第7話
扉が開く音がした後、何も聞こえなくなる。ヴェロニカとルミはスピーカーから聞こえてくる音に耳を
しばらくの間、沈黙の時間が続いた。
「ヴェロニカ、聞こえるか?」
「ええ、聞こえるわ」
「どうやらミーシャには別の顔があったようだ。説明するより見た方が早いだろう。ここまで来れるか?」
「わかった! 今行くわ」
「暗いから、気をつけろよ」
ヴェロニカとルミは、はしごを降り通路を進む。明かりと扉が見え入り口にカーンが立っている。
「こっちだ!」
カーンの招きに応じて部屋の中に入った。そこは幅5メートル、奥行きが10メートルほどの空間だった。天井が照明になっており、かなり明るい。だが、何よりも目を引くのは壁面に設置されてある沢山の武器だ。
「何なのこれは?」
「ここにある武器は軍が使用している正式なシロモノだ。すぐに使える状態になっている」
部屋の中央部には巨大な楕円形のデスクが設置してある。
「
おそらくカーンは以前の職場でたびたび目にしたことがあったのだろう。その言葉には
「これは何かしら?」
金属を指差しながらヴェロニカが言った。カーンは首を横に振る。
「それは、四次元コードプレイヤーです。民間のものではありません。軍事用だと思います」
ルミは金属に近づいて調べ始めた。
「シリアルナンバーがありません。製造元がハッキリしませんが、当社が開発中のものに良く似ています」
「四次元コードって立体映像なんだろ」
「はい、立体映像は膨大なデータのかたまりです。その中から必要なデータを読み取るのがプレイヤーです。こんな小型のものはまだ開発中のはずですが」
「何かデータは残っていないかしら? ルミ」
「スイッチやディスプレイなど外部から操作するデバイスがありません。どうやって再生の命令を与えればいいのかわかりません」
ルミは困った表情になった。
「カオスかクロノスがいれば解析できるのですが……」
「会社に持って帰ってジェイに解析してもらいましょう」
ヴェロニカはプレイヤーをカバンに入れた。
ガチャン、ガチャン
機械音が遠くで聞こえた。
「何だ?」
3人は顔を見合わせる。カーンは壁面から自動小銃を手にとる。音は部屋の入り口の奥、つまり、みんなが通ってきた通路から聞こえてくる。
「下がってるんだ!」
入り口へ向き直ったカーンがヴェロニカとルミに声をかけた。規則的な機械音は次第に近づいてくる。カーンが急いで扉を閉めた瞬間、パララララと細かい破裂するような音がした。木製の扉に何かがぶつかり激しい音が響いた。
「銃声?」
「近い音だ。だが、扉にぶつかる音が軽い。金属の弾丸ではないな」
ヴェロニカの問いにカーンは即座に答える。しばらく無音の時間が続いたと思ったその時
ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャと飛び跳ねるような金属音。次の瞬間、すさまじい勢いで何かが扉にぶつかった。
ドーンという大きな音が部屋中に響き渡ると同時に扉の中央部が裂け、金属の塊が顔をのぞかせた。塊は小型動物の頭部を模して作られた部品で構成されているのがわかった。ガガッと乱暴に扉から頭部が引き抜かれる。
ガシャ、ガシャと後退していく音。
「2人とも手伝ってくれ!」
カーンはブリーフィングデスクを入り口側に押し倒そうとデスクの端を押しながら叫んだ。3人は全力でデスクを押す。ドーンという音とともにデスクは横転する。
「デスクの影に隠れるんだ! くるぞ!」
ヴェロニカとルミが寄り添って身を隠すのを確認してから、カーンはデスクの端を台座にして自動小銃を構える。先程と同じ飛び跳ねるような金属音が急速に接近してくる。
ズガーン! 扉の中央部が砕け散り、部屋中に激突音が反響した
「キャー」
ヴェロニカとルミは思わず悲鳴をあげてしまった。舞い上がる破片とホコリの中から四本足をもつ金属製の物体が姿を現した。
パン、パン
カーンが四本足に向かって自動小銃を発砲した。銃弾は跳ね返され天井と壁に跳弾となって壁に突き刺さった。
「ちくしょー、効いてねー! 弾が跳ね返ってこっちも危ない」
四本足の物体の頭部に銃弾の痕がついたものの、大したダメージはなさそうだ。物体は金属のパーツが複雑に組み合わされているが、動物の形、そうまるで犬のようだ。頭部の中央に目のようなカメラがあり、背中には戦車の砲塔のような部品が搭載されている。
ウィーンとモーター音がして砲身が天井方向を向いた。
「いかん!」
ぼう然としている女子2人にカーンが覆いかぶさるように身をかがめた。
パラララララと発射音がして、ロボット犬が天井に向けて発砲する。
「頭を守れ!」
天井に当たった銃弾は、食い込むことなく高速で跳ね返る。床、壁、天井とあらゆる方向に跳ね返っていき、デタラメな動きで部屋中を飛び回る。ピュン、ピュンと耳元で風を切る音が聞こえ、ヴェロニカは恐怖を覚えた。
ベチベチとカーンの体に弾が当たる音がした。
「ぐっ」
カーンが声を
「カーン! 怪我してない? 見せて!」
「大丈夫だ。これは殺傷力のある銃弾じゃあない。狭い場所にいる敵の動きを封じる鎮圧用の弾だ」
カーンは床に落ちている弾をひとつ拾って2人に見せてくれた。弾はゴムのような素材でできていてちょうど小さなゴルフボールのようだった。
「ボディアーマーを着てくるんだったな、うかつだった」
弾が当たったカーンの腕が内出血で変色しているのが見えた。
「ごめんね、ごめんね、カーン」
「カーンさん、痛い?」
「バカ言え、これくらい何でもねえよ」
心配そうな2人にニッと笑うカーン。幸いロボット犬は次の銃弾を発射することなく壁づたいにゆっくりと進んでいる。どうやら巻き上がったホコリで3人の居場所を見失ったようだ。
「こうなったら、いちかばちかヤツの横をすり抜けて逃げるしかねーな。俺がおとりになるから2人で逃げるんだ」
「ダメよ、カーン。3人で逃ましょう」
ヴェロニカの言葉が終わる前に、カーンは盾になっているデスクの端から飛び出した。真っ直ぐロボット犬へ向かって突っ込んでいく。キュキュイーンとロボット犬の頭部カメラが反応し、遅れて背中の砲塔が旋回する。だが、その動きより早くカーンはロボット犬の足元に滑り込んだ。ゴム弾を発射する砲身は足元が死角になっているため、厄介な球を打ち出すことができず、ロボット犬はぎこちない動きになっている。
「今だ! 入り口へ走るんだ」
一瞬、ためらったヴェロニカだったが、ルミの手を引っ張って走り出した。カーンが命懸けで作ってくれたチャンスを無駄にしたくないと思ったからだ。カーンは、ロボット犬の後ろ足の一本にしがみ付いた。ロボット犬は実際の犬よりはかなり大きく、ちょうど馬にしがみついているような感じになっていた。
必死に走り、ヴェロニカとルミは部屋の入り口に続く通路まで逃げることが出来た。
「ルミ、あなたは先に逃げなさい!」
「ヴェロニカさんは?」
「私は、あいつの注意を引きつけて、カーンから引き離してみるわ」
そう言うとヴェロニカは、足元に落ちていた扉の破片をひとつ拾い上げ再び部屋へ戻っていった。ちょうどその時、暴れるロボット犬から振り払われたカーンが宙を舞い、数メートル先まで飛ばされていった。カーンはダメージがあったのか立ち上がれない。
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