第29話
翌日、ゲブリュル&ゴーリェLLCのミーティングルームには、ヴェロニカ、カーン、ゴーリェと公安捜査官のリーコートンが集まっていた。リーは立ち上がり、この場に自分がいる理由を説明した
「昨日、我々は大失態を犯しました。貨物船『スマリンガーラント』にミーシャ・ヨハンソンが乗船していると言うガセ情報を信用し強制捜査を実施したにもかかわらず、ミーシャを発見することができず、貨物船の積荷からも密輸用の武器等は見つかりませんでした」
リーは背筋を伸ばし大きな目で正面を向いたまま、微動だにしない。
「さらには、ミーシャと誤認して無関係の人物に銃を向けてしまった。あの時、ゲブリュル上級捜査官から連絡がなければ、発砲した可能性もあります。このことに関してはゲブリュル上級捜査官に連絡するように助言くださったゴーリェさんに感謝を申し上げます」
なるほど、あの時リーに掛かってきた電話はゲブリュルからで、ゴーリェの仕業だったのか。「もう少し待つんだ」と言ったゴーリェの真意がやっとわかった。
「しかしながら、ゴーリェさんとヴェロニカさんは、第二埠頭へ来た理由で私にウソをついていた。このことは捜査を妨害したと言われかねない行為です」
「それは……」
反論しようとしたヴェロニカを手で制し、リーは話を続ける。
「今回、公安の上層部はあなた方を告発するよりは、あなた方と協力する方がミーシャ確保のために有益であると判断しました。よって、我々も持っている情報を提供しますので、あなた方も我々の捜査に協力して頂きたい」
「ひとつ条件がある」
ゴーリェが言った。
「ミーシャに危害は加えないで欲しい」
静かだが有無を言わせないような強い調子だった。リーは少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「確約はできません。相手がこちらを攻撃してきたらもちろん反撃しますし、手荒な方法も取る場合があるかもしれません。ですが……なるべく無傷で確保するよう最善は尽くします」
何か思うところがあったのだろう。
「ゲブリュル教官からもその様に教わりました」
と付け加えた。
4人はそれぞれ、今持っている情報を報告することになった。最初はリー捜査官から報告があった。冒頭にも話のあった貨物船の乗務員については、スティーブ以外はすべてアンドロイドであり、人間はスティーブだけだった。パーカーで身を隠しみんながミーシャと誤認した受付嬢サリーは心の病気と診断されており、貨物船からの下船当時は放心状態であった。もちろん船内からミーシャは発見されず、密輸されるとの情報だった兵器も積んでいなかったのは冒頭の報告通りだ。なお
次に、四次元コードで再生されたミーシャ本人の画像データについてだが、再度、公安が取得した個人識別データを確認したが、ミーシャ・ヨハンソンとして登録されたもので間違いなかった。一方、スティーブの言った通り、ルミ・ヤマグチは1年前病院で死亡したことが確認された。ルミ・ヤマグチの人物画像データはどんなに捜しても発見出来なかった。
「そうだ、会社のウェブサイトに
カーンが思い付いたようにヴェロニカに言った。ヴェロニカは急いで自分の情報端末を操作した。――画像はなかった。ニッコリと微笑むヴェロニカの画像の隣にあったはずなのだが、今は空白になっている。
「待って、プライベート画像が残ってるかも!」
再度、端末のプライベート画像フォルダをスクロールして探す。たしかにミーシャを撮った写真は何枚もあった。だが……
「顔が写ってないわ、ミーシャ写真嫌いだったから」
ミーシャは昔から写真に撮られることをいやがっていた。遠景、後ろ姿、からだの一部、どれもこれも肝心の顔が写ってない。唯一、顔を至近距離で撮った写真が1枚だけあったが、ミーシャが顔をを覆い隠そうとした右手のひらでほとんど隠れてしまっている。髪の毛や耳は見えるが、人物を特定できそうにもない。カーン、ソフィア、ジェイもミーシャの画像を持っていなかった。
「俺は1か月前、ミーシャに会ったんだが写真は持ってない」
ゴーリェも残念そうに言った。
その時、ヴェロニカは重要なことを忘れていることに気づいた。
「あっ、四次元コードプレイヤーがあります!」
