第23話

 ヴェロニカは、手首に伝わってくる規則的な振動で目を覚ました。ウェラブル端末への着信だ。寝ぼけまなこで表示をみると、ジェイからだった。


「ヴェロニカ、今いいか?」


「ええ、大丈夫だよ」


「ミーシャからの四次元コードをメアリーに調べてもらってたんだが、コードの位置情報配列に一定間隔の揺らぎがあることがわかったんだ」


「揺らぎ?」


 ジェイの説明によるとミーシャの立体映像は画像データ以外にミーシャの肉体を構成する分子の位置データ、声や話し方の癖など膨大なデータで構成されているとのことだ。ただしそれらの個人情報は非常に高度な暗号化技術で読み取られないように加工されている。


 メアリーは、そのデータのごく一部ではあるが解析に成功したと言う。


「映像を取り込んだときにミーシャが立っていた場所の位置データが微妙に変化していることを、『揺らぎ』と表現するらしい」


「つまり地面が動いていたと言うことかしら?」


 歩いている途中だったのか、何か乗り物に乗っていたのか、さすがに、ぴょんぴょんと飛び跳ねていたわけではないだろう。


「そういう直線的な動きではないね。1番近いのは――」


「――波だ」


「波って海の波?」


「そうだ、海上に発生する波の波形に極めて近い」


 海で泳ぎながら四次元コードを取得するとは思えない。


「船に乗っていたのね!」


「多分そう。ミーシャも俺をおいてバカンスってわけだ」


 お土産の件なんだけど、と言いかけたジェイに「ごめん、また連絡する」と言って通話を切る。端末からゴーリェに向けて電話をかけると、ゴーリェはすぐに電話にでた。


「ちょうど君に連絡しようとしてたところなんだ。公安がミーシャを追っているらしい。理由は不明なんだが、この島に来る可能性がある。もう一つ、過去1週間分のライオ・デ・ソル空港に到着した航空機の顧客リストにミーシャ・ヨハンソンの名前はなかった」


 ゴーリェの話を聞き終えると、ヴェロニカは、四次元コードの揺らぎについて説明した。


「なるほど、船か。それなら航空機の顧客リストに名前がなかったことの説明がつくね」


「調べられそう?」


船舶自動識別装置AISのデータをあたってみるよ」


「ありがとう、バル」


 電話を切った後時刻を確認すると18時15分だった。19時に集合してホテルのレストランで夕食を取ることになっている。自分が寝ている間にジェイやゴーリェが仕事をしてくれた。ヴェロニカは少し恥ずかしい気持ちになった。だが今は任せるしかない、自分にできることをやろう。


 まず情報を整理してみよう。ゴーリェからの報告によるとグランドパルマ島への航空便搭乗者名簿にミーシャの名前はなかった。偽名での渡航はまず無理だ、仮に搭乗できたとしてもこの島に入国できない。もう一つは公安組織がミーシャを追っているとの情報だ。ヴェロニカは公安組織についてあまり詳しくないが、大好きなアニメで、公安組織に所属する全身義体化した女性主人公が、個性豊かな男性部下を率いて活躍する話に憧れていたので何となくそんなイメージで理解していた。


 いずれにしろ、ミーシャが政府組織から危険視されていると言うことなのだろう。ミーシャの自宅地下室にあった武器やA.I兵器となったマックスが見つかったのかもしれない。次にジェイからの情報で四次元コードの分析からコード作成の時点でミーシャが船に乗っていた可能性が高いこと。ゴーリェの情報と合わせて考えると、ミーシャは航空機ではなく船でこの島にやって来たと思われる。だが船の特定は、ゴーリェに任せるしかない。


 カバンから情報端末を取り出して、ジェイ宛にメールを書いた。今わかっている情報を伝えるためだが、メールの最後に「お土産何がいい? この島の民芸品のお面とかどう?」と付け加えた。19時になり、ヴェロニカは、ルミ、カーンと一緒にホテルのレストランに向かった。高級フレンチの店もあったが、観光で来たわけではないので地元料理のチェーン店へ行くことにした。それぞれの席が独立した屋根付きのコテージになっており他の客に話を聞かれる心配もなさそうだ。


 パリパリとした皮付きのポークグリル、魚介と野菜のココナッツスープ、エビのチリソース炒めが運ばれて来て、食べながらミーティングを行うことにした。まず、ヴェロニカがジェイとゴーリェから入手した情報を2人に伝えた。


「そうか、船とは思わなかったな」


 カーンがポークグリルを口に運びながら言った。


「まだ、そうだと確定したわけではないけどね」


「俺もこの島にある退役軍人ネットワークで情報を集めてみたんだが、海軍の輸送船が銃火器や装備品を陸揚げしているらしい。なんかきな臭いぜ」


「そう言えばバルが、島の自治政府が資金を集めてるって言ってたわね。関係あるのかしら?」


 2人の話にうなずいているルミだったが、心無しか浮かない表情をしているように見える。


「どうした? ルミ。ココナッツ苦手だったか?」


 カーンがポークを口に運ぶ手を止めて尋ねた。


「……それが、少し前から会社のネットワークにログインできないんです。もしかしたらサイバードルの送金がバレたのかも知れません」


「『理事会』はそのことについて何か言ってるの?」

 

「いいえ、何も……」


 もしルミが罪に問われる可能性があるなら、ヴェロニカも覚悟を決めないといけない。身代金の送金は自分の独断でやったことにしよう。仮にCEOを辞めることになっても、ソフィアなら後を任せても大丈夫だろう。ヴェロニカは、カーンに視線で合図を送った。どうやらカーンには伝わったようで、うんうんとうなずき返してきた。


「ねえ、ルミ。もし、あなたが望むのであればだけど、日本に帰ったら、正社員としてうちで働くことも考えておいてもらえる?」


 えっ、とルミが視線を上げてヴェロニカを見る。


「次は俺とルミが留守番しないと、ソフィアとジェイが可哀想だからな」


「ルミはもう私たちチームの一員なんだよ」

 

「ヴェロニカさん、カーンさん。本当に、本当に……ありがとう」


 ルミが顔をクシャクシャにして笑顔を作った。


「実は、ココナッツ大好きなんです」


「そうか、食べろ食べろいっぱい食べろ!」


 カーンがルミのお皿にスープをどさどさそそぎ、ルミはそれを口に急いで運んだ。その後、デザートのハロハロ(アイスクリーム、ゼリー、甘く煮た豆、芋、ナタデココ、プリンなどを混ぜこぜにしたスイーツ)まで平らげてからホテルへ戻った。ゴーリェの連絡があるまでそれぞれの部屋で待つことになった。


 翌日の朝、ヴェロニカが身支度を整えていると、2つの知らせがもたらされた。ひとつは、ゴーリェからで船籍不明の貨物船が島の北部にあるブエン・ティエンポ港沖に停泊しており、今日の夜入港する予定というものだった。もうひとつはルミからで、誘拐犯からスティーブの解放場所と時間を知らせるメールが送られてきたというものだった。解放場所は、ブエン・ティエンポ港第2埠頭、時間は午後8時と記載されてあった。バラバラだった点と点が――ついにつながった。


 ミーシャとの再会が現実味を帯びてきた。でも……どんな顔をしてミーシャと会えばいいんだろう? なんと声をかければいいんだろう? いや――そんなことはどうでもいい、ミーシャが何を考えているのか直接聞きたい。話がしたい。ヴェロニカは自分の胸に熱いものが込み上がってくるのを感じた。


 

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