第35話
ヴェロニカの両親がA.I地位向上の運動をするための資金はどこから出ていたのか? もっと言えばヴェロニカの両親が資産家になれたのはなぜか? その答えは「人身売買」だった。年老いた金持ちの人間に、より人間の体に近い若いアンドロイドの体を、一方で人間の体を手に入れたいA.Iに好みの人間の体を提供する。
アンドロイドの体はただ製造すれば良いわけではない。生体部品を数多く組み入れA.Iが自分の体として使っていた体でなければ人間のパーソナリティは適合しない。金のために自分の体を売る貧しいA.Iから安く体を仕入れ、金持ちの人間に高く売る。また、同じように貧しい人間から体を安く買い取り、金持ちのA.Iに高く売る。体を失ったA.Iと人間のパーソナリティを販売用アンドロイドの体に入れ生活させ、人間の体に適合するようになればまた売らせる。まさに蟻地獄のようなシステムだった。そしてこの「人身売買」が行われている舞台がこのグランドパルマ島であり、人間に体を売る予定のA.Iと人間の体を手に入れたいA.Iが共存しているのがアビスモ居住区なのだ。
ある日、ヴェロニカは両親が恐ろしい商売をしていることを偶然知ってしまった。問い詰めるヴェロニカを麻酔で眠らせた父親はヴェロニカの記憶の一部分を消去する手術を行った。記憶を失ったヴェロニカは今も両親のことをA.Iのために活動した正義の人だと思っているだろう。ヴェロニカは「嘘の記憶」を持って生きている。この事実はヴェロニカには伝えず墓場まで持っていくつもりだ。
人身売買ビジネスはA.Iテック社が引き継いだ。ヴェロニカの両親に、販売用アンドロイドの体を提供していたのがA.Iテック社だったからだ。アビスモ居住区の住民登録権を、闇ルートで売買しているのもパルマ・デ・ラ・マノ諸島自治政府とA.Iテック社だということが、ミーシャの調査で分かった。ヴェロニカの両親は乗っていた自動運転車に、仕掛けらた爆弾が爆発したことにより死亡した。両親が乗っていた自動車は、その日A.Iテック社が用意したものだった。つまり、両親はA.Iテック社によって暗殺された可能性がある。
A.Iテック社の社長であるスティーブは社長でありながらこの恐ろしいビジネスについて知らなかったようだ。いや薄々は感づいてはいたが目をつむっていたのかもしれない。娘のルミを助けたいという一心で情報を探っていたのだろう。だがそれは私にとって絶好のチャンスだった。情報提供者を装ってスティーブに接近した――。
その夜、ミーシャはヴェロニカの夢を見た。簡素なヴェロニカのアパートにふたりはいた。並んで通りに面した窓から空を眺めている。透き通るような青空だった。ラフなTシャツとジーンズ姿のヴェロニカが、ふぅーっと息を吐き出し背伸びをした。アッシュグリーンの髪が吹き込んだ風に揺れたかと思った次の瞬間、身を寄せたヴェロニカの肩がミーシャの肩に触れた。ゆっくりとこちらを向いたライトブラウンの瞳が潤んでいるように見えた。
「いつまでもそばにいてね」
ヴェロニカが耳元でささやくように言う。
「……うん」
ヴェロニカの髪が
次の日の正午からアビスモ居住区の独立を決めるネットによる住民投票が始まり、午後5時に無事終了した。賛成20,433票、反対3,879、棄権688で独立が決定した。住民には事前にパルマ・デ・ラ・マノ諸島政府軍のアビスモ居住区侵攻情報を流しており、住民の間で不安が高まっていたことから賛成が増えたのだ。ここまでは計画通りだ。居住区代表のサンチェスが初代大統領に就任し、ミーシャは大統領から首席補佐官に任命された。午後6時、以上のことがパルマ・デ・ラ・マノ諸島自治政府と国際人工知能地位向上協議会へ伝達された。
デセスペランサ修道院が臨時の大統領府として利用されることになった。午後8時、居住区の南北ゲートが封鎖された。
「パルマ政府軍の動きはどう?」
ミーシャは、端末に問いかけた。相手はB.Mだ。
「今のところ動きはないね。連中も突然のことで驚いてるんじゃないかな?」
情報管理には細心の注意をはらった。公安はある程度ミーシャの動きをつかんでいたが、パルマ政府と公安は対立している。公安からパルマ政府にミーシャの動きが伝わった可能性は低いだろう。
「油断するな、ライオ・デ・ソル空港とブエン・ティエンポ港の確保を急げ」
「了解だよ。ミーシャ補佐官殿」
空港と港を押さえれば、グランドパルマ島は孤立する。他の島からの増援を防ぐためにも重要なことだ。遅かれ早かれ政府軍はアビスモ居住区を包囲しようとするだろう。A.Iテック社の動きが気がかりだ。ウエラブル端末を通じて再度、B.Mを呼び出す。
「B.M 、ルミを連れてきて」
そう告げるとミーシャは椅子の背に身を沈めた。
ヴェロニカとカーン、そしてもうひとり、赤毛の姫カット前髪に病んだような肌色のゴスロリ少女が、グランドパルマ島に隣接するライオ・デ・ソル空港到着ロビーを歩いていた。スティーブからアビスモ居住区の入場パスを受け取ったヴェロニカは、準備を整えて再びグランドパルマ島へやって来た。今回もジェイは連れて行けと騒いだが、ヴェロニカの安全のためと説得してカーンに付いて来てもらった。
ただ、入場パスで入れるのは患者であるアンドロイド本人と付き添いのヴェロニカだけだ。そこでジェイに自律型ウイルスソフトであるメアリーをなるべく見た目が近いアンドロイドにインストールしてもらい、患者として連れてくることにした。
メアリーはアンドロイドの体に慣れていないのか、歩き方がぎこちない。まあ病気という設定なのでかえって好都合とも言えなくはないが。
「暑いわ!」
メアリーは飛行機を降りてからずっと文句を言っている。
「いい、あなたはA.Iテック社の受付嬢サリーということになっているんだから、余計なことは言ったらダメよ」
ヴェロニカが
「余計なことって何? 今度のご主人様は体に凹凸がなくて棒切れみたい、とかそう言うこと?」
スレンダー体型のヴェロニカを皮肉るが、実はヴェロニカがかなり気にしていることだった。
「カーン、今からビーチで泳ごうか? メアリー用の水着も用意して来たからね」
「ああ、いいね。夏は太陽を浴びなきゃな」
ヴェロニカとカーンの会話を聞いたメアリーの顔が青ざめる。
「み、水着で……太陽ですって。じょ、冗談じゃないわ。イヤよ、絶対にイヤ!」
うろたえるメアリーを見て、ヴェロニカはカーンにウインクした。セントロ・センテェリオ駅でタクシーを拾いヴェロニカとメアリーが乗り込む。カーンにはゴーリェの会社まで行ってもらい情報収集してもらうことになっている。
「行ってくるね、カーン」
「ああ、ミーシャによろしくな」
カーンに別れを告げて、タクシーは幹線道路を進む。やがて見覚えのある高いコンクリート製の壁が見えてきた。
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