第40話
5分後、ジェイから返信があった。
「情報量多いな! とりあえずミーシャの居場所についてもらった情報をもとに分析してみるぜ。カーン、ゴーリェには俺から伝えておくよ。何度もやり取りすると危険だからな。それからこの情報は公安にも伝えていいか?」
公安のリー捜査官には情報を共有する約束をしている。約束は守った方がいいだろう。
「OK、そうして」
と短く返信した。その後、ゴーリェ、カーン、ソフィアからも返信があった。「ジェイから事情を聞いた」という内容だった。ふたりは通りを北に向けて歩き続け、北ゲートに到着した。昨日訪れたA.Iホスピタルや博物館はこの近くだ。今来た道を振り返って眺めていると、あちらこちらにお馴染みの立体映像が一斉に出現した。同じスーツ姿の男女だが、話す内容が今回は違う。
「12時になりました。独立投票の受付開始です。終了は午後5時です。みなさん忘れないように投票しましょう」
通行人が腕の端末を操作し始めた。そうか、ウエラブル端末から投票が出来るのか。おそらく何らかの通知が来ているのだろう。住民ではないヴェロニカやメアリーには通知が来ていない。
これからどうしよう? 偶然とはいえ外部との連絡手段が確保できたのは大きな成果だった。しかもさっきからいろいろな投稿コメントが流れてきている。ジェイの情報収集能力は侮れない。きっと何か見つけてくれるだろう。一旦、自分たちはホテルへ戻ってこのSNSの投稿を分析してみるのがいいかもしれない。
メアリーにそのアイデアを話してみると「それがいいかもね」とあっさり同意した。タクシーでホテルに戻ったヴェロニカとメアリーはさっそくSNSの分析に取りかかった。さまざまな投稿があるが、一番多い投稿は今まで使っていたSNSが使えなくなったことに対する不満だった。
『○○○(SNSの名前)、障害中。回ってきた新アプリで投稿してみた』
『○○○使えないのマジで困る。何とかするべき!」
『パルマ政府が遮断したらしい。何なんだよ、ムカつく』
初期はSNSが使えないことへの不満に関する投稿が大量にあったが、時間の経過と共にその原因を追求するものに変わってくる。
『居住区にサイバー攻撃があったらしい』
『新しいSNSを開発した奴がウイルスで使えなくしたという情報あり』
『独立投票と関係あるらしい。詳細は不明』
こうした投稿がひと段落すると次は根拠のない都市伝説のような投稿が増えてきた。
『独立投票で1番最初に投票した人に100万サイバードルがプレゼントされるらしい』
『居住区住民の3分の1がすでに人間に入れ替わっている。誰も気づいていない件について』
ただ中にはヴェロニカも知っていることに関する投稿もあった。
『ブエン・ティエンポ港で襲撃事件発生。公安に民間人が撃たれて負傷』
もしかしたら、港でヴェロニカたちが体験した公安とスティーブたちのトラブルについてうわさが広がっているのかもしれない。それにしても民間人が撃たれたとはネットの情報は当てにならない。
さらに投稿を見ていくと、ひとつの投稿がヴェロニカの目に止まった。
『【特集】修道院で謎の研究? 現れた美女の正体は?』
どうやら居住区内で発行されているゴシップ誌へのリンク記事のようだ。リンクをたどると記事の要約サイトへ飛ぶ。
『本誌は複数の情報筋から居住区内で危険な研究が行われているとの情報を入手した。以下は関係者からの証言である』
証言1『修道院(※)の元研究員です。友人の現役研究員から聞いた話なんですが、修道院内で新型のコンピューターウイルスの開発を行っているらしいんです。それがとってもヤバいウイルスで危険とのことで友人は研究員を辞めようと考えているそうなんです』(Aさんの証言)
証言2『私、修道院(※)でバイトしてるんだけど最近新しい上司が来たんです。すごい美人でビビりました。居住区代表のサンチェスもヘコヘコしているのを見かけて何者? ってなりました』(Bさんの証言)
※注:修道院とは俗称で居住区にある研究施設のことです。
記事には1枚の写真が添付されている。『修道院で談笑する謎の美女とサンチェス代表』と説明がついている。建物の玄関らしき場所でスーツ姿の女性と中年男性が笑顔で話をしているところを撮ったものだ。かなり遠くから撮った写真なので顔が良く識別出来ない。だが、ヴェロニカの目はその写真に釘付けになった。スーツの女性の斜め後ろに、長い金髪の少女が写り込んでいる。どうやらワンピースを着ているようだ。
急いでメアリーに写真を見せる。
「この女の子、ルミじゃないかな?」
「ちょっと待って、解析してみるから」
10秒ほど目を閉じた後、メアリーはふぅーっと息を吐き出した。
「大当たりだよ! ご主人様。監視カメラに映っていたバイクの後ろの人物とも一致する。ルミで間違いないね」
ついに重要な手かがりにたどり着いた。そう思ったとき部屋の壁際に立体映像が現れた。スーツ姿の男女が興奮した口調で言う。
「午後5時です。独立投票は終了しました。続いて集計結果を発表します――」
『賛成 20,433票』
『反対 3,879票』
『棄権 688票』
『住民総数25,000人の3分の2、16,667票を賛成が上回りました。よってアビスモ居住区のパルマ・デ・ラ・マノ諸島からの独立が承認されました!』
ヴェロニカとメアリーは顔を見合わせた。これから何が起こるんだろう、想像もつかない。SNS上にも戸惑いの投稿がすごい勢いで流れ始めた。
『えっ、独立決まっちゃたの? マジで絶対ないと思ってた』
『冗談で独立賛成に入れたら独立決まっちゃった。どうしよう?』
『おいおい、愚民ども。独立したら居住区終わるぞ、わかってるのか』
『だって、パルマ政府軍が侵略してくるんだろ。独立するしかないよな』
「ここの住人たちよく考えて投票したのかしら?」
メアリーがあきれ顔でつぶやいた。
「そうね、想定外って感じだもんね」
もしかしたら混乱した住民が暴動などの騒ぎを起こすかもしれない。行動するなら今のうちだろう。
「修道院へ行こう。メアリー、場所を検索して!」
「了解」
今度は一瞬で答えが出た。前回みた居住区の地図が表示され南ゲート上にある広場から北西に100mほど進んだ場所に赤い印が表示された。
「修道院の正式名称は『クアドラド研究センター』。場所はこの赤い印よ」
今日捜索した通りの一本だけ西にある通り沿いの施設だとわかった。
『臨時ニュースです!』
立体映像のニュースキャスターが緊張した面持ちで告げる。
『独立投票の結果を受けて、アビスモ共和国の成立が宣言されました。同時に初代暫定大統領にサンチェス氏の就任が決定、サンチェス大統領は首席補佐官にミーシャ・ヨハンソン氏を指名しました。その他の閣僚は――』
なるほどそういうことか。あえてトップの位置につかずナンバー2として政権を動かすつもりなのね。
ミーシャらしい用心深さだと感じた。
SNSでジェイに、独立が承認されミーシャが大統領主席補佐官になったこと。今からミーシャの居場所と思われる研究所へ行くつもりであることを書いて送信した。ジェイの返事を待たずにヴェロニカとメアリーはホテルを出た。タクシーに乗り込むと「クアドラド研究センターへ」と行き先を告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます