第22話
ヴェロニカの脳裏にはA.Iテック社との取引で調達した500万サイバードルのことが浮かんでいた。ルミとカーンも同じ思いだろう。単なる偶然の一致ということもありうる。500万という切りのいい数字ならなおさらだ。複雑な思いを抱きながら資料を見ていたヴェロニカの目が表の最後の行に釘付けとなった。
*月*日
と記載されている。
「ルミ! あなたが誘拐犯にサイバードルを送金したのはいつ?」
「*月*日です!」
サイバードルNow社が調達した500万サイバードルは、A.Iテック社のアカウントから誘拐犯が指定したアドレスへ送金された。この表ではA.Iテック社が住民登録権を購入したことになっている。いやおそらく送金元の口座名をそのまま記載しているのだろう。 誘拐犯は自分達の口座を経由することなく、住民登録権を闇ルートで購入するための口座へ支払いを行ったのではないか?
誘拐犯がミーシャだとすれば、A.Iテック社との取引でサイバードルNow社がサイバードル500万ドルを調達することを知って、自分が住民登録権を購入するのに利用したのだろうか?
「ルミが送金した身代金がそのまま、ミーシャの住民登録権購入に使われたとして、どれくらいで住民登録されるんだ?」
カーンがゴーリェへ聞いた。
「そうだね、最短で2日、遅くても1週間以内には登録されると思う」
「ずいぶん早いのね。正規ルートと違って」
「これは噂なんだが、自治政府は何らかの理由で資金を集めているらしい。なので顧客を呼び寄せるため登録を早めているって話だ」
「ならミーシャがすでに住民登録された可能性もあるな」
「ミーシャさんは、どうしてアビスモ居住区に住みたいんでしょうか?」
ルミの問いに一同は沈黙した。ゴーリェが言ったように人間であるミーシャが居住区に住むのは、処刑される可能性のある危険な行為だ。それとも自分で住むと言ったのは嘘で、他の誰かのために住民登録権を手に入れたかったのか?
「ミーシャの考えについては、今ここで議論しても答えは出ないと思う。まずはミーシャと、スティーブの居場所を見つけないとね」
ヴェロニカの言葉に、ルミとカーンがうなづいた。
「バル、アビスモ居住区には、私達も入れるのかしら?」
「それは難しいね。住民以外が居住区に入るには許可証がいる。許可証は自分が国籍を取得している国の大使館に発行してもらわないといけない。かなり厳格に審査されると聞いているので、入れるとしても時間と手間がかかるだろうね」
「だとすれば、ミーシャがアビスモ居住区に入る前に見つけないと。居住区に入られたらお手上げだわ」
ミーシャの家にあった四次元コードプレイヤー。再生された立体映像の発信元はパルマ・デ・ラ・マノ諸島だった。今、ヴェロニカ達がいるグランドパルマ島以外にもいくつかの島で構成されているが、アビスモ居住区に入るのが目的ならば、グランドパルマ島にいると考えるのが自然だ。ただ、南北205kmの大きな島をくまなく探すのは無理がある。首都センテリェオだけでも数万の人間がいるのだ。
「街中を堂々と歩いている訳ないだろうな」
カーンの言う通り、住民登録が完了するまで何処かで身を隠している可能性が高い。それは一体どこなのか? ミーシャは私がミーシャを追って、この島まで来ることを想定しているのだろうか?
「アビスモ居住区への入り口は何箇所あるんですか?」
「居住区の南北に2ヶ所だね」
ルミの質問にゴーリェはデバイスで地図を確認してから簡潔に答えた。
「入り口近くで見張っていてミーシャがやって来るのを待つってこと?」
ヴェロニカはルミの考えていることを先回りしたように言った。確かにミーシャは南北いずれかの入り口にやってくるのだから一見良い方法のように思える。だが、ゴーリェは首を振って言った。
「ミーシャが徒歩でゲートに入って行くならあるいは、見つけられるかもしれない。だが、徒歩でゲートを出入りする人間やアンドロイドはほとんどいない。危険だからね。ほとんどが自動運転の自家用車、タクシー、トラックでの出入りだ。住人以外にも様々な業者が出入りしている。アンドロイドも生活するのにいろんな物資がいるからね」
「そう……ですよね」
ルミは残念そうにつぶやいた。狭い出口から歩いて出入りする駅の改札や空港のゲートなら見つけられるのだろうが、検問のように車を一台づつ停めるわけにはいかない。
しばらく沈黙の時間が続いた。議論が進まない状況を感じたのだろう、全員に呼び掛けるようにゴーリェが口を開いた。
「実はヴェロニカからは、十分過ぎるほどの調査費用を受け取ってるんだ。だから、ミーシャの居場所は全力で探させてもらう。君たちがいますぐできることは限られているだろう? ここはいったんホテルへ帰ってゆっくりしたらどうだい」
確かにここでこれ以上議論してもラチがあかない。かといって闇雲に街を探し回るのも効率が悪い。
「わかったわ、そうする。なにかわかったら連絡くれるかな?」
「ああ、了解した」
ゴーリェのオフィスを出たヴェロニカたちは、自動運転タクシーに乗りホテルへ向かう。道すがらミーシャに似た人がいないか窓の外を眺めていたが、もちろん見つかるはずもない。
「ゴーリェさん、すごく爽やかな好青年でしたね。なんだかヴェロニカさんとお似合いって感じだと思ったんですけど、ゲブリュルさんがいるしなー」
ルミは本気で残念がっているようだった。
「あのね、ルミ。ゴーリェはゲブリュルひとすじなんだから、それに彼は私のタイプじゃないの!」
「へー、じゃあどんな人がタイプなんですか?」
「案外、ジェイみたいな変人が好きなのかもな、ははっ」
カーンまで、ルミの悪ふざけに加勢してきた。
「カーン、いい加減にして!」
ヴェロニカに言い寄ってきた男は少なくなかった。自分みたいに可愛らしくない女のどこが良いのか?さっぱり理解できない。そう言えば、同級生のかっこいいと評判の男子から告白された時、ミーシャに相談したんだっけ。
「どうして私に相談するの?」
ミーシャは不思議そうな表情をした。確かにこんなことをミーシャに相談するのはおかしいような気がする。でも、ミーシャの反応を確かめたい、感情のわずかな揺らぎも見逃したくない、そんな欲望に抵抗できなかった。
「悪い子ね」
小さい子供を諭すように優しい口調だった。
「ヴェロニカ、あなたはとても魅力的なんだよ。本当は自分でも気づいてるんでしょう?」
「全然そんなことないよ。ミーシャの方がずっとずっと綺麗で――」
唇に重なり合う感触があり、言葉はそこで途切れた。試されていたのは私の方だったんだ。ふわふわと浮遊するような幸福感に包まれながら私は悟った。結局、その男子とは付き合うことはなかった。
「あーっ、またヴェロニカさんが遠い目をしてるー」
ルミがほっぺを膨らませてみせると、カーンも、どれどれと後ろを振り向き笑った。
ホテルへ戻ると、夕食の時間までそれぞれ自由に過ごすことになった。人気のリゾートホテルだけあって部屋は清潔で広々としている。海側の大きな窓からエメラルドグリーンの海や砂浜が見下ろせる最高のロケーションだ。ミーシャもこの景色を見ているのだろうか? ヴェロニカは、バタンとベットに倒れ込み目を閉じる。心地よい風が窓から吹き込んで、すーっと力が抜けてゆくのを感じた。
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