第23話・おうじょのまわり

 しばらく星の散らばる虚空を見上げ、ほぅ、と溜め息をついて、王女は窓を閉め、黙々と着替えると、ベッドに入り、魔法ランプの灯りを消した。


 部屋の中に闇が訪れ、しばらくして、すぅ、すぅと規則正しい寝息が聞こえてきた。


 鏡に映る娘の寝姿に、王は王冠を頂いた髪をかきむしった。


「申し訳ありません、陛下……!」


 召使頭の土下座を見下ろし、ファシアス王はコツコツと玉座の肘掛けに、指を当てていた。


 姫として育てていたが、試みに魔法薬学を学ばせてみると、薬師は姫君を薬師にすべきだと熱弁した。長く王宮に努め様々な弟子を見て来たが、ここまでの才能の持ち主は初めてだと。


 薬師の見た通り、フィーリアはあっと言う間に師匠を越えた。様々な薬を生み出していった。好奇心の赴くまま、癒しの薬、変化の薬、魅了の薬、などなど。


 これは使える、とファシアス王は思ったもの。


 娘の薬は、大した産物のないレグニムのいい商売となる。フィーリアの薬はフィーリア以上の薬師でなければ真似できない。そしてそんな薬師はいないと王家付きの薬師が保証した。


 最初は大した効力のない薬を、気に入ってくれた国にはそれ以上の力を持つ薬をと、商売を広めれば噂も広がり王女の価値もあがって行った。是非ともと各国が王子や貴公子を連れてきたものだ。しかし当然ながらファシアス王はフィーリアを国から出す気はなかった。


 王女は国の宝。宝を差し出す王はいまい。


 ブールが王子の一人を婿むこ入りさせる、と言い出した時はおどり上がったものだ。


 ブールは大国。その王子を国に迎え入れれば、王女を出す必要もなく後ろ盾も得られる。もちろん薬を優先的に回さなければならないだろうが、王女がいれば痛くもかゆくもない。金の卵を産むガチョウは大事に大事に閉じ込めておく。


 つもりだった、矢先。


 フィーリア王女は逃げ出した。


 王女の逃亡を手助けした、王女と永久の誓いを交わしているヴィエーディアを捕え、尋問したがヴィエーディアは吐かなかった。それが永久の近いと言うものだから。


 しかし、そのことを知ったフィーリアは戻ってきた。


 燃え上がるような怒りと共に。


 塔に閉じ込めた途端、王女は魔法薬製作には一切手を出さなくなった。


 自分の配下を痛めつけられ、自分の意思を無視された王女は、もう二度と父の、国の為には薬を作らぬと宣言し、ヴィエーディアを始めとする御付きの者とも引き離され、二十四時間監禁状態でもその意思を曲げることはなかった。無理やり作らせても、飲んでみるまでその効果は分からない。毒見役が変な所からごわごわした毛を生やしたりピンク色の尻尾が出たり耳から光が漏れるようになったりして、毒で死ぬならともかくこんな姿で生き続けたくはありませんと大泣きした。


 それでも、気に入った者になら作っても構わない、と王女は言った。金のため、国のため、権力のためには一切使わないと言ったが、召使の娘が肺をわずらった時に、塔にある調味料などで簡単な薬を作り、召使に渡してやった。召使は躊躇ためらいなく娘にそれを飲ませ、娘は一瞬にして回復した。


 その件から塔に薬の材料が置かれ、召使たちに親が必要、家族が、と薬を要求するよう命じ、その薬を手に入れたが、効果は一切出なかった。塔に乗り込んだファシアス王に、フィーリア王女は冷ややかな目で言った。


「その召使の血縁者にしか効かぬ薬ですわ。横取りするような卑怯者にはひどく困った効果が出る薬でもあります。言いましたわよね、わたくし。気に入った者にしか正しい薬は作らないと」


 再び薬の材料などを回収して、王女を閉じ込めたが、王女が音を上げることはなかった。


 エルアミル王子は薬が必要で、フィーリア王女はその理由を知って多少は興味を引かれていたようで、もしかしたら……そして王子を気に入れば王子づてで薬を作ってくれるかも……と、期待していたのに。


 王女はとうとうエルアミル王子からも見放されてしまった。


 どうする……どうすれば。


 金の卵を産むガチョウは、一切卵を産まなくなった。


 魔法薬が……王女の創る魔法薬が一つでもあれば、それはフィーリア王女作と言うだけで値が跳ね上がる。彼女はそれだけの薬師なのだ。


 何とか……何とか、王女の気を変えさせなければ。


「陛下、そろそろお眠りになった方がよろしいのではないかと」


「うむ。マゴス、ヴィエーディアの行方を突き止めよ。ヴィエーディアはフィーリアの為ならば何でもやりかねん」



     ◇     ◇     ◇



(なるほど、ね)


 眠ったふりをしたままアルプは魔法の目と耳でファシアス王を観察していた。


 監視しているはずの相手に監視されているとは誰も思っていないだろう。


 そして、ヴィエーディアに心の声を届ける。


(! ……御猫様かィ。上手くやってるかィ?)


(まだだれにもうたがわれてない)


(よしよし、いい感じだヨ。そっちは必至であたしを探してるだロ?)


(うん。ヴィエーディアさんのまほうりょくをさがしてる)


(御猫様のおかげで、あたしの魔法力はまだ見つかっていない。あと少し、目的地まで辿り着くまでは姫様の振りを続けておくれヨ)


(うん)


(ご褒美はいるかィ? 魚とか)


(いらない)


 アルプは心の中で首を横に振った。


(じゆうなまほうねこはすきなときにすきなひとをたすけるんだ。ごほうびがほしくてやってるんじゃないよ)


(おっと、そうだったネ。失敬、そんなつもりじゃなかったけど侮辱ぶじょくしちまったネ。許しとくれ。魔法猫の自由はあたしたち魔法使いの永久の誓い以上の約束事だった)

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