第24話

 ヴェロニカ達3人は、再び「ゲブリュル&ゴーリェLLC」のオフィスへ行くことになった。今夜、ブエン・ティエンポ港に入港する貨物船への対応を相談するのが目的だ。オフィスに到着した3人は挨拶もそこそこにミーティングルームに入った。


「不審船は、港の沖合10キロメートルに停泊中だ。これを見てくれ」


 ゴーリェが端末を操作して空間に写真を表示した。波間に浮かぶ船をかなり上空から撮影したもので少しぼんやりしている。


「これは3日前に撮影された衛星写真だ。グランドパルマ島へ向かって航行中と思われる」


「どんな船なの?」


船舶自動識別装置AISを切っているので、船籍や船の種別、目的地は不明だ。だが、衛星写真から推測する船の形状からすると、おそらく貨物船だね」


 ヴェロニカの問いにゴーリェは衛星写真を拡大しながら答えた。


「5日前、シンガポール港を出港したスペイン船籍の貨物船『スマリンガーラント』について現在地が補足できなくなったとアジア担当公安警察に報告があったそうだ。ゲブリュルの情報によると、『スマリンガーラント』は密輸用の兵器を搭載している可能性があり、公安が行方を追っていたとのことだ」


「この写真の船がそうだということ?」


 ヴェロニカが写真の船影を指差す。


「船の形状は非常によく似ているし、他に現在地が不明の船舶がないので公安では同一の船だと見ているようだね」


「その船にミーシャは乗っているのかしら?」


「どうだろうね? 昨日も言った通りミーシャは公安の要注意リスト入りしていることは間違いない。だがこの船に乗っているという確証はないんじゃないかな。この辺の情報については公安から入手できていないんだ」


「スティーブの誘拐事件について、公安は知っているのか?」


 カーンが口を挟む。


「いや、その件について公安が動いているという情報はないね。あくまで公安の興味は、ミーシャの動向とこの船の積荷にあるようだ」


 ここでゴーリェはヴェロニカの方を向く。意見を求めるつもりだろう。


「ヴェロニカ、君はどうする? 君がブエン・ティエンポ港へ行くというのなら俺も行くつもりだ。解放されるスティーブ・ヤマグチ氏を我々で保護した上で、ミーシャとの接触を図ることになるだろう」


「もちろん、行くわ。第一優先はスティーブの救出よ。そしてミーシャにも会いたい」


「――ひとついいですか?」


 ルミが小さく手を上げた。何か意見があるのだろう。


「この貨物船ですが、あまりにも情報が集まりすぎじゃないですか? 犯人の陽動作戦という可能性はありませんか?」


 確かに話がうまく進み過ぎている気がする、とヴェロニカは思った。ミーシャは既にこの島に上陸しており、公安や私たちの目を貨物船に引き付けるため、意図的に情報を漏らしている可能性も排除できない。


「そうね、ふた手に別れましょう。私とゴーリェがブエン・ティエンポ港へ行き貨物船を待ち受ける。カーンとルミはアビスモ居住区の南側入口付近で待機して様子を見る。これでどうかしら?」


「ヴェロニカは2人で大丈夫なのか?」


 カーンが言った。元軍人の自分がいなくて平気か、という意味だろう。


「大丈夫だよ。これからバルと十分対策を考えるわ。カーンはルミと一緒にいてあげて。ルミもお父さんと会えるのが遅くなってしまうけど待っててもらえる?」


 ルミは一瞬何か言いかけたが、「わかりました」と答えた。時刻は午後3時になっていた。ブエン・ティエンポ港までの距離はここから北に約80km、車で1時間半かかる。ヴェロニカとゴーリェは会社の車で港へ向かい出発した。カーンとルミは商業地区でレンタカーを借りてアビスモ居住区へ向かった。


