第24話・だれのはじ?

 翌朝。


「王子が国を出た、と。それも昨日」


 しばらく姿を消していたストレーガが、リッターとルイーツァリの発言を聞いて目を丸くした。


「何故それを儂に報せなんだ!」


 この激怒に、リッターとルイーツァリの方が驚いた。


「御存知なかったのですか?!」


「全く、知らん!」


 ストレーガは断言する。


「では、昨日は何処で何を……?」


 ストレーガは苦々し気に目をそらす。


「ストレーガ様?」


「……おった」


「はい?」


「ワインで悪酔いして丸一日潰れておったわ!」


 この発言に、リッターもルイーツァリも絶句した。


「では……あれはストレーガ様ではなかったのか?」


 二人は見ていた。


 昨日朝、エルアミル王子がストレーガ同伴で塔へ向かったのを。


 ストレーガは塔の封印に携わり、王子が塔に出入りするときは必ず傍にいた。昨日も同じだった。


 ルイーツァリは見ていた。物憂げな顔で出てきたエルアミル王子と、黒猫の首根っこをつかんだストレーガを。


 こんな忌々しい黒猫追い出してくれるわ、と宮殿を出て行ったストレーガの背中を。


 魔法猫嫌いのストレーガがついに王女気に入りの魔法猫なりかけを奪い取り、捨てたのかと。


 エルアミル王子が溜息をついて「もうこれ以上はどうにもならない」と呟き、国へ帰ることを二人に告げて愛馬に乗って故郷へ向かったのも、いずれこうなると思っていたから驚かなかった。


 騎士二人は本来ならついていくものだったが、二人は王子に剣を捧げた騎士ではなかった。そもそも王位継承権の低いエルアミル王子に剣を捧げる物好きなどいなかった。リッターとルイーツァリは国に剣を捧げた騎士、レグニム国とブール国の間をつなぐのが役目。王子が去った今は宮廷魔法使いストレーガの命令の下、レグニム国に圧力をかけるのが任務だった。


「だからあれほどワインを過ごされるなと……」


「それどころではない!」


 ストレーガが怒鳴る。それが本当は自分の失敗を隠すための威嚇だと気付いたリッターは露骨に不愉快な顔をした。ルイーツァリはある程度経験を経ているので表情をうまく隠したが。


「貴様らは知らんのか! 王女付き魔法使いのあの小娘、ヴィエーディアが姿を消したことを!」


「!」


 さすがにこれは二人の騎士も知らなかった。魔法使い一人の行方がどうこうなど、異国の騎士に伝えるべき事柄ではなかったから。


 だけど、「王女付き魔法使い」というキーワードが事態の深刻さを物語っている。


 永久を誓った魔法使いがその相手から離れる……それはまずあり得ない。一生を相手に捧げるという誓いなのだから。


 あり得るとしたら、その相手の願い。


 王女の命を受けて何処いずこかへ消えた?


 いや、あり得ない。王女とヴィエーディアが接触したという報告はない。


 だが。


「……王子と接触した」


 ルイーツァリはポツリ、と漏らした。


「四日前、王子とヴィエーディア殿が接触している」


「何!」


 ストレーガはルイーツァリに詰め寄った。


「どういうことじゃ!」


「四日前、頭に猫を乗せたヴィエーディア殿が、ここに入り込んで……王子がお茶を御馳走ごちそうしている間、我々は遠ざけられていました……」


「どうして聞き耳を立てなんだ!」


「それはストレーガ様の役割でしょう! 宮殿の召使が話していましたよ、ここに来る前、宮殿の廊下でストレーガ様とヴィエーディア殿が口論していた……いやいつも通りのヴィエーディア殿に突っかかっていたと! 機嫌を損ねて部屋へ戻ったのはストレーガ様ですよ! 任務中に私室に戻るなどと……!」


「落ち着いてください!」


 リッターとストレーガが火花散らしながら口論に入りかけたところを、ルイーツァリが一喝した。


「ストレーガ様、本当に昨日、王子と共に塔へは行っていないのですな?」


「う……うむ……」


「では、昨日王子と共に塔を訪れたストレーガ殿は……」


「儂の姿をした小娘じゃ!」


 ストレーガは断言した。


 残る二人もそれを否定しなかった。


「では……ヴィエーディアと王女との対面に王子は立ち会っている……」


「どうします、ストレーガ様」


 リッターが深刻な顔をした。


「レグニムにこのことを……」


「伝えられるか」


 ストレーガは渋い顔をした。


「国の恥じゃ!」


 おそらくは、国というより自分の恥をさらしたくないのだろうけど、とリッターは思った。もちろん口には出さない。ストレーガは国の代表、折衝役としてこの国へ来ている。宮廷騎士と宮廷魔法使いは立場はほぼ同等だが、今この場所では立場はストレーガのほうが上なのだ。


「すぐに王子の後を追う! 王子のブローチの気配を探る故、貴様らは馬の準備をせよ!」



     ◇     ◇     ◇



(……だって)


 アルプからの声を聴いたヴィエーディアは、あまりに思い通りに事態が動くことに大笑いした。


 王位継承権を持つ者が、誘拐や脅迫などをされないように魔法力を仕込んだ道具を持つことは割と知られている。ブール国は王鷹のブローチにその魔法力を仕込んでいる。それを失った時がエルアミル王子が王子ではなくなる時。そして王子はそれをヴィエーディアへの報酬として渡そうとした。つまり王位継承権を放棄する覚悟があってのこと、ということだ。


(御猫様はもう少しそこで様子を見ておくれ。ストレーガ殿が単独で姫様に合うことはできない。お前さんと会えるのは国王陛下か一部重臣だけだ。しかも姫様の魔法薬師としての腕前だけで姫様自身を見ていないあの連中がお前さんの真似を見抜けるとは思えないからネ、もうしばらく我慢しとくれ。魔法力は足りそうかィ?)


(おうじょさまと、おうじさまと、ヴィエーディアさんのおっきぃかんしゃのこころがおっきぃきんのハートになった。だいじょうぶ。まだまだだいじょうぶだよ)


(それ聞いて安心したヨ。姫様も心配なさってた)


(うん、しんぱいのこころ、わかる)


(もうちっと我慢しとくれヨ。大丈夫だネ?)


(うん)


 アルプは朝食が運ばれてくるのを待ちながら、心の中でにっこりと微笑んだ。

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