第38話・ゆめさきあんないにん
「ねえ」
それまで籠の中で黙っていたアルプが声を上げた。
「みんなのゆめは、ぼうけんしゃ、でいいの?」
「わたくしは魔法薬師ですけれど」
フィーリアが唇に指を当てて考え込んだ。
「エルアミル様が冒険者として身を立てるのであれば、わたくしも依頼することができますし……」
「ヴィエーディアさんがいないときのこと、かんがえてる?」
「ええ。……本当に心が読めますのね」
「いまのはこころをよんだんじゃないよ。ちょっとしんぱいそうだったから、だいじなヴィエーディアさんがいなくなったらこまるなあ、とかおもったのかな、って」
「ダメですわねぇ、わたくしも」
フィーリアが苦笑した。
「考えていることが顔に出る、とディアに言われたことがありますの。何かを企むのならその顔を何とかしろ、と」
「やだなァ、覚えてらしたんですかィ」
「ええ。わたくしの処世術の先生はディアだと思っているから」
「処世術っていうか面倒ごとに巻き込まれないコツ程度ですヨ」
「おうじょさま、……じゃなかった、フィーリアさんがしんぱいだっていうなら、そうげんについたら、ちょっとおまもりつくるね」
「お守り? 魔法猫はそんなものも作れるのかィ? 魔法道具は人間にしか作れないって言ってたじゃないかィ」
「にんげんのまほうどうぐは、ほかからまほうりょくをもってきて、どうぐでそのながれをきめるの。まほうねこのおまもりは、まほうねこのきんのハートをかためてつくるの。だから、ぜんぜんちがうの」
「ふゥン。
「たぶん、そう」
「で、お守りって、どのような?」
「それはないしょ」
アルプは笑う。
「でも、みんなに、ちゃんと、おまもり、つくるから」
「無理しなくてもいいんですのよ?」
「ううん。ぼくがつくりたいから」
空を飛んでいる間は無理だけど、とアルプは付け加えた。
「空飛ばしてくれてる時点であたしら相当感謝してるヨ? 無茶だけはしないでおくれ」
「うん。むりしてないよ。それに、ここにいると、みんなのこころがはいってくるんだ。ありがとう、ありがとうって」
だから大丈夫、とアルプは尻尾を立てた。
「本当にかィ? だったらいいんだけど……無理させている自覚は一応あるんだからネ、無茶だけはするんじゃないヨ?」
「うん、だいじょうぶ!」
ヴィエーディアの心配そうな声に、アルプは元気よく返事する。
屋敷は北へ向かい、追手は追う手段もなく。
拘束から逃れるための旅は、続く。
◇ ◇ ◇
ゆっくりと、屋敷が降下していき。
かすかな振動と共に、着地した。
「ジレ」
エルアミルが妹を揺すった。
「着いたよ」
しばらくうとうとしていたジレフールだったが、着いた、の一声で、半身を跳ね起こした。
「ほら」
ジレフールの近くの窓を開ける。
「うわあ……」
ジレフールの歓声が上がった。
「すごい! すごいすごーい!」
一面の草原。遠くに森が見え、草食の獣がゆっくりと草を
そのなだらかな斜面の平らなところに、屋敷は着地していた。
「食料保存庫も家畜も持ってきているから、一ヶ月くらいはもつだロ」
「ええ。充分もちますわ。もたせてみせますとも!」
セルヴァントが請け負う。
「で? 得物と防具は持ってきているのかィ」
「ああ、手放さないでいるからね」
「ジレフール様をお守りするためにいつでも所持しております」
「なら、あの森まで行ってみるかィ?」
ヴィエーディアは人の悪い笑みを浮かべた。
「あたしがこのレイモーン草原を選んだのは、この草原地帯が安全なのと、……あの森は魔物が棲んでいるからサ」
「え?」
一瞬エルアミルが
「あと、近くの街にあの森の魔物を目当てに冒険者ギルドがある。冒険者登録して、魔物を狩り、ここへ戻ってくる。冒険者の練習にもいいし、ジレフール嬢ちゃんの体にも
「非常に良い場所かと、ヴィエーディア様」
「魔物の森……魔物は襲ってはこないのですか?」
「だいじょうぶだよ」
セルヴァントにアルプが請け合う。
「このおやしきはせいいきになってるから、まものはちかづいてこない。はいれない」
「本当に? 本当ですね? 本当でございますね?」
「ほんとうだよ」
しつこいくらいまでに念押しするセルヴァントに、アルプは尻尾をぶらんぶらんさせた。
「だいじょうぶだって。しっぽをかけてもいいよ?」
尻尾は魔法猫の誇り。尻尾を懸けるというのは人間の「神に誓って」「命に懸けて」に近い意味になるのだ。
「し、失礼いたしました……」
セルヴァントが恩人であるアルプへの物言いが……と慌てて頭を下げる。
「おこってないよ。まほうのつかえないにんげんはまものをたおすのたいへんだもんね。だいじょうぶ。このけっかいはまものも、わるいにんげんもちかづけないよ。ていうか、ぼくかヴィエーディアさんのどっちかがいいっていったあいてじゃないとはいれない」
「さすがですねえ……」
さっきまで魔物の襲来を恐れていたセルヴァントが感心したように呟いた。
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