第15話

「それについては、調べてみたいことがあるんです。パソコンをお借りしていいですか?」


 ソフィアが私のパソコンを使ってと言うと、ルミはありがとうございますと言ってパソコンの前に座り、何やら調べ始めた。


「いっそのこと、これ壊しちゃおうか?」


 ジェイが机の上の四次元コードプレイヤーを指差して言った。確かに、このプレイヤーが原因なのであれば、単純に破壊するだけでウスティノフ社の先回り買いを阻止できるのかもしれない。だが、今はルミの調査を待った方がいいような気がした。


「見つけた!」


 しばらくしてルミが弾んだ声を上げた。


 ルミ以外の3人が、ルミの周りに集まってモニターを覗き込んだ。そこには何かのマニュアルのような文書が表示されている。


「これはA.Iテック社の開発部門が作成した商品の仕様書です。軍事用四次元コードプレイヤーの機能が説明されています。これによると、通常電波の中継基地としての機能があると記載されています。更に電波を四次元コードに変換する機能。電波内の情報を書き換える機能。ここまではさっき説明した通りです」


 ここで、ルミは文章を下に少しだけスクロールした。おそらくそこに重要な記載があるのだろう。


「そして、ここです。この部分に気になることが書いてあります。読みますね。『当該プレイヤーの新機能として、電波の分離機能がある。当該プレイヤーが取り込んだ電波は、取り込んだ電波の情報を維持したまま、電波部分と四次元コード部分に分割され、そのまま電波と四次元コードとしてアウトプットされる』


 ルミの説明を聞いたヴェロニカが口を開く。


「なるほどね、うちのパソコンから電波として発信されたサイバードルの注文は、一旦このプレイヤーに取り込まれて2つの注文に分割され、それぞれ、電波と四次元コードに分かれて約定システムに送られると言うことね」


「そうです!これで注文がコピーされる理由が説明可能です。もう一つの謎についてはここに書いてあります。『電波と四次元コードの伝達スピードは環境によって多少の誤差はあるものの、四次元コードの方が伝達スピードが速い。その差は平均1.88倍である』」


 読み終わったルミは黙って残り3人の顔を見た。一瞬の沈黙の後、ジェイが口を開いた。


「よくやった、助手! つまりはこう言うことだ。四次元コードプレイヤーに取り込まれた当社の注文は、電波部分と四次元コード部分に分割される。四次元コード部分の注文はウスティノフ・トレードの注文に書き換えられ、電波部分の注文はそのままサイバードル社の注文で残る。2つの注文が同時にプレイヤーからアウトプットされるが、四次元コードの伝達スピードが電波より1.88倍早いため、四次元コードに変換されたウスティノフ社の注文が先に約定する」


「結果として、注文が先回りされたように見えたってことね」


 ソフィアが納得したように言った。それにしても手の込んだことをするものね、とヴェロニカは思った。小型の軍事用四次元プレイヤーを入手し、注文を書き換えるプログラムを入力する。プレイヤーをマトリョーシカ人形の中に設置し、受け取ってもらえるかどうか分からないが、郵便で送りつける。果たして、あの飽きっぽいゲオルグがここまでやるだろうか?


 ポーンと電子音がした。モニターに表示されたサイバードルの価格が7 .50ドルから7.40ドルに下がった。同時に7.40ドルで50万ドルの約定があったと表示される。


「ウスティノフだ。更に50万ドル買いやがった。しかも0.10ドル安い価格でだ」


「当然うちは買えてないわよね」


「ああ、買えてない」


 お手上げだという風に、ジェイがヴェロニカに両手を広げて見せた。


 何とかしなければ、全て先回りで買われてしまう。あせりからか、考えがまとまらない。


「やっぱり壊しちまおうか、これ」


 ジェイがカナヅチに手を伸ばそうとする。


「ちょっと待って、ジェイ。少し時間をちょうだい」


 ヴェロニカは、混乱した頭で思考を巡らす。確かにジェイの言うとおり四次元コードプレイヤーを壊してしまうのが一番簡単な解決方法だろう。だがプレイヤーを破壊してサイバードルNow社の注文が成立すれば、ウスティノフ社は注文の先回りができなくなったこと、つまりプレイヤーが破壊されたことに気がつくはずだ。


 その先には何があるのか? オークションゲーム———利益度外視の値上げ合戦になる可能性が高い。待っているのはサイバードルNow社とウスティノフ・トレード社の共倒れではないのか? それでは意味がない。ルミが心配そうな視線をヴェロニカに向けている。ジェイとソフィアはモニターで次の注文が出てこないか真剣な表情でチェックしている。


 私はどうすればいいの? ねえ、ミーシャ教えて?


 パソコンのモニターの奥にミーシャのデスクが見える。デスクの上はきれいに整頓されており几帳面なミーシャの性格を表しているようだった。今は誰も座っていない椅子。立ち上げたばかりの会社がうまくいかずヴェロニカがため息をついていると、ミーシャはあのデスクから、ヴェロニカのデスクまでゆっくりと歩いてくる。ミーシャとヴェロニカの二人しかいない静かな空間。銀色の長い髪がふわりと揺れてヴェロニカの頬をなでる。ミーシャの細い指がヴェロニカの肩にそっと置かれた。


「もっと、力を抜いて」


「うん」


「大丈夫……私がついてるから」


 優しい心地いい声だった。




「———ヴェロニカさん」


 ルミの声でハッと我に返った。


「大丈夫ですか? 何だかぼーっとしてましたよ」


 ルミが心配そうな表情で言った。


「ごめん、考えがまとまらなくて」


 ルミがニコッと笑顔になった。


「大丈夫です! 私も一緒に考えます。ジェイさんもソフィアさんも、カーンさんもいます。ヴェロニカさんはひとりじゃないんですよ!」


「そうだぜー、ヴェロニカ。天才ジェイ様がいるのを忘れるなよ」


「ルミの言うとおりよ、ヴェロニカ。何とかなるわ。天才もいるらしいしね」


 横目でジェイを見ながらソフィアが言う。


「うん、そうだね。みんなで考えよ」


 いまだにミーシャに頼ろうとしていた自分をヴェロニカは少し恥ずかしく思った。

 

 それから4人は事態を打開するための方法を話し合った。サイバードルNow社とウスティノフ社がお互いに高い価格までサイバードルを買い上がっていき損失をこうむることを避けるのにどんな方法があるのか? 他の投資家が競争に参加してサイバードルの価格が急激に上昇するのをどうやったら防ぐことができるのか?


「ゲオルグのやってることは、当社の営業妨害よね。訴えて取引をやめさせるのはどう?」


 ソフィアが言った。


「確かにこのマトリョーシカ人形はゲオルグから送られてきたものだし、訴えれば勝てる可能性が高いと思う。でもゲオルグは否定するでしょうね。自分は四次元コードプレイヤーのことは知らないと。苦しい言い訳だと思うけど証明するには時間がかかる。マスコミで報道されてしまったら、両社がサイバードルを買おうとしていたことが他の投資家にバレてしまう。価格は急上昇すると思う」


「犯罪行為をやめさせられないなんて、理不尽ね」


 ソフィアが言い、まったくその通りだとヴェロニカは思った。




 

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