第21話・おうじょのなかのアルプ
金がかった青い瞳の黒猫は、間違いなくアルプと同じ姿をしていた。
「……アルプさん……に?」
アルプ(王女)と王女(アルプ)が同時に言う。
「入れ替わるんなら塔の中にいるヤツにしなきゃならないからネ、ストレーガが機嫌を損ねて猫を連れ出したって設定だ」
ヴィエーディアはアルプ(王女)の首根っこを掴む。
「姫様、塔を出るまでは御辛抱くださいヨ」
フードを被り直してストレーガの姿になったヴィエーディアが囁く。
「乱暴な扱いをしなきゃみんな疑いますからネ」
「……分かったわ」
フィーリア王女の肉体を可能な限りアルプに近く変貌させた。黒のチョーカーに見せかけた魔法道具で安定させてはいるけれど、長い時間はもたない。長い時間このままでいると、肉体が元の姿を忘れてしまい、黒のチョーカーを外しても猫の姿のまま戻れなくなってしまうのだ。だが、この城を離れるまではもつだろう。
「姫様のデータは全部頭の中に刻んだかィ」
王女(アルプ)は静かに頷く。
「なら、少なくとも一週間はそれを貫いておくれ。一週間時間が稼げりゃ、騎士団が追いかけてきても安泰だ」
「わかりましたわ」
薄く笑みを浮かべて頷いたそれは、紛れもなくフィーリア王女。幼い頃に永久の誓いを交わしたヴィエーディアでも勘違いしてしまいそうなほどにフィーリアそのもの。
「よし、じゃァ……行くヨ」
「アルプさん、頼みましたわ」
いつもなら「にゃあ」と答える所を、アルプはフィーリア王女特有の薄い笑みで返した。
三人が出て行ってから数刻。
どやどやと人がやってきた。
「……なにごとです?」
紅茶を飲んでいた王女は顔をあげた。
先頭に立つのはファシアス三世。このレグニムの王にしてフィーリアの父。後ろにいるのはレグニムの重臣たち。
「先程、ブールのエルアミル王子が尋ねて来ただろう」
「ええ、そうですけど」
それが何か? と言いたげに王女は冷ややかな視線をファシアス国王に向ける。
「……何の話をした」
「はなし、とは?」
「王子は国へ帰ると言い出した!」
紅茶の置かれた机を父王の拳が叩き、紅茶のカップがカタン、と倒れた。薫り高い紅茶のシミが机に広がっていき、王女は眉を
「王子に何を言った! ブールの後見がなければ、この国は!」
「わたくしのしったことではありませんわね」
王女はいつものように平然と言う。
「わたくし、いぜんももうしましたとおり、もうおとうさまのいうがままにポーションはつくりませんわ。それはエルアミルおうじであってもおなじ。ブールのこうけんがとりたいのであればごじぶんで」
「フィーリア!」
「姫様、この国がどうなってもよろしいと申すか!」
「姫様の魔法薬こそがこの国の助けになるのですぞ!」
「ごようはそれだけですか? ならおかえりください。だいじなおちゃのじかんがだいなし」
つん、とそっぽを向く王女。問答無用、と言いたげに。
ファシアス三世がギリギリと歯を食いしばっていたが、もう一度机に拳の跡を残して、重臣たちを連れて階段を降りて行った。
「陛下、間違いはなさそうですな」
「ああ、あの申し様、過去の話のこと。……姫で間違いないだろう」
ファシアス三世は溜め息をついた。
「ヴィエーディアが姿を
「はい、
「ヴィエーディアの行方を探せ。姫の命を受けて
「その可能性はありますな。あそこまで強気でいられるのも、裏に何か策があると思えば」
「とにかく姫が塔から顔でも出さないか、目は離すな。ヴィエーディアの行方が分かるまでは……」
国王と重臣たちはぶつぶつと言うことを聞かない王女の文句を呟きながら階段を降りて行く。
ふぅ、と王女姿のアルプは息を吐いた。
どうやら自分の王女の振りはうまくいっているようだ。
最初は自分に疑念を抱いていたらしい国王も重臣も、アルプが王女であると確信したようだ。
自分の頑張りが報われていると知って、アルプは王女の顔で少し笑った。
フィーリア王女はアルプが成り代わるために、全ての記憶、全ての想いを託してくれた。アルプはそれを自分の脳に刻み込み、完璧に王女をやれるようにしたのだ。
そして、フィーリア王女の記憶から、人間の嫌な一面も学んだ。
(にんげんって、じぶんのためだけにうそがいえるんだ)
小さい頃のフィーリア王女を
(じぶんのことと、くにのことしか、かんがえてないんだね)
あれだけ自由になりたいと望むフィーリア王女を知っているアルプからすれば、それが欲しいのなら自分で手に入れろと言いたくなるし、王女は実際に面と向かって言っている。それでも王女を利用しようと企む父親。
(ぼくのおかあさんはそんなことしなかったなあ)
魔法猫として生まれたアルプを大事にしてくれたけど、他の兄妹もちゃんと大事にしていた。生きる術を教えて、そして旅立つ時は笑って見送ってくれた。
(こどもをりようするって、はずかしくないのかな?)
自分の力でやれないなら諦めればいいのに。
人間はそうじゃないのだろうかとアルプは思って、天井を見上げた。
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