第20話
パルマ・デ・ラ・マノ諸島への渡航準備には、3日間を要した。パルマ・デ・ラ・マノ諸島はA.Iによる自治特区に指定されており、行政がA.I単独で行われている。そのためA.Iの人間社会での地位向上に反対する勢力のテロ行為を警戒してなかなか渡航許可が下りないのだった。
うれしいニュースもあった、カーンが退院して仕事に復帰したのだ。
「心配かけたな。もう大丈夫だ。サイバードル調達もうまく行ってよかったな!」
「天才ジェイ様がいるんだ、失敗はないぜ」
「ご自慢の売買システムが乗っ取られて、ピンチだったけどね」
ソフィアがあきれたように言った。ジェイが決まり悪そうな様子で肩をすくめたが、カーンがその肩を
「ルミは大丈夫かしら?」
唯一この場にいないルミのことが気になったのだろう、ソフィアがポツリと言った。ヴェロニカはサイバードルNow社にあるA.Iテック社のアカウントを確認した。残高がゼロになっている、送金に成功したのだ。しばらくして、ヴェロニカあてにルミから連絡があった。
「ヴェロニカさん、誘拐犯の指定アドレスに送金出来ました」
「『理事会』には、何か言われなかった?」
「わかりません。でも妨害はされませんでした」
ヴェロニカは、四次元コードプレイヤーが再生され、ミーシャが現れたことや発信元がパルマ・デ・ラ・マノ諸島であることを告げた。
「私も行きたいです」
「ルミとカーン、私の3人で行くつもりだよ」
「ジェイさんがまたへそ曲げちゃいますね!」
そう言って、ふふっとルミは笑った。ヴェロニカもそうかも、と言って笑った。
ルミの予想通り、ジェイは連れて行け、不公平だ、と駄々をこねたが、ソフィアが
「あなたがいないと会社の業務が成り立たないの! 天才さん」
と、なだめるとあっさり引き下がった。ヴェロニカ、ルミ、カーンの3人は準備を整えると空港に向かった。
「犯人からの連絡はまだない?」
ルミの表情が少し曇った。
「ええ、あれから定期的に父の立体映像が送られてきます。カオスとクロノスの解析で父が無事であることは確認されていますし、少なくともひどい扱いは受けてないようなのですが。身代金の送金に対する反応は今のところありません」
ミーシャが言っていた、「やるべきこと」とは、この少女の父親を誘拐して悲しませることなのだろうか? そんなことが「やるべきこと」であっていいはずがない。だとすれば私がミーシャを止めなきゃ。
生体認証による搭乗手続きは一瞬で終了した。ヴェロニカたちが向かうのはパルマ・デ・ラ・マノ諸島最大の島、グランドパルマ島だ。日本からのフライト時間は約6時間、南太平洋にある南北約205km、総面積3,920㎢の細長い島だ。島の南北の中間地点に首都センテリェオがあり、首都に隣接する人工島にライオ・デ・ソル国際空港があった。
「ミーシャとスティーブを探すあてはあるのか? ヴェロニカ」
カーンが元軍人らしい率直な言い方で聞いた。
「グランドパルマ島にひとり友人がいるの。私とミーシャの共通の友人よ。最近、ミーシャは新しいビジネスで海外へ行くことが多かったから、もしかしたら彼のところにも立ち寄っているかもしれない」
「どんな男なんだ?」
「名前は、バルバ・ゴーリェ。投資銀行のワックスマン・ブーバーに勤めてたんだけど、最近独立してグランドパルマ島に資産運用会社を設立したの」
「ふーん、元投資銀行で資産運用会社を設立なんて優秀な人なんですね」
「そうね、ワックスマン・ブーバーの営業で苦労したみたいだけど、努力家なのよね」
「投資銀行の営業はキツイって聞くしな」
営業担当のカーンが同情を込めて言った。飛行機は高度を下げて雲の間からマリンブルーの海が姿を現した。島の外周を透明度の高いブルーの海が帯のように囲い、その外周を深い青が取り囲んでいる。まさに「楽園の島」というキャッチフレーズがそのまま当てはまるような景色だった。
