第22話・そこにいるけどいないおうじょ

 食事が運ばれてきた。


 アルプであればかぶりついている魚も、王女らしく完璧なテーブルマナーで胃袋の中に収める。


 かちゃ、とカトラリーをおいて、王女は傍にいる召使を見る。


「これまでしょくじちゅうにつめることなどなかったというのに、どういうことなのかしら?」


 いつもなら食事を置いて出て行って終わった頃に食器を下げに来る召使は、一瞬顔を青ざめさせる。


「まあ、おとうさまのいいつけでしょうから、あなたにあたろうとはおもいませんけど」


 召使は真っ青な顔をしたままカタカタ震え出す。


「ですけど、おとうさまにつたえてくださる? フィーリアはもうにどとおとうさまのためにポーションはつくりませんと。むりやりつくらせるというなら、まったくちがうポーションをつくりますと。そんなもの、うれませんわよねえ?」


 にっこりと王女は召使に笑いかけ、真っ青な召使は空っぽになった皿を抱えて慌てて出て行った。


 王女の真似はうまくいっている。王女付きの召使が食事中ずっと傍に詰めていても気付かれていない。


(これって、ぼくがおうじょさまのことをよくみていたっていうより、めしつかいさんやおうさまがおうじょさまをみてなかったってことなのかもしれない)


 空を見上げながらアルプは思う。


(おうじょさまは、いまごろどのあたりにいるかなあ……)



     ◇     ◇     ◇



 レグニム国とブール国の国境線が交わる辺り。


 フィーリアの冷たい態度に愛想をつかしたという設定で、騎士も宮廷魔法使いもレグニムに残したまま、一人帰るのだと、エルアミル王子は馬を走らせていた。


 その隣に音なく随伴ずいはんする存在。


 追いかけてくる気配がないのを確認して、エルアミル王子は馬を並足なみあしにした。


 随伴する存在も移動を同じ速さにした。


 ちょうど馬の背の高さに浮いている絨毯じゅうたん


 その上に座るのは、灰色で微かに金を帯びたフード付きマントを被った魔法使いと、その弟子らしい少年。


「術師殿。気配は?」


「まだあたしの気配は探られてはいないようだヨ」


 薄く笑ったのはヴィエーディア。まだフードは取らないけど、如何にも尊き者随伴する魔法使い、と言った姿である。


「本当に御猫様には感謝しかないねェ。魔法使いの気配は国に登録されてる。魔法を使えば国内にいる限りどこからでも追手が放たれるけど、今使ってるのは御猫様の魔法力。魔法猫の気配は国の研究所では扱ってないからねェ。あたしが御猫様の魔法力を使っている限りは追っては来れないだろう」


 空飛ぶ絨毯は王家に近い魔法使いであれば、誰でも一枚は持っている。ある程度の魔法力を持っていれば馬より早くたくさんの荷物を一度に運べる便利な魔法道具だ。ただ、それをヴィエーディアの魔法力で使ってしまうと登録されている気配や波長が察知されて、あっという間に追手がかかる。しかし今ヴィエーディアが絨毯を飛ばせるために使っているのは、アルプの魔法力を少しばかり拝借したものだ。何処の誰かは分からないけど王子の傍にいるなら彼の知人の魔法使いだろう、と勝手に勘違いしてくれるとヴィエーディアは判断して、そしてその通りになっているのだ。


「姫の気配も御猫様の御力で隠しているから、この辺りには王子とこの国の者ではない魔法使いとその従者、としか感知されていないはずだ。それでも何か気付かれたら厄介だから、急いで国を出るのが吉だネ」


「髪って切るとさっぱりするのですね。楽になりましたわ」


 見事な長髪をばっさり切ったフィーリアはそのことを気にもせず、まるで姿通りの少年のように笑う。


「で、王子」


 ヴィエーディアは聞く。


「ブールに入ってから、どちらへ」


「ジレフールのいるナーダ地方へ」


 エルアミル王子は馬を歩かせながら答える。


「ナーダ? そりゃまた随分ずいぶん辺境ですナ」


「他の連中に言わせると、あれはいてもいなくても同じ、どころか金食い虫と呼ばれているからね。僕が他国に出て、レグニムとつながりができるのが唯一の功績とまで言う者もいた」


「そりゃあ最悪だ」


 ヴィエーディアは呟いて、頷く。


「それもフィーリア王女に愛想をつかしたことで、下手をすれば国外追放になるかもしれないな」


「じゃあ国外追放って言われる前にナーダに辿り着かないといけないねェ」


「ええ」


「レグニムを出たら、この絨毯で移動しようかネ。馬はどうするィ?」


「いざとなれば売れる。手放さない方がいい」


「しかし素性のいい馬ですからネ、売る時に馬泥棒を疑われてもつまらない」


「そうか……」


 エルアミル王子は無念そうに呟いた。


「幼い頃から共にいた馬なのだが……」


「そりゃあ余計に危ない。知ってる人は王子の馬だってわかるじゃないかィ。売った人間を辿れば追いつかれるヨ」


 世間知らずだねェ、と言われ、エルアミル王子は頭を掻いた。


「それなりに学んだつもりなんだが……」


「あたしに言わせりゃ王子も姫様も世間知らずだヨ」


 ヴィエーディアはフードを被り直した。


「一度逃げ出したことで、わたくしが世間を知らなかったのはよくわかりましたから、全部ヴィエーディアに任せますわ……じゃない、任せます、お師匠様」


「とにかくナーダへ行かないと、御猫様も雪隠せっちん詰めになっちまう」


「ああ」


「ええ姫様、力をたくさん貸して下すったあの御猫様に報いるには、姫様が自由になること。そして、国の外で、再会することですヨ」


「ええ!」


 ヴィエーディアは絨毯を滑らせ、エルアミル王子は別れの近さを惜しむように馬を走らせた。

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