第37話・あなたがそういうのなら

 ジレフールが眠りに落ちたのを確認して、ヴィエーディアはベッドの周囲に結界を張る。これからは大人の話し合いの時間。それに子供の眠りをさまたげてはならない。


「さて」


 ヴィエーディアが口火を切った。


「早速だけど、この後の身の振り方を考えないといけないネ」


「私は、姫と王子……いえ、ジレフール様とエルアミル様に、これまで通りお仕えいたします」


 プロムスの言葉に、セルヴァントも頷く。


「といっても、もう給金も払ってやれないどころか、生きる金を自分たちで稼がなければならないんだぞ? ……ヴィエーディア殿が召使の解雇を言い渡した時に離れてくれれば、せめて退職金を払ってやれたのに」


「エルアミル様、私はただ主君に従うだけの者ではありません」


 プロムスは薄い笑みを浮かべた。


「主君を盛り立てるのも執事の仕事、そして今の主君はレクス王ではなくエルアミル様とジレフール様。エルアミル様が働くすべを探すというなら御力になります」


「わたしも、洗濯、家事、料理、いくらでもできますよ。どこかの家の召使になれば、お二人を養うくらいのお金は稼げますわ」


「セルヴァントにそこまで頼ってしまったら、王族を離れた意味がないだろう。僕が働ける仕事があれば、プロムス、教えてくれ」


 あちゃーという顔をするヴィエーディア。


「……ヴィエーディア殿?」


「自分の能力と働ける先くらい考えてから家出しましょーやエルアミル様」


「……いや、面目めんぼくない、魔法猫には乗れ、ということわざを文字通り取って、アルプ殿の言われるままに進んだら王家を捨てることになったので」


「確かに魔法猫の誘いに乗ったんだけどねェ」


「でも、胸が躍る」


 エルアミルの目が輝いていた。


「ヴィエーディア殿、どうかいろいろご指導願いたい。もちろんフィーリア様のご許可を得て、フィーリア様が行くところを決めるまででいいので……」


「しょうがないねェ」


 フィーリア様? とヴィエーディアが視線を向けると、フィーリアは苦笑した。


「確かに、最初から薬師として身を立てるつもりだったわたくしと違って、エルアミル様とジレフール様はアルプ様の起こした風に乗っただけですものね。それに、この屋敷には調合室がありますもの、しばらくはこの屋敷を拠点にするつもりでおりました。可愛らしい妹も寂しがるでしょうしね」


「フィーリア様……」


「ああ、誤解はなさらないでくださいましね。エルアミル様と夫婦になるとか、そういうことはまだ考えておりませんもの。とりあえず拠点となる場所が必要で、この屋敷は拠点とするにはちょうどいいと思ったからですわ」


「ありがとう、それだけで十分だ」


「なら、冒険者になりますかネ」


 一瞬、エルアミル王子の目が輝いたように見えた。


「お? エルアミル様興味津々という顔ですナ。冒険者は王族の憧れ?」


「己の力で身を立てて場合によっては国すら作るという、男児の本懐ほんかいだよ」


「残念ながら、そこまで夢のある職業でもありませんナ」


 ヴィエーディアは肩をすくめて首を横に振る。


「各ギルドや貴族の依頼を受けて、地べた這いつくばって依頼品を探して持って帰る。見る目がなければぼったくられ……失敬、大損することになりますヨ」


「ヴィエーディア殿は元冒険者だったというのは本当かい?」


「ええ、本当ですわ」


 ヴィエーディアの代わりにフィーリアが答えた。


「わたくしの欲しかった青石の欠片、冒険者ギルドに依頼を出した三日後に、単独行動ソロの冒険者が持ち帰ったと聞いて直接会いに行った。その冒険者がヴィエーディアで、ヴィエーディアは青石の欠片と同時に魔法力も差し出してきて、わたくしはそれを受け取った。それ以来の付き合いですわ」


「なんと……」


 憧れの目がヴィエーディアに向けられる。


若気わかげ! 若気の至り!」


「あら。ヴィエーディアは有名でしたのよ。単独行動を旨とするのに、興味を持った遺跡やダンジョンにどんどん潜っていくって。その癖生きて帰ってくるからついた綽名あだなが「レグニムの不死身の変人」だったんですもの」


「……「不死身の変人」って言えば僕でも知っている……変わり者だけど超一級と呼ばれる冒険者じゃないか……」


「私も存じております。幾度かブールまで遠征してきた冒険者でございますね。腕前が一級で、収める品も一級品だったと記憶しています」


「やめとくれ、若い頃の勢い任せだ。今のあたしはフィーリア様のお付きサ」


「でもディア、あなた、わたくしが出奔したらついてきて冒険者を再開すると言っていたじゃない。冒険者ならどんな場所に行ってどんな素材をとっても不審に思われないって」


「いや、言った、言いました、けど、ネ?」


「ご指導お願いします、ヴィエーディア殿!」


「いつの間に決まってたんだィ?」


不躾ぶしつけながら私も……」


「執事まで?」


「剣の心得と回復・防御魔法の心得がございます」


「いや、剣が使えようと魔法が使えようと、冒険者に向いているのと向いてないのとがネ? ……あ~まあいいヤ」


 ヴィエーディアは大きく息を吐いた。


「レイモーン草原で基礎中の基礎から教えなきゃ死んじまうネこりゃ。だけど、我が主が……」


「構わないわよ」


「早ッ?!」


「仲間に冒険者がいれば魔法薬の材料も集まるし。わたくしとセルヴァントさんとジレフールで、魔法薬を作りながら帰りを待つこともできるわ」


「はあ……」


 ヴィエーディアは肩を落とした。


「フィーリア様がそう仰るなら」

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