第18話・とりかえ

「そんなすごいひとだったんだ……」


 アルプの呟きに、エルアミル王子は頷く。


「ジレフールの病の呪いを解く魔法薬を創り出せる魔法薬師もフィーリア王女一人だけ。僕の中の金のハートを取り出せる可能性があるのも王女一人だけ。レグニムもブールも王女の魔法薬の力を必要としているけど、王女が機嫌を直さない限り塔からも出せないし、塔から出てこない限り王女は魔法薬を作れない」


「国も国だヨ。散々思うように使っておいて、いうことを聞かないから閉じ込めるなんてサ。まあ姫様も姫様なんだが」


「塔の中に閉じ込められたのをいいことに魔法薬を一切作らなくなるなんて、レグニムも思ってなかったろう。各国から依頼が殺到しているのにこなせない。レグニムが国としての信用を失うのもそう遠い日じゃないかもしれない」


「でも、じゃあ、なんでおうじょさまは、ジレフールさんのおくすりだけはつくるみたいなこといってたの?」


「取引さ」


「とりひき?」


「僕が何処まで薬が欲しいか、どれだけのことをできるか、試してるんだよ。そうだね……あるいは、国を捨てられるかまでを含めて」


「……なんで、そんなことするの?」


「試してるのさ」


 ヴィエーディアがにぃ、と口の端を吊り上げた。


「姫様は連れ戻された時に決めたんだヨ。もう自分が作りたいと思う相手にしか魔法薬を作らないって。本当に必要としている人以外には絶対に作らないって。国としての立場、婚約者としての立場を捨てて、たった一人大事な相手を助けたいと思えるか。ストレーガ殿が気にくわないのもそれサ。エルアミル王子が婚約者の立場も王位継承権も捨てたら自分の立場がなくなるからネ」


「おうじさまのみかたじゃないの?」


「王子様の権力の味方……と言っても御猫様には分からないネ。みんないいひとだから」


 ヴィエーディアは首を竦めた。


「ぼくがおうじょさまにたのんで、おくすりをつくってもらえないかきいてみる?」


「まあ、確かに、今一番姫様の心を動かせるのは御猫様だろうけどねェ……」


「しかし、一つ薬を作ったら、絶対にレグニムやブールが次へ次へと求めて来るぞ。フィーリア王女がどう思おうと」


「おうじょさまがこまっちゃうんだ……」


 ヴィエーディアの頭の上でアルプは必死に考えた。フィーリア王女がこっそり魔法薬を作れる方法を。


 そして。


「ぼくとおうじょさまがいれかわればどう?」


「ぇえ?」


「アルプくん、それって」


「ヴィエーディアさん、ぼくのまほうりょくに、ほうこうせい? みたいなのをつけて、すくないまほうりょくですごいちからをだすことができるじゃない」


「ん? んん、ああ」


「そしたら、このまほうりょくをさ、へんしんとか、まぼろしとか、そういうほうにつかうようにすれば、ぼくがおうじょさまのかわりにとうにいて、おうじょさまがそとにでられるんじゃない?」


 ヴィエーディアとエルアミル王子は顔を見合わせた。


「ヴィエーディア殿、アルプくんの魔法力をそちらに向けて、足りるか足りないか」


「魔法猫だけあってまだまだ余裕はある。王子の中の金のハートが出れば、もっとすごいこともできる」


 二人は声を潜めてあれこれそれどれと確認に移る。


「後は姫様がどういうかだネ」


「アルプくんに帰って頼むと同時に、僕が訪問して頼む……それくらいしかないが」


「ああ、そう言うのは正攻法がいい。姫様は下手な駆け引きされるとへそ曲げるヨ」


「よし。ではアルプくんにヴィエーディア殿の手紙を預け、僕が直接行ってお願いする、これでどうだ」


「ああ。姫様が出て来られるんならあたしだってどんなことでもするヨ。でもね御猫様、幻を置いておくならともかく、変身して入れ替われば、あんたは下手すりゃ半永久的に塔の中だ」


「おうじょさまも、おうじさまも、ヴィエーディアさんも、しあわせになれるんでしょう? あとはジレフールさんも」


「あ、ああ」


「ならぼくはへいきだよ。ぼくがいれば、みんなしあわせ。それはぼくもしあわせ」


「こう言う生物なんすヨ、王子」


 ヴィエーディアが呆れたように言った。


「馬鹿がつくくらいお人好し。気に入った人を何処までも何処までも助けてしまう。助けたい時に助けられることが幸せ。そう言う生物なんすヨ」


「しかし今はそのお人好しにすがるしかない。王女の将来だけでなくジレフールの命もかかっている。一刻も無駄にできない」


「よし」


 ヴィエーディアはアルプを頭に乗せたまま立ち上がった。


「あたしはあたしの為すべきことをする。御猫様もやってくれるネ? 提案した以上」


「もちろんだよ」


「なら王子、あんたは三日後までに姫様謁見の許可を取るんだ。もちろん外野は追い出して。あたしはそれまでに魔法道具を作る。経費は……」


「もちろん、僕が出す」


 エルアミル王子は胸の王鷹を現したブローチを外してヴィエーディアに渡した。


「これ……いいのかィ? ブールの王位継承権を示すブローチじゃないサ」


「フィーリア王女と結婚すればどうしたって僕はこの国に来なければならない。僕の父上はただでさえ子沢山なのに側室が多いから大変なことになっている。僕はこれを捨てる。捨てることができる。ジレフールが助かる為なら。……フィーリア王女が救われるためなら」


「ま、いいでしょう。しかしこいつァ後払いだ。今のあんた、今の計画にはこいつは必要だ」


 ヴィエーディアはブローチを王子の胸に戻すと、すっと立ち上がって、ドアを開けた。


「は~い、呼ばれてもいない客人は帰りますよー」


 やっとか、と言う顔をするリッターとルイーツァリ。


「いや、実に面白い話ができた。どうです、王子も魔法薬学などの勉強などを」


「そんな才能があれば国から出してもらえませんよ」


「それもそうだ」


 ヴィエーディアは高らかに笑いながら宮殿を出ていく。途中でストレーガに会った。真っ赤な顔をしていたけど、ヴィエーディアは気にせずその前を通り過ぎて……そのまま研究室まで猛ダッシュした。

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