第37話
「ねえ、ご主人様」
午後7時を過ぎた頃、突然背後から覇気のない声が聞こえた。
振り返るとベッドに寝転んでいたメアリーがむっくりと起き上がるところだった。その様がまるで墓場から
「何よ?」
怪訝そうに目を細めるメアリー。
「な、なんでもない。それよりルミの映像は見つかった?」
「見つかったわ」
映像も既に削除されていて見つからないのではと心配していたが、メアリーはあっさりと言った。
「これを見て」
ヴェロニカとメアリーの前に地図らしきものと、バイクに乗った人物の立体映像が出現した。
「左がアビスモ居住区の地図、右が見つけた映像だよ」
地図は縮尺は不明だが都市地図のようだ。地図の南端が南ゲート、北端が北ゲートになっている。南ゲートのすぐ北には半円形の広場があり、広場を起点に放射状に道路が何本も伸びている。放射状の道路を東西に走る短い道路がつないでいる様はちょうど蜘蛛の巣のようだった。南北のゲート以外は全て壁に囲われているようだ。
「ここが私たちのいるホテル」
メアリーがそう言うと北東方向に走る道路のちょうど中間点あたりに赤い点が表示された。
「それで右の映像が撮影されたのがここ」
東北東に走る道路、ヴェロニカたちがいるホテルがある通りの一本右側の道路に青い点が出現した。広場の一部が映っていることから広場からでた直後のようだ。映像が拡大されるとバイクの後ろに乗っている人物がルミであることがヴェロニカにもわかった。結んだ金髪が風でたなびいている。運転している人物はフルフェイスのヘルメットを被りライダースーツで全身を覆っているため、どんな人物か分からない。
「次がここ」
最初に青い点が表示された道路とホテルがある道路をつなぐ横道、ただし、ホテルがある場所よりも広場から遠い場所に次の青い点が現れた。映像はバイクを上方から撮影しておりルミの顔は確認できない。
「顔は確認できないけど、バイクの形状、乗っている人物の服装、骨格から99.99%、ルミだと言えるわね」
メアリーは断言する。
「最後がここ」
青い点は北西に大きく移動して北ゲートの真南より少し東側に現れた。最後の映像は止められたバイクから歩いて離れていくふたりが写っているようだ。
「なぜ、こんな遠回りをしたのかしら?」
黙って説明を聞いていたヴェロニカが口を開いた。広場から北ゲートへ真っ直ぐ北上するルートを使わず、東側に大きく円を描くように移動してから北ゲート付近に到着しているように思えたからだ。
「さあ? それはご主人様が考えて。私は考えるのはニガテなんだ」
そう言うとメアリーは前髪が気になるのか指でいじり出した。おそらくルミは自分が監視カメラに映ることはわかっていたはずだ。だとすると広場から北ゲートに直上する道を通ると映っては困るものがあったのではないか? だとしてもまずはバイクを降りたルミたちがどこへ行ったのかを探るのが先だろう。
「メアリー、ルミたちがバイクを降りた場所には何があるかわかる?」
「えっとー……普通のオフィスビルね。テナントまでは分からないわ」
「念のため聞くけど、この後にルミが映っている映像はないのよね?」
「ええ、ないわ」
ルミがアビスモ居住区へ入ってから既に2週間が経過している。従ってこの映像は2週間前のものだ。果たして2週間前に訪れた場所に今もいるだろうか?だが他に手がかりがない以上とりあえずこの場所に行ってみるしかなさそうだ。
「メアリー、出かけるよ」
「えーっ、今捜索が終わったばかりなのにー」
メアリーが渋るのは予想の範囲内だ。
「あっ、この場所の近くに博物館がある!」
少々わざとらしかったかもしれない。
「デザストレ・ナトゥラル博物館だって。貴族の邸宅を改築して博物館になったのかー」
午後7時を過ぎているので博物館は閉館しているだろうが、外観は見ることができるだろう。メアリーに気づかれないように横目で様子をうかがう。メアリーの瞳が再び生気を取り戻しつつあるのがわかった。
「しょうがないご主人様ねー、私がいないと何もできないんだから。気が進まないけど一緒に行ってあげるわ」
どうやら作戦は成功したようだ。調べておいてよかった。身支度をすませて部屋を出るとエレベータで1階へ降りる。ホテルの正面玄関から自動運転タクシーに乗り込むと行き先を告げた。
タクシーは10分ほどで目的のオフィスビルについた。いわゆる低層のオフィスビルだが上半分がガラス張りで下半分が茶色の石材で造られているおしゃれな外観をしていた。ビルを囲うように公園のようなスペースが設けられている。このスペースの一角に映像と似通った場所があり、おそらくバイクが止めらていた場所だ。
タクシーを降りたふたりはビルのエントランスに入る。ビル自体の受付はなくそれぞれのオフィスへエレベータで直行するシステムのようだ。フロアガイドを見ると5階建てであることがわかった。1階から4階までは、○○食品、○○不動産のような普通の会社が入っている。だが5階の表示が少し気になった。
『アビスモA.Iホスピタル』
何の病院だろう? そう言えばスティーブが受付嬢サリーの心の病気を治療するためにアビスモ居住区の病院へ行くという設定があった。サリーの体をミーシャに提供するための作り話と思っていたが、病院は実在するのか? この時間でも診察をしているのだろうかと思いながら吸い寄せられるようにエレベーターホールへ向かう。
エレベーターホールに向かう通路に駅の改札のようなセキュリティーゲートが設置してある。ヴェロニカが近づくと音声案内が流れた。
『現在の時間、1階から4階は営業時間外のためお入り頂けません。5階へおいでの方はそのままお通りください』
ヴェロニカがゲートの直前まで行くと、ピッとゲートが反応し扉が開いた。いったんゲートの向こう側へ通過して戻ってくることができた。今度はメアリーとふたり並んで通過できるかどうか試してみたが、問題なく通過できた。ヴェロニカが持っている入場パスでふたりとも入れるようだ。エレベーターのセンサーに入場パスをかざすと扉が開き乗ることができた。エレベーターは自動で5階に直行する。
エレベーターを降りて通路を進むと右側に自動ドアがありそのまま中へ入った。白い壁に白い受付カウンターと病院らしい清潔感のある空間が広がっている。受付カウンターへと進むと音声案内が流れる。
『ただいまの時間は診察時間外です。御面会の方は入場パスでセンサーをタッチしてください』
「御面会って一体誰に?」
困惑してメアリーの方をみるが、肩をすくめている。思い切ってセンサーをタッチしてみた。
『プライバシー保護のため、患者様のお名前は表示しません。患者様へお客様の情報を送信いたします。承認を確認致しますのでしばらくお待ちください』
受付の前で承認を待つ間ヴェロニカは考えを巡らす。このパスはスティーブが受付嬢サリーの治療用に取得したものだ。サリーになりすましたメアリーと付き添いのヴェロニカはここにいる。面会に来るような患者なんかいるはずがない。
『患者様の承認が確認できました。7番の病室へお進みください』
案内音声が告げた。どうやら見知らぬ患者もヴェロニカに会う意思があるようだ。もうこうなったら会ってみるしかない。病室へ向かう白い廊下を進んでいくと右手に7と書かれたドアがあった。扉の前に立って深く息を吐く。ポロンと電子音が鳴りスライド式のドアがすべるように開いた。
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