「わあ、綺麗!」
窓際の席のルミが歓声を上げた。ジェイとソフィアには申し訳ないが、仕事で来たことを忘れてしまいそうなくらい魅力的な南の島。無邪気にはしゃぐルミの横顔を見てヴェロニカは目を細めた。
空港ターミナルはウッド調素材で統一されており、ここがリゾート地であることをアピールしている。空港内にいる旅客もその大部分が観光客と思われるラフな服装で、たまにすれ違うスーツ姿のビジネスマンはここでは少数派だった。ヴェロニカたち3人は移動の利便性を考慮して、空港に直結したホテルにチェックインした。
少し街中を散策してみようということになり、ホテルから徒歩で10分程度の距離にあるターミナル駅、セントロ・センテェリオ駅まで歩くことにした。近代的な建物しかない空港とホテル周辺とは違い、旧スペイン領時代の古い建物も残っている。駅に向かう道路は旅行カバンを抱えた人々が行き交っており、かなり混雑している。
「しかし、ゴミひとつ落ちてないな」
カーンが驚きの声を上げた。
「別にゴミのポイ捨てに罰金が課せれられる訳でもないのにね。A.Iによる管理が徹底してる証拠ね」
そう言って歩いている間も管理用ドローンが道を清掃しているのに何度も遭遇した。だが、管理用ドローンは、今や世界中の都市で稼働している。清掃が行き届いているだけではなくこの街のモラルそのものが高いのだ。先日、訪問した香港の雑然とした街並みをヴェロニカは思い出した。先進的な大都市、香港であっても人々のリアルな生活感が存在した。ここにはそれがない。
セントロ・センテェリオ駅のロータリーで自動運転タクシーに乗り込む。ゴーリェの会社はセンテェリオ市の北に位置する商業地区にある。座席正面のモニターに約10分で到着すると表示された。タクシーが北西の方向に向かって進むと、高いコンクリート製の壁に付き当たった。検問用のゲートが設置されており、ゲートの両側から壁がずっと伸びている。どうやらぐるっと壁で囲われた地区があるようだ。
『アビスモA.I居住区』と地図に表示されている。興味を持った様子のルミがモニターに表示された観光ガイドの説明文を読み上げた。
「センテェリオ市の北東部には、自我のあるA.Iが搭載されたアンドロイドが生活することを許可された約14㎢の居住区があり『アビスモ居住区』と呼ばれています。周辺住民とのトラブルを避けるため高さ3メートルの壁で囲まれおり、居住区への出入りには許可証が必要です」
「はるか昔のお城みたいで、ちょっと怖いですね」
ルミが言った。この中に住んでいるアンドロイド達はどんな気持ちなのだろう? 狭い地区に閉じ込めれた運命を呪っているのか、それとも狭くても自由に活動できる場所を勝ちとったことを誇りに思っているのか? タクシーは壁を右手に見ながらしばらく進んだ後、壁から離れて行った。商業地区に入ったのだ。幹線道沿いに3区角ほど進み、比較的新しいビルの前で停止した。
自動で支払いが完了し、ビルのエレベーターホールへ入る。フロアの案内板が設置してあり目的の「ゲブリュル&ゴーリェLLC」が6階にあることがわかった。LLCはLimited Liability Companyの略で、一般的な株式会社と比べて経営の自由度が高い。その他のフロアにも一見してなんの会社かわからない会社名が列記されていた。この島がタックスヘイブンであることが原因なのだろうか? おそらく、あまり大っぴらに会社名を宣伝したくないのだろう。
6階に到着して、エレベーターを降りる。通路の右手を進むと「ゲブリュル&ゴーリェLLC」と表示された金属製のドアがあった。来客対応システムがヴェロニカたちを自動感知して内部に来客を伝える。ガチャリとロックが解除され扉が内側へ開いた。
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