第19話・とうへかえる

 凄まじい勢いで帰ってきたヴィエーディアを、ジャザやアシステントは目を丸くして出迎えた。


「金のハートは? 見つかったんですか?」


「見つかったから途端にやることが増えたこれから御猫様とこもるからお前ら邪魔したら首をキュッとするからな」


「……そんな物騒な脅しまでされたら邪魔しませんよ。ごゆっくり」


 ヴィエーディアは奥の研究室に入ると、内側から鍵と魔法で二重に開かないようにすると、ひらりと机を飛び越えて椅子に着地し、そのまま机の上に大漁に置いてある羊皮紙に夢中で書き始めた。


「魔法猫の魔法力に方向性を与えるってのはあたしは考えたこたなかったけど……魔法猫は本能で方向性を与える……人間の呪文や道具で方向性をしっかりと定めてやれば、人間の魔法力でも魔法猫に近いことができる……ってことは魔法猫の魔力にしっかり方向性を与えてやればもっと強い力が発揮されるってことで……ああ前人よ、何であんたらは魔法猫を羨ましがるばかりでそこまで考えを巡らせなかったのか! 魔法猫に頼めば簡単に協力してくれただろうしどんなことだってできるっていうのにナ!」


 呟いたり叫んだりしながら、ヴィエーディアは羊皮紙の雨を降らせる。アルプは目を丸くしてそれを見ているだけ。何か手伝いはしたいけれど、魔法道具や魔法薬の知識は一切ない。足手まといになって尻尾の毛をむしられるのがオチだ。


「よし……よし……こうだ……これなら残留魔法力でも十二分に……しかし……対感知の魔法を使っておかなきゃ……完全に……一人の人間と思われるように……しかし……」


 ガリガリと頭を掻きながら書き続け、そのまま数刻が過ぎ。


「御猫様」


「なぁに?」


 ヴィエーディ以外に人がいないのを確認して、人間語で返事した。


「頼みがあるんだがね」


「ぼくに?」


「ああ。御猫様にしかできない頼みだ」


「なんでもするよ。なんでもいって」


「姫様に手紙を渡してほしいンだ。できるかい?」


「うん!」


 アルプは元気よく返事した。


「で、そのまま姫様の所にいてもらいたいんだ」


「ここにこなくていいの?」


「ああ。それまで、できるだけ姫様の傍にいて、姫様の気持ちを受け取るんだよ。出来るだけお前さんの今の魔法力で何とかできるようにはするが、それでも多い方がいい」


「わかった」


「三日以内にエルアミル王子が姫様を訪ねていく。その時がチャンスだ。お前さんは姫様の言うとおりにすればいい。でも、お前さんが鍵だ。姫様に聞いて、ちゃんと役割を果たしておくれ」


「うん! ぼく、がんばる!」


 アルプは手紙を受け取って、ヴィエーディアに言われた通り、普通の猫のようにヴィエーディアの開いた窓からぴょんと出て、塔に向かった。


「……ったく」


 アルプの後姿をガリガリと頭を掻きつつ見送るヴィエーディアの声には、呆れがにじんでいた。


「あたしの一生をかけた忠誠もかなわない程の仕事を、がんばるだってサ。姫様も罪な方だねェ……」


 まああたしの知ったっこっちゃないかと呟くと、ヴィエーディアは窓を開けたまま再び羊皮紙の雨を降らせ始めた。



     ◇     ◇     ◇



 アルプは素直に廊下や庭を歩いて、塔に向かう。


 すたすたと歩く黒い猫を、誰も疑わない。


 ああ、ヴィエーディアの頭に乗ってた猫だ、そりゃあ好き放題歩くだろうな、と。


 塔に近付いても誰も文句を言わない。


 塔に入ろうとすると、衛兵が「しっしっ!」を手をやった。


 アルプは素直に塔の入り口から離れ、つたが生い茂った壁面に行くと、飛ぶのではなくよじ登り始め得た。まだ自分が魔法猫であることを知られてはいけないのだと言われているから、猫らしく登るのだ。


 古い塔の壁は少しボロボロで、丈夫な蔦の助けもあるから、苦労せずアルプは最上部まで登り切った。


「おうじょさま!」


 窓を見上げていたフィーリア王女とアルプの目が合った。


「お帰りなさい!」


 フィーリア王女が広げた両手の中に、アルプは飛び込む。


「ただいま、おうじょさま」


「ええ、お帰りなさい。ちゃんと帰って来てくれたのね」


「ごめんなさい、かえるのおそくなって」


「大丈夫。帰って来るって信じてたから」


 ああ、おうじょさまのそばはきもちいいな。


 アルプはそう思った。ここにいてくれて嬉しいと言う気持ちがどんどん心の中に入って行って自分を金色に満たしてくれる。


「あ、あのね。ヴィエーディアさんからお手紙預かってるの。ヴィエーディアさんとエルアミル王子が色々考えてるみたいで」


 アルプは魔法で小さくしていた手紙を戻してフィーリア王女に渡した。


 フィーリア王女は視線を走らせる。


 その間にアルプは藤の籠に戻ると、丸くなった。


 ヴィエーディアの頭の上も気持ちよかったけど、やっぱりここが一番気持ちいい。


 フィーリア王女は手紙に視線を何度も走らせて、アルプを見た。


「アルプさん、ヴィエーディアの作戦を聞いたのかしら?」


「ぼくがみがわりになるんでしょう?」


 フィーリア王女は軽く頭を抑えた。

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