第2話
「マイニングって言っても実際に地面を掘るわけじゃないわ。ネット上の計算問題を解くことでサイバードルを入手することができるの。でも1回に入手出来ることの出来るサイバードルはごく僅かだから大変な量の問題を解く必要があるのよ」
サイバードルはマイニングに必要な計算問題があまりに高度だったため取引量がなかなか増加せず、ドルの名を使っている割にはマイナーな通貨だった。ヴェロニカは、サイバードルを高速でマイニング出来るプログラムの開発に成功し取引所ビジネスを始めたのだ。
再び、ルミのブルーの瞳がヴェロニカの瞳をしっかりと捉えた。明らかにヴェロニカの話に興味をそそられたようだ。
「宝探しみたい! 私にもマイニングできるのかな? だって何もないとこからお金を生み出せるんですよね。すごい!」
(ほら来た。簡単にマイニング出来ると思ってるんだから、やっぱり16歳ね)
ヴェロニカはそう思いながら少しホッとしていた。ルミに感じていた違和感が少し解消されたからだ。
「残念だけど、マイニング出来るサイバードルの量は決まっているの。そして残りの量が少なくなるにつれて計算も難しくなっているわ。今は1回の計算で得られるサイバードルはせいぜい0.1〜0.2ドルってとこね。しかもその計算には1週間程度かかるのよ」
ルミに落胆した様子は無かった。ヴェロニカの話に聞き入っているようだ。
「……つまり早い者勝ちってことですね。先にマイニングでサイバードルを手に入れた人が利益を得られるって仕組みなのね」
(なかなか物分かりの良い子ね)
同じ説明を何十回もしているヴェロニカだったが話が通じずイライラすることも少なくなかった。ヴェロニカは説明を続ける。
「マイニングには手間とコストがかかるわ。1人で計算すると時間がかかるし、人を雇えばお金がかかる。もちろん高度なコンピューターを使えばスピードは速くなるだろうけどその分お金が必要になるの」
ヴェロニカはサイバードルのマイニングに大変な苦労をしたことを思い出しながら話をしていた。資金が無かったヴェロニカは、自室のPCを使い1人でマイニングを続けた。それでもライバルを出し抜いて巨額のサイバードルを手に入れることが出来たのはヴェロニカにプログラミングの才能があったからだ。
「へー、ヴェロニカさんってアニメ好きと言うよりはイケてるリケジョって感じですね。尊敬します!」
(しまった! またルミのペースに巻き込まれて自慢話をしてしまった。しかもこんな完璧美少女から『尊敬します!』なんてセリフを言われて何だか嬉しい気持ちになっている)
「話を戻すわね。500万ドルのサイバードルを調達するには今、私の会社が所有しているサイバードルでは少し足らないの。市場で調達することになるから時間がかかるわね」
「市場での調達にはどれくらいかかりそうですか?」
「う〜ん、そうね。調達コストを抑えようとすればより時間がかかる。サイバードルの価格を上げないようにするには市場に売りに出ているサイバードルを少しづつ買っていく必要があるわ。もちろん、どんどん高値まで買っていってなるべく早く手に入れる方法もあるけどね」
サイバードルの市場規模は本物の通貨に比べると遥かに小さい。売りに出ているサイバードル以上の買い注文を入れれば価格は上がっていく。大量に買おうとすればするほどより価格は上昇していき、より高い価格で買わないといけなくなる。ヴェロニカの会社「サイバードルNow」とA.Iテック社が取引をする場合、事前にいくらの交換レートでサイバードルを引き渡すのか決めておかなければならない。
現在のサイバードルと米ドルの交換レートは1サイバードル=6.83USドルだ。仮にサイバードルNow社がA.Iテック社に1サイバードル=6.83USドルでサイバードルを引き渡すと決めたとする。6.83USドル以下の価格でサイバードルを集めることが出来ればサイバードルNow社には利益が出る。しかし、6.83USドルよりも高くしか調達出来なければ、6.83USドルを上回った部分はそのままサイバードルNow社の損失になる。
ルミには少し足らないと言ったヴェロニカだったが、実際のサイバー社の保有額は300万サイバードルで、あと200万サイバードルを市場から調達する必要があった。
ヴェロニカは大きな取引への期待とうまく取引をまとめられるのだろうかという不安に心を乱されていた。ルミの表情からは考えが読めそうにない。ブルーの瞳は相変わらず真っ直ぐヴェロニカの方に向けられており、まるで心を見透かされているようだ。
「我が社の希望は1週間以内です。交換レートはある程度高くても構いません。明日の15時までに交換レートを提示してもらえますか?」
ルミの口調は今までのくだけた感じではなくきっぱりとした、それでいて穏やかなものだった
その時、ルミのデスクの電話が鳴った。ゆっくりとした動作でルミは電話に出る。
「はい、ルミです。はい……、はい……」
「えっ! そんな……」
心なしかルミの表情が曇ったように見えた。
「そうね、その方がいいわ。そちらで改めてお話ししましょう」
電話を切ったルミはヴェロニカに言った。
「ヴェロニカさん、大変申し訳ないのですが少し問題が起こりました。これから緊急で会議に参加しなければなりません」
ルミの口調には本当に申し訳ないという気持ちと共に少しだけ不安を感じさせるものが混じっていた。
「OK! ルミ。交換レートは明日の15時までに連絡させてもらうわ。こらからもよろしくね」
「ありがとう! ヴェロニカさん。一緒に仕事が出来るといいですね」
ルミはヴェロニカをエレベーターホールまで見送ってくれた。
「今度はヴェロニカさんのオフィスにも行ってみたいです」
別れ際にルミは笑顔で言った。だがルミのブルーの瞳は何かを訴えているかのように深い色を帯びていた。
A.Iテック社を出たヴェロニカはその足で自分の会社サイバードルNowのオフィスへ向かった。ダウンタウンの雑居ビル3階にあるオフィスは、A.Iテック社の機械的でクールな空間とはほど遠いものだ。狭いフロアにやや古びた机と椅子、それぞれの机の上を陣取るパソコンと大量のモニター。CEOであるヴェロニカの机も他の社員と肩を並べて配置してある。
ヴェロニカの隣に座っているのはネットオタクのジェイだ。本名はジェイコブ・ギルバートだがジェイと呼ばれている。ジェイの仕事はサイバードル社のシステム管理とトレーディングプログラムの作成だ。
「ただいま」
ヴェロニカがオフィスに入った時、ジェイの他に2名がオフィスに居た。経理のソフィアと営業担当のイルファン・カーンだ。もう1人ヴェロニカの友人で一緒に会社を立ち上げたミーシャは外出中のようだ。
「みんな聞いて! 大きな仕事よ」
ヴェロニカはA.Iテック社との取引概要を興奮気味に説明した。
「500万サイバードル! しびれるねー」
カーンが嬉しそうに言う。
「ちょっと待ってよ! うちには300万ドルしかないのよ。残りの200万ドルどうするつもり?」
浮かれているカーンを横目で見ながらソフィアが抗議の声を上げる。
「市場で調達するしかないわ……」
「ジェイ、調達は可能かしら?」
ボサボサ頭のうえ地味なパーカー姿でモニターを眺めていたジェイはやや甲高い声で答えた。
「イエース! サイバードルの現在のレートは1サイバードル=6.83USドルだね。1日の取引高は約50万サイバードルってとこだ。売り注文の状況から見て現在のレートなら4日かかるってとこかな」
「そううまくいくかしら?」
ソフィアは相変わらず不安げだ。
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