 ゴーリェの会社の車は危険を伴う仕事に対応して特別仕様になっており小銃などの襲撃や小型爆弾の衝撃にも耐えられるようになっているそうだ。ゴーリェは一応運転席に座ってはいるが運転はA.Iに任せている。首都センテリェオは島の東海岸側にあり、島の北端に位置するブエン・ティエンポ港までは途中、トンネルの多い山中の道と海岸沿いの景色の良い道をそれぞれ通るようだ。さっきから車は長いトンネルへ入っていた。


「よかったのか? ルミを連れて来ないで」


 ゴーリェがポツリと言った。しばらく考えていたヴェロニカはスゥーッと息を吸い込んだ。


「実はね……ルミを連れて来なかったのは、陽動作戦を警戒してだけじゃないの」


 うん、とゴーリェは短く返事をした。


「私は、スティーブは誘拐されたんじゃないと考えてる。スティーブは自らの意志でミーシャと行動を共にしているじゃないかと……」


「誘拐は狂言だっていうこと?」


「そうだね。でも明確な証拠があるわけじゃないんだ。ただ違和感を感じることがあって。ミーシャの家で私が縛られたスティーブを見つけた話はしたわね。ミーシャの家に私が到着した時、ミーシャの赤い車が庭の駐車場に停まっていたの。ミーシャは車庫入れが苦手だからって自分で運転することはなかったわ。だからミーシャの車に乗って彼女の家に何度も行ったのだけど、全部、自動運転A.Iが駐車までしてた」


 ゴーリェは黙って話を聞いている。車はトンネルを一旦出たが再び次のトンネルに入ったところだ。


「庭の駐車場と道路の間に歩道があってね、結構歩行者が歩いてるの。だから頭から突っ込んで駐車するとバックして歩道に出て行くことになって危ないし歩行者の邪魔になる。だからA.Iは必ずバックで駐車する。一回も例外はなかったわ。でもその日は頭から突っ込んで止めてあった。今考えれば止め方も斜めでずれていたと思う」


「A.Iが運転したんじゃなく、ミーシャ本人が運転して止めたってことか?」


「そう、仮にミーシャ単独の犯行だったすると、ひとりでスティーブを拉致して自由を奪った上に自分の車に乗せ見張りながら運転するなんてできるはずない。逆に複数犯だったとするとスティーブが消息を立った昼間、拉致して目立つ住宅街にあるミーシャの家まで行き、複数人で固まって家の玄関まで移動する必要があったはずよ。共犯者がいるなら、わざわざ住宅街で目撃される可能性の高いミーシャの家まで連れて行くリスクなんて取らないはずだわ」


「確かにどちらも難しそうだな。だが、ミーシャは誘拐の実行犯じゃなくて共犯者がスティーブを拉致したとは考えられないか? 共犯者は別の車にスティーブを乗せてミーシャの家まで運び、スティーブをミーシャに引き渡すと自分の車で立ち去った、という可能性もあるんじゃないか?」


「その場合、普段停まってない見慣れない車が駐車場へ停まり、住民以外の人間がスティーブを玄関まで連れて行ったことになるわ。これはかなり目立つでしょうしリスクが高い行為だといえるわね。それからミーシャの家の駐車場は舗装されてない柔らかい土なの。

 確認しにいったんだけど、車のわだちは一台分しかなかったわ。あと、この説だとミーシャが自分で車を運転した理由が説明できない。最後に共犯者がミーシャの車を借りてスティーブを拉致した可能性だけど、知っての通り犯罪防止の観点から自動運転じゃなくて自分で運転する時、運転できるのは登録した保有者だけに制限されている。他人だと車が起動しないからね」


「うん、わかった。いろいろ可能性を考えればまだありそうだが、ひとまず筋は通ってるな。それでヴェロニカが考えるシナリオはどんなものなの?」


「ありがとう、バル。私がもうひとつ引っかかってたのが、A.Iテック社で発動されたコード0095なの」


 最後のトンネルを抜けると、遠くに海岸線と青い海が見えてきた。

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