第25話・だれもみていなかった

 ヴィエーディアの失踪は明かされることがなかった。


 無論、レグニム王立魔法研究所がヴィエーディアの魔法力の痕跡を探していたが、それを警戒したヴィエーディアはアルプの魔法力の一端を自分の魔法力の代わりに使ったため、ヴィエーディアの居場所を誰もつかめなかったのだ。


 そしてブール国の宮廷魔法使いストレーガが探しているエルアミル王子の行方だが……それもかんばしくなかった。


 王子が国境を越えて母国に帰ったことは伝わっているが、その後の足取りがつかめない。


 王位継承権の持ち主は、その証であるものを持つ。ブール国は王鷹のブローチ。そこに王位継承権の順位が刻まれ、居場所の痕跡を残す魔法がかかっている。大陸の何処にいても居場所をつかめるはずだった。


 しかし、その気配がないのだ。


 王位継承権のブローチが消えたとしか思えない状況。


 ストレーガは青くなるしかなかった。


 ブールとレグニムを固くつなぐはずだったエルアミル王子とフィーリア王女の婚姻も、王子が結婚をあきらめて国へ帰ってしまえばパーになる。ブールから全権をになってやってきたのに、酔いすぎて潰れて王子失踪にも気付かなかったと知られれば叱責しっせき程度では済まされない。騎士二人も必死に行方を捜したが、捜索は難航した。ブールと無関係の魔法使い……ヴィエーディアが同行しているからだろう。だが、エルアミル王子とヴィエーディアが同行していると知られれば、ストレーガの失態も知られてしまう。とても明かすことはできなかった。



     ◇     ◇     ◇



 ファシアス王とストレーガが混乱している間に、フィーリア王女、エルアミル王子、ヴィエーディアは国境を越えて、即座にブローチにかけられた探知の魔法を解除・放置、馬も置いて、今度は遠慮なくヴィエーディアの魔法力で空飛ぶ絨毯を走らせて、ヴィエーディア失踪が知られてから五日目で、ブール国最辺境ナーダにたどり着いた。


 エルアミル王子は小さな村に併設する館に行くと、扉を押し開けた。


 数人の召使が、エルアミル王子の姿を見て目を丸くする。


 王子は声は出すな、と召使たちに合図して、召使たちは頭を下げることでその意を承諾しょうだくした。


 王子は自分の家のように館を大股で歩き、一番奥の部屋を押し開けた。


 ムッとする熱気。


 セージの葉をいぶした香りが強い。


「ジレフール!」


 エルアミル王子は地味な寝台に横たわった少女に向かって走った。


「すまない、遅くなって。やっと帰れた」


 エルアミル王子はベッドの横にひざまずいてジレフールの手を取った。


 エルアミル王子に良く似た藍色の瞳が、どんよりと濁っている。


「おかえ……り……なさ……」


「無理をしなくていい、ジレフール」


 すぐ横にいる療法師にエルアミル王子は視線を送る。


 療法師は首を横に振る。


 彼女がエルアミル王子の妹、王鷹のブローチの一人、ジレフール王女だった。



 エルアミル王子の視線を受けて、黒髪をバッサリ切り落したフィーリア王女がじっとジレフールの顔を見た。


 軽く手を手を握り、痩せこけた頬に、眉間にと指を走らせる。


「確かに、わたくしの魔法薬でなければ無理でしょうね」


 フィーリア王女は難しい顔をして言った。


「でも、材料も大変ですわ」


「どんな手段を使ってでも手に入れる。教えていただければ……」


「……やはり、金のハートは必要」


 フィーリアは軽く爪を噛みながら唸った。


「生命力と気力、それを受け止める器が彼女にはないのです。金のハートの力で肉体と精神を強化するしかありませんわ」


「王子、この方は」


 エルアミル王子は手を挙げて療法師の言葉をさえぎった。


「魔法薬の材料がある部屋は」


「こちらへ」


 エルアミル王子は隣の部屋へ案内する。


 市井しせいの魔法薬販売店よりは多少マシな品揃え。


「んー……」


 フィーリア王女は人差し指を唇に当て、しばらく考え込んだ。


「まずは王子から金のハートを分離させなければならない。それには……」


 エルアミル王子は祈るようにフィーリア王女を見た。


 羊皮紙を書き散らかすわけではないが、たぶん頭の中ではものすごい勢いで計算しているのだろう。目が、考えているときのヴィエーディアと一緒だ。


 さりげなくヴィエーディアはメモ用の羊皮紙を差し出した。


 さらさらさらとフィーリア王女は材料を書き出した。


「ふン……まァ何とか集められるだろうネ」


 それをエルアミル王子に手渡しながらヴィエーディアは笑った。


「金のハートっていう最難関はあんたの中だから、その分集めるのは楽だロ。魔法道具なら準備してやるから、その材料、頑張って探しな」


「感謝します、導師殿」


「さて」


 エルアミルの背中を見送って、ヴィエーディアは空を見上げる。


(御猫様)


 ヴィエーディアは心の言葉を空に飛ばした。


(もういいヨ、逃げてもだまし続けても構わない。御猫様の好きにしナ)



     ◇     ◇     ◇



 王女はファシアス王の叱責を受けていた。


「お前の薬がなければこの国は亡ぶのだぞ! 国民への慈悲はないのか!」


「ありませんわね」


 王女はつん、とそっぽを見て、立ち上がった。


「そもそも、わたくしのことをどうぐとしてみるひとにどうしてポーションをつくらないとなりませんの?」


「それが王女の役割であろうが!」


「そもそも」


 王女は立ち上がり、窓の傍に立った。


「わたくしがむすめだときづかないおとうさま、おうじょだときづかないしんかになにをしてやれというのでしょう?」


「は?」


「え?」


 押し寄せた王や重臣が目を丸くする。


「そうだよ、いくらおうじょのまねをかんぺきにできたっていっても、おとうさんならむすめのけはいぐらいわかってとうぜんなのに」


 突然言葉遣いが変わった……声も変わった。


 ファシアス王は言葉を失った。


 まさか……まさか。


 目の前の娘は娘ではないと?


 王女はにっこりと微笑んで、窓を背にして立つ。


「ポーションしかみてなかったんだね。ここじゃあおうじょさまはしあわせになれないや。だれもおうじょさまにきんのハートをあげなかったんだから」


「まさか……」


 塔に入り込んだ黒猫が魔法猫になりかけているという話は聞いていた。だけど猫をストレーガ導師が追い出したと聞いた。


 だけど。


「じゃあね。ぼくもすきなところへいくよ」


 とっ、と王女は窓の外に身を躍らせた。


 慌てて王と重臣たちが窓へ走る。


 下を見下ろすが、そこにはない。


 ふと地面に映った影に見上げれば、一匹の猫がマントを翻して飛んでいくところだった。

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