は解りませんでした。ただ、この四次元コードが発出された場所は解りました」
「どこだ?」
「パルマ・デ・ラ・マノ諸島です」
その地名にヴェロニカは心当たりがあった。ここから空路で6時間ほどのリゾート地で、常夏のビーチとカジノが併設されたゴージャスなホテルで人気だ。だが、リゾート地であると同時に「タックスヘイブン」としても有名な場所だった。「タックスヘイブン」とは、日本語では「租税回避地」と呼ばれる地域で、法人税や所得税の税率が極めて低い国や地域を指す。英領バージン諸島、バミューダ、ケイマン諸島などが有名だ。
だが、ミーシャからパルマ・デ・ラ・マノ諸島の名を聞いたことはなかったはずだ。
「ミーシャのやるべきことって何だろう?」
ヴェロニカは独り言のように言った。
「こいつがミーシャの家にあって、ヴェロニカが思いつくことが出来る言葉がパスワードだったとなると、ヴェロニカに対する何らかのメッセージってことだろうな?」
机の上に置いてある「動物農場」の文庫本を手に取ってみる。ヴェロニカの記憶に、この本を手にミーシャが語った言葉がよみがえってきた。
「支配する側と支配される側、その違いは何だと思う?」
ミーシャのグリーンの瞳が挑戦的な光を帯びている。
「強いものと弱いものってこと?」
ヴェロニカは自信なさげに答える。
「人間は動物より強いかな? 熊や象やライオンよりも人間は強いかな?」
ミーシャの言う通り、人間よりも力の強い動物はいっぱいいる。なのに地球を支配しているのは人間だ。
「賢いものとそうでないもの?」
ミーシャは答えず、ヴェロニカの髪を掬い上げて匂いを嗅ぐような仕草をした。露出したヴェロニカの耳にミーシャの唇が触れる。めまいのような感覚。ミーシャの
「ヴェロニカ……支配されるってどう言うことか知りたい?」
「うん」
意志とは関係なく、ヴェロニカは言葉を発していた。そうだ自分はミーシャを必要としている。より相手を必要としている方が
文庫本をそっと机の上に置いた。ミーシャの言葉の意味を確かめなければならない。
「パルマ・デ・ラ・マノ諸島へ行くわ」
しっかりと前を見据えてヴェロニカは言った。
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