第20話・ほんばんまえ
「あなたがわたくしの代わりにこの塔に残る。あなたはわたくしの代わりをする。少なくともわたくしが国を出るまでは、あなたは塔から出られない」
「うん」
「分かっているの? あなたは塔で一人っきりでいなければならない。わたくしのためにそこまでできるのですか?」
「できるよ」
アルプは大きく頷いた。
「おうじょさまがしあわせになるためなら」
「アルプさん……」
大真面目に頷いたアルプに、フィーリア王女は胸が突かれた心持がした。
今まで自分の傍には自分の敵と味方と利用しようとする者しかいなかった。ヴィエーディアは別だけど。永久の誓いを初対面で捧げてきた変わり者だから。
でも、わたくしを利用するんじゃなくて、自分を利用して自由になってくれ。だなんて。
「魔法猫はお人好しだわ」
「おひとよし?」
きょとん、と目を見開くアルプ。
「なに、それ?」
「アルプさんみたいな方を言うのですわ」
「まほうねこのこと?」
「いいえ? ……いいえ」
クスリと笑ってフィーリア王女は首を横に振る。
「ヴィエーディアもわたくし限定でお人好しですけれど」
「まほうをつかっておうじょさまをたすけること?」
「……まあ、そんな感じですわね」
ふぅ、と息を吐いた。
「アルプさん、今の貴方の御力で、わたくしの心を読むことは出来ますか?」
「こころのこえをきくこと? できるよ?」
「では、これから先、貴方はいつでも、わたくしの考えを読まなければいけません。いいえ、考えだけではなく、行動、動作、仕草、過去、現在、未来さえも、全てを自分のものとしなければならない」
アルプは真剣な目で頷く。
「わたくしの身代わりとなるのなら、貴方は完璧にわたくしになり切らなければなりません。貴方が以前仰いましたわね、人間には触れられたくない所があると。でも、貴方はわたくしの触れられたくない所にも触れなければなりません。わたくしの全てを貴方の魔法で読み取って、そして貴方のものとしなければならないのです」
もう一度、頷く。
「わかった。ぼくはもうひとりのおうじょさまにならなければならないんだね。そのために、おうじょさまはほかのひとにみえたくないところもみせてくれるっていうんだね」
「ええ」
「わかった。ぼく、がんばる」
「わたくしこそ、感謝いたします。この塔を出る機会を、御自分を犠牲にしてまで与えて下さったことを」
「フィーリアおうじょさまも、エルアミルおうじさまも、ヴィエーディアさんもしあわせになれるんなら」
アルプは言った。
「ぼくはだいじょうぶ。だから、おうじょさまもしあわせにならないとだめなんだよ」
感謝の心がたくさん自分に届くのを、アルプは受け止めて、そしてそれを魔法力に変える。王女に成り代わるために。
◇ ◇ ◇
ぴったり三日後。
エルアミル王子は、供を一人連れて塔にやってきた。ストレーガだ。
「あら、エルアミル様」
チラリと王子を見てフィーリア王女は呟いた。
「それに、ヴィエーディア」
「やっぱりバレましたかィ」
フードを外した瞬間、ストレーガの顔がブレて、ヴィエーディアの顔になった。
「何の魔法?」
「幻影ですヨ。フードに幻影魔法を組み込んで、被っている間はその下の顔がストレーガに見えるって言う」
「すごい」
感心したようにアルプは言う。
「やっぱりにんげんのまほうつかいはすごい」
「ありがとさんヨ。それより御猫様、姫様と入れ替わる練習は出来たのかィ?」
「うん。おうじょさまのぜんぶをおぼえた。おうじょさまがすきなひとやきらいなひとにどんなふうにするかもぜんぶぜんぶぜーんぶおぼえた」
「よし。あたしらが国を出るまではお前さんの正体がバレたらいけないんだからね。ちゃんと姫様に成り代わるんだヨ」
うん、とアルプは頷く。
「じゃあ、これの出番だ」
ヴィエーディアは隠し持ってきたものを取り出した。
ほのかに金色に光る箱。
ヴィエーディアは王女愛用の椅子にそれを取り付けた。
「お前さんの魔法力に合わせた幻影装置だ」
ヴィエーディアは藤の籠に入っていたアルプを持ち上げて、ほい、と椅子の上に置いた。
次の瞬間、椅子の上には王女がいた。
「おうじょさまに……ちがいましたわ、わたくしに、みえますか?」
「お、うまい」
「すごいな……アルプくんの魔法力と読心魔法、そしてそれを引き出すヴィエーディア殿の魔法道具……」
「姫様はその椅子にほとんど一日中座ってるからネ。御着替えも食事も一人でなさる姫様だから、召使も食事をこのテーブルに持ってきて、ある程度過ぎたら下げるだけだ。それに普段椅子の上にいれば、椅子から離れてもこの部屋の中くらいは移動しても大丈夫なくらい幻覚が馴染む」
「ですが」
王女(アルプ)が聞いた。
「おうじょさまをどうやってここからだすのですか?」
「お。いい所気付くねェ。いい勘働きだヨ」
ぴ、と王女(アルプ)をヴィエーディアは指す。
「これも道具だけど……御猫様のとは違う。肉体変化だ」
チョーカーのようなものをヴィエーディアは取り出して、フィーリア王女の目の前に差し出した。
「これをどうぞ、姫様」
王女(本物)は黒いチョーカーをつける。
次の瞬間。
王女の姿が黒猫に変わった。
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