第33話・あしたがまちどおしくて

「お疲れ様ですヴィエーディア様……ヴィエーディア様?」


 セルヴァントの作ったつつましくも美味しい夕食に手を付ける様子もなく、彼女が顔を伺うと、ヴィエーディアは椅子に寄りかかって爆睡していた。


「そのままにしてあげてくださいな」


 フィーリア王女は苦笑する。


「ここ数日、ほとんど休まず作業していましたもの」


「ええ、大変な騒音で。姫様の部屋に音はしないと言われなければ大反対しておりましたよ」


 執事のプロムスが憮然ぶぜんとした表情で言う。


「しかし、本当に可能なのですか? この屋敷が空を飛ぶなど……」


「できるよ」


 それは机の真ん中の藤の籠に収まったアルプだ。


「このおやしき、もともとまほうりょくがながれやすいようにできてるから」


 そう。王族の私邸などは、魔法使いが同道することが多いので、魔法が使いやすいよう魔法力の導賂どうろが作られている。特にジレフール王女のように体の弱い王族は、特に魔法がかけやすいようにされているのだ。


 ヴィエーディアはその導賂にアルプの魔法力を流し、空を飛ぶように魔法道具を仕込んだ。動力となるアルプの魔法力は屋敷の真ん中……今いる藤の籠の中に据え置かれる。


「だから、ぼくがここにいると、おやしきはそらをとぶんだよ」


「……魔法猫様とフィーリア姫様付き魔法使いがどれくらいの存在かはわかりませんが、とんでもない方々だというのはわかります」


 屋敷を飛ばすなんて、とプロムスは表情を変えずに呟いた。


「……んがっ?」


 その時、自分のいびきにびっくりして、ヴィエーディアが目を覚ました。


「いけなィいけなィ……失礼皆さん」


「ヴィエーディアさん、だいじょうぶ?」


「ン~ちょっと眠いけどネ、我慢だヨ我慢」


「ダメよディア」


 フィーリア王女が注意する。


「あなたがいなければ屋敷は空を飛ばないんですからね、今日はこれを飲んでおやすみなさい」


 フィーリアはカップを差し出した。


「完全なる眠りを、決まった時間だけもたらす薬。明日の夜明けに目を覚ますようにできていますから、ベッドに入ってこれをお飲みなさい」


「申し訳ありません姫様……」


「いいから。おやすみなさい?」


「はィ、そうします……」


「アルプさんも」


「ぼくも?」


「もちろんですわ。アルプさんの魔法力がないと屋敷は飛べませんもの」


「うん。じゃあ、ぼくもねるよ。おやすみなさい……」


 アルプもすぐにくぅ、と眠りに落ちた。


「明日の姫様の笑顔が楽しみです」


 セルヴァントはアルプを起こさないよう小声で言った。


「そうですわね。わたくしも楽しみです。だって、わたくしも国から逃げられるんですもの」


「自由になるなんて考えたことなかったな……。でも、目の前に自由があると、つかみたくなる」


 エルアミル王子がこぶしを握った。


「国からも、責任からも解き放たれて、行きたいところに行けること、それがそんなに素晴らしいことだとは思わなかった」


「わたくしの望み、分かっていただけまして?」


「ああ、よく分かったとも。……この屋敷が空を飛ぶという聞いた時も胸が躍ったよ」


 エルアミル王子も少年のように目を輝かせていた。


「それもこれも、全部アルプさんのおかげ」


 寝息を立てているアルプに、フィーリア王女はそっと触れる。


「アルプさんがいなければ、ディアと連絡を取ることもできなかった。エルアミル王子と連絡を取り合って、国を出ることもできなかった。そして、空へ逃げることもできなかった……」


「魔法猫が幸福の証だなんて嘘、とブールでは言いますが、違いましたね……あんな姫様の笑顔を引き出したのはすべて魔法猫がきっかけだったのですから」


 プロムスのさっきまでとは違う感極まった声に、フィーリアも頷いた。


「ええ。そして、魔法猫のように自由になりたいという願いまでかなえてくれる……幸福の道先案内猫ですね」


「問題は、いつ頃父上がこちらに気付くかということ」


 さっきまでの少年っぽさが引っ込み、エルアミル王子は不安そうな声を出した。


「父上が僕をフィーリアに差し出したのも、その魔法薬を手に入れたいため。その本人が国内にいるとなれば、父上自ら出向いてブールに留まるよう説得するでしょう。あるいは脅迫も。どんな手を使ってくるか……」


「明日には空を飛ぶのに、追手の心配ですか?」


 セルヴァントの言葉に、エルアミル王子は難しい顔をした。


「この国の国境内にいる限り、父上はそれを諦めないだろう。魔法使いを総動員して追いかけてくる可能性だってある」


「ディアが何か考えていますわ」


 紅茶を飲みながら、フィーリア王女は柔らかい笑みを浮かべた。


「ディアは言動などが風変わりなために変人などと呼ばれていますけれど、考え深く冷静で何ができるかを判断するのに迷いがない優秀な魔法使いです。わたくしに魔法を捧げてくれたのが奇跡のような人材。……誰もそれに気づいてませんけど」



     ◇     ◇     ◇



 翌朝。


 屋敷にいる全員がほぼ同時に目を覚ました。


 薬の効果で目を覚ましたヴィエーディアだけではなく、アルプもぱちりと目を覚まし、その二人の起きる気配を感じた全員が……ジレフール王女までも……同時に目を覚ました。

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