第36話・そらからみおろせば
呆然と立ち尽くすブール国王と騎士団と家臣たちを見て、屋敷の中では笑い声が響いていた。
「ヴィエーディアお姉ちゃん、カッコいい!」
ジレフールが涙を浮かべたまま、だけど笑顔で拍手を送っていた。
ヴィエーディアがブールの国王に切った
「ディア、ディア、あなた、いつかわたくしのお父様に言おうと思っていたのでしょう?」
「いやー言おう言おういつ言おう何処で言おうと迷ってたんですけどねェ、ここで言わなきゃあたしじゃない、と。すっきりしたわァ」
壁の一角、ブールの一団が呆然と立ち尽くし、ストレーガが歯噛みするのが見える。
彼らからすれば、空を飛んだ屋敷は飛んだばかりか転移までしたと見えるだろう。しかし違う。さすがの魔法猫も屋敷ごと転移は難しいし負担も大きい。ただ、……見えなくなっただけ。透明化の魔法を使ったのだ。
だから実際は、それほど移動していない。せいぜいが馬の倍の速度だ。
「小さい……じゃなかったな、もう。ジレフール嬢ちゃん、窓を開けてみるかィ?」
一面は魔法で外の世界を映し出すが、別の壁は窓で、普通に外が見える。
よいしょ、とベッドを降りようとするジレフールを、エルアミルが抱き上げて窓を見せる。
ジレフールは窓を押した。
音もなく窓が外に向かって開き、エルアミルはジレフールをもう少し高く抱き、窓を見下ろせるようにする。
フィーリアも、プロムスもセルヴァントも窓から身を乗り出して見下ろす。
圧倒的な景色。
荒れ地が眼下に広がり、その上空を移動しているのがわかる。透明化の魔法で地面に影は映らないけど、ああここを移動しているんだなあと分かる。
「窓を開けて、影や姿が見えたりとかはしないのかい?」
エルアミルの純粋な疑問に、ようやく笑いの止まったヴィエーディアが手をひらひらさせた。
「だいじょぶだいじょぶ。透明化の範囲は広いんだ。クビナガウマが首を全部出せば空中に浮いて見えるだろうけど、手を伸ばす程度なら欠片ほども見えないヨ」
「そんなに動いてないのに、風が冷たくて気持ちいいね!」
「そらはね、たかければたかいほどさむいんだよ」
部屋の真ん中の机、富士の籠の中に収まっているアルプが言う。
「何故だろうね? 高ければ高いほど太陽に近づくのに」
「ぼくのおかあさんがいってたけど、たいようのひかりがじめんからはねかえるとねつがでるんだって。だから、じめんからはなれればはなれるほどはねかえるばしょがとおくなるからさむいんだって」
「地面を温めるのは太陽が燃えている熱ではないということかしら?」
「うん。じめんにぶつかってあったかくなるんだって」
「へえ。そんな理屈かィ。人間の魔法使いは空高く飛ぶことなんてないから考えてもなかったねェ」
大人たちが高いと寒い理屈に感心している間も、ジレフールはわーわー言いながら見下ろしている。
「寒いんだったら、あまり高くは飛べないかィ?」
「あ、それだいじょうぶ。ヴィエーディアさんのけっかいをもうちょっとつよくすれば、あったかいくうきでここをまもることできる」
「あたしが作っておいてなんだけど、御猫様は至れり尽くせりだねェ」
たかいところだとくうきもうすくなるけどだいじょうぶだよ、と言われ、再び首を傾げるヴィエーディア。
「空気が薄くなる?」
「うん。たかくとびすぎると、さむいだけじゃなくていきをしてるのにいきしたりなくなるんだ。それがくうきがうすいっておかあさんいってた」
「はあ~……。それも知らなかったねェ。魔法猫の学問はすごいねェ」
「がくもんじゃないよ。おかあさんがおしえてくれただけ」
で、とアルプは聞いた。
「どこまでいくの?」
「北に馬で三日、レイモーン草原。……わかるかィ?」
「うん、だいじょうぶ。もうすこしはやくすすむから、あしたにはつくよ」
「ほら、ジレフール。そろそろベッドに入りなさい」
「ええ?」
唇を尖らせるジレフールにフィーリアが笑う。
「安心なさいな。これは全部現実。夢じゃありませんもの。目が覚めたら、まだ空を飛んでいるか、それとも草原についているか。どちらがいい?」
「どっちでも!」
まだいささか病み衰えている様子は見えても、年相応の言動ができるほどには元気になってきたジレフールに、エルアミルは笑ってベッドの上にジレフールをおろした。
「ほら、今日の分のお薬ですわ。これを飲んで、ちゃんと体を休めなさいな。この薬が全部なくなる頃には、あなたは草原を駆け回れるほどになっているはずですわ」
「うん! ありがとう、フィーリア姫……えっと……」
王位継承権を放棄したのだ、とジレフールは精一杯フィーリアの呼称を探す。
「お姉ちゃん、でいいんじゃないのかィ?」
「ディアさん?」
「お互い裏あり望まない婚約ではあったけど、もしかしたらフィーリア姫……もといフィーリア様の妹になられていたかもしれないし、それに本当の家族じゃなくても年上の女性を姉呼びすることもあるんだし、フィーリア様もそんなことでかしこまれるのは嫌でしょう?」
「そうね。じゃあ、わたくしもジレフールと呼ぶわ」
「えっと……フィーリア、お姉ちゃん?」
「なぁに? ジレフール」
「……薬が終わるまでは、一緒にいてね」
「……もちろん」
フィーリアの薬品をいじって荒れた手が、そっとジレフールの額をなでた。
「おやすみなさい」
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