ミーシャ家の地下で見つかった四次元コードプレイヤー、ルミの「優しさ」と言うパスワードでミーシャの画像が再生された。その画像は自律型A .Iメアリーの解析でパルマ・デ・ラ・マノ諸島から発出されたことがわかった。だからこそヴェロニカたちはこの島にやって来たのだ。そのことをヴェロニカはリーに説明した。
「その四次元コードプレイヤーはどこにあります?」
「ここにはありません。日本にある私の会社のオフィスにあります」
「では、日本に戻ったら映像を確認して、よかったら提供して頂いてよろしいですか?」
ここにないのなら仕方がない。もどかしい思いだった。
「情報を整理しましょう。公式に記録されているミーシャ・ヨハンソンの容姿は、あなた達そしてスティーブにとっては故人であるルミ・ヤマグチの容姿と一致していると言うことですね。そしてその死んだはずのルミ・ヤマグチと昨日まで一緒に行動していたとおっしゃる」
リーが言う通りミーシャの画像が出てこない限り、ミーシャとルミは同じ容姿をしていると言うことになる。そして客観的に見れば私たちはミーシャと一緒に行動していたことになる。なぜなら、ルミはもうこの世に存在しないのだから。
「次はヴェロニカさんにしましょう。あなたがルミ・ヤマグチと呼んでいる少女との出会いから現在までどのようなことがあったのか、教えて頂けますか?」
ヴェロニカは記憶をたどりながら、ルミとの出会い、父親スティーブの誘拐、サイバードルNow社にアルバイトとして雇った経緯、ミーシャの家での出来事、グランドパルマ島に来たこと、アビスモ居住区南口を見張るように指示したことを順を追って説明した。
リーは時折、仮想ホワイトボードに要点をまとめて記入していく。無駄なく事実がまとめられているのを見てヴェロニカは感心した。
「次はゴーリェさん。1ヶ月前、ミーシャに会った時のことを教えてください」
ゴーリェは、ミーシャからアビスモ居住区の住民登録権を闇ルートで買いたいと相談され、断った経緯を説明した。
「では、最後にカーンさん。昨日、ルミがアビスモ居住区へ入ることになった経緯を説明してください」
カーンは、逃走したルミを追跡したが謎のバイクが突然現れ、ルミを乗せてアビスモ居住区へ入っていったことを話した。淡々と事実を語るカーンの様子がかえって痛々しいものに思えた。
3人の話を聞き終えたリーは文字でいっぱいになった仮想ホワイトボードを、腰に手を当てたポーズで眺めている。黒のパンツスーツが長い手足をより際立たせており、まるでファッションモデルの様だった。
「みなさん、ありがとうございました」
リーの後ろ姿に見とれていたヴェロニカは、くるりと振り返ったリーがいきなり話し始めたのでドキリとした。
「では、私から、我々公安がつかんでいる情報をお伝えしましょう。かなり機密度が高い情報なので、くれぐれも他言無用でお願いします」
ヴェロニカたち3人がうなずくのを見てからリーは話を続けた。
「ミーシャ・ヨハンソンは、A.Iによる独立国家樹立を目指す組織のリーダーであると、我々は認識しています」
独立国家ですって? 想定外の言葉にヴェロニカは耳を疑った。
「ご存じの通り、A.Iと人類の紛争はアビスモ居住区を設置し、A.I側に限定的な自治権を与えることによりようやく終結しました。ところがミーシャはA.Iによる、より巨大な支配地域をつくり、人類と対等に渡り合える『国家』とすることを考えている様です」
誰ともなく息を呑む声が聞こえた。リーの声は力強さを増していく。
「もし、A.Iによる『国家』が成立すればA.Iと人類との争いはもはや「紛争」ではなく「戦争」となるでしょう。そんな事態は断じて許すことができない。ミーシャによる独立国家樹立の阻止、それが我々のミッションなのです」
支配するものと支配されるもの、ミーシャはA.Iと人類との間でなんとか保たれていた均衡の破壊者になりたいのだろうか? そんなことのためにヴェロニカとの約束を破るのか? ずっとそばにいると誓ったあの日約束を…… 。
ミーティングルームは重苦しい沈黙で包まれていた。
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