第39話・いきていく、ということ
ヴィエーディアがエルアミルとプロムスを連れて出て行って、フィーリアはふぅと息を吐いた。
「ジレフール、あなたはちゃんとベッドで大人しくしているのよ? あなたの体はまだ外を走り回れるほどにはなっていないのですからね。無理をすればその分草原で走れなくなるのですからね」
「はぁい」
ちょっと唇を尖らせながらもジレフールはベッドに入った。自分の弱さを理解しているのだろう、子供らしく「大丈夫!」などとは言わなかった。
そのまま寝息を立ててしまう。
「では、わたしはお食事の準備をいたしましょう。フィーリア様は何を?」
「回復用のポーションを作っておこうと思って。ディアが一緒だから大丈夫だとは思うのですけれど、やはり城での訓練と魔物相手の冒険は全然違うと聞いていますので……」
「そうですわね、冒険者はケガしていくら、という商売だと言いますからね……まさかエルアミル様が冒険者にあこがれているとは」
「王位継承権や当主争いに興味のない王族貴族が選ぶのが、冒険者ですもの」
くすっとフィーリアは笑った。
「身分関係なく就けるし稼げる。事によっては自分の王国を……とも思うのでしょうね、男の方は」
最も冒険者が王国を作ったなど、最後の例が五十年ほど前になるのだが。
それでもやはり己の手で己の国を、そこまでいかなくても自分の力で自分の名を上げるという、夢と憧れが、冒険者にはあるのだ。
……その実態が貴族や神殿の名誉の為に地べたを這いつくばる下働きだったとしても。
「エルアミルさんはくにがほしいのかなあ」
「……少し違うと思いますわね。多分、自分の力で生きていけるようになろうと思っているのでしょう」
よくしってるんだね、というアルプの言葉に、一応とはいえ元婚約者でしたからとフィーリアは返す。
「アルプさんにはジレフールを見ていてくださいます?」
「うん。おまもりつくりながらみてるね」
「……ディアも言っていたけれど、無理だけはしないでくださいね? 屋敷を飛ばせる動力源として相当魔法力を使ったはずなんですから」
「だいじょうぶだよ」
フィーリアは調合室に入り、セルヴァントは台所に向かい、アルプは富士の籠の中で何やらムニュムニュとやり始めた。
◇ ◇ ◇
「ハイハイ、体力な~い」
ぐったりしているエルアミルとプロムスを見下ろして、ヴィエーディアは呆れたように呟いた。
「ただ森を歩いただけだヨ? ろくすっぽ戦いすらしていないのに、なんでそこまでヘロヘロなんですかネ」
「も……森を歩くのにこれだけ体力を使うとは……」
「冒険者なる仕事を少々甘く見ておりましたな……」
「まったく、情けない男どもだねェ」
ヴィエーディアはクリスタルの瓶を取り出す。
「ホレ、フィーリア様の心付けだ、ありがたく受け取るんだヨ?」
「あ、ありがたく……」
世界有数の魔法薬師の作った気力体力回復の魔法薬を、男二人はありがたく受け取る。
二人が飲んでいる間、ヴィエーディアはゆっくりと視線を巡らせる。
「魔物がいるネ」
「魔物」
男二人が緊張する。
「大したヤツじゃないネ、体力が回復したなら、戦ってみるかィ?」
「よし」
「では」
「言っとくけど、宮廷での決闘なんかと一緒にしちゃいけないヨ。生きるための戦いなんだからネ。敵は常に卑怯な手を使ってくると思い、相手の先手を打つようにしないと」
「はいっ」
「承知しました」
ヴィエーディアが指した方向に向かって、エルアミルとプロムスは剣を構える。
「よし……出すヨッ」
パン、と光が弾けて、金切り声を上げながら茂みからゴブリンが出てきた。
一体だけ。
「あぶれゴブリンさネ、仲間が襲ってくることもない。デビュー戦にはちょうどだロ、やりな!」
エルアミルが剣を構えて突っ込む。一歩遅れてプロムスが続く。
「ぎゃあ! ぎゃあ!」
「はあっ!」
振り下ろしたエルアミルの剣に、ゴブリンは咄嗟に後ろに飛ぶ。剣が空を切る。
「卑怯なっ」
「その程度で卑怯って言ってたら冒険者にはなれないヨ! 敵に攻撃が当たらないのは自分の腕が悪い証!」
「も、申し訳ない!」
その隙にプロムスが突剣でゴブリンの喉を貫いた。
「ぎぃぃぃぃ……」
「エルアミル様、とどめをっ」
喉を貫かれても暴れるゴブリンを、突剣が抜けず抑えるのに苦労しているプロムスが叫んだ。
「よ、よしっ」
エルアミルの、きちんと訓練を受けたお手本のような一閃でゴブリンの首が飛ぶ。
プロムスが飛んだ首から剣を抜いてほっと息を吐いた。
「よし、倒した!」
満足げにエルアミルは笑う。
「三〇点」
ヴィエーディアの評価は容赦ない。
「なったばかりの冒険者でもあの程度は倒せるヨ。それこそ、
「と、十?」
「あたしが冒険者になったのは十二の時だった」
平然とヴィエーディアは言う。
「魔法を使わなくても、石かなんかで殴り倒せる程度の魔物で喜んだらいけないヨ」
「石で殴り倒したのですか?」
プロムスの言葉に、ヴィエーディアは平然と答えた。
「魔法力がもったいなかったからネ」
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