第40話・ゆめとげんじつ

 エルアミルとプロムスは、ヴィエーディアの助言を受けながら森を魔物を討伐しながら歩いていた。


「ったく、あたしがいなかったらどうなっていたことやら」


 ヴィエーディアが溜息をつく。


「申し訳ない、感謝する、ヴィエーディア殿」


「ヴィエーディア様がいなかったら、逃げ帰るか、最悪、しかばねが二つ転がっておりましたな」


「ヴィエーディア殿は最初の冒険はなんでしたか?」


「あたしィ? ……そうさねェ。あんたらと大して変わらないよ。森に行って魔物を討伐。まあ単独行動ソロだったけど」


「単独行動!?」


「ヴィエーディア様が十二の時に冒険者になったと伺っておりましたが……まさか初仕事から単独行動だったとは……」


「誰かと一緒ってのはしょうに合わなかったからねェ。そんな強いのが出る森じゃなかったし、魔法を使わなくても倒せる程度の敵すらいなかったし」


「はあ……」


 男二人が尊敬の目線でヴィエーディアを見る。


「十二で冒険者……その前は?」


「メソンの学校で勉強してたけど退屈で辞めた」


「メソン……というと、メソン公国?」


「学校とは、メソン公立魔法学問校では?!」


「まあ、そうとも言う」


 絶句した男二人。


 メソン公国とは大陸中央に位置する世界最大の国で、特に魔法の研究がトップクラス。その国が作った、魔法を志す者の最高峰が魔法学問校。世界中を回るスカウトが目を止めて、子供を引き取って魔法を教え込むのだ。


「十二で冒険者……ということは、ご実家を離れられたのは」


「五歳だったかねェ。もう親の顔も忘れちまったヨ」


「そ、そんな幼くして学問校の目に留まるなんて……」


「どれだけの才能の持ち主か……それが冒険者なんて……未来は拓けていたでしょうに……」


「あんたら、国を離れたこと、後悔してるかィ?」


「え? まさか」


「そういうことだヨ。あたしには学問校は興味なかった。魔法が使えるようになったのは面白かったけど、それを強制されるのが嫌だった。だから勉強しながら金貯めて、十二の時学問校からとんずらした。冒険者があたしに向いてると思ったからネ」


「そしてデビューから単独行動か……」


「相当冒険者に向いていたのですな」


「ほれ、あたしの過去話はいいから、次行く次。この森は初心者クラス、子供でも来れるほどなんだからネ!」


「はっ、はい!」


「畏まりました」



     ◇     ◇     ◇



 ジレフールが目を覚ましたのは、陽が西に差し掛かった頃だった。


「ん……」


「おはよう、ジレフールさま。からだのぐあいはどう?」


 黒猫が覗き込んできて、ジレフールはそれがこうしてくれた魔法猫アルプだとわかって、笑顔を浮かべる。


「うん、昨日より元気。ずっと、昨日より元気になってるんだよ」


「うん、フィーリアさまのおくすりがきいてるんだね」


「おはようございます、ジレフール様」


 夕食の仕込みをしていたセルヴァントが、声を聴いて顔を出す。


「お姉ちゃんは……?」


「あら、目が覚めた?」


 調合室から手を拭いながら出てきたフィーリアは、荒れた手でジレフールの額に触れた。


「熱もないようですわね。よかった」


「お兄様は?」


「さっき連絡が来て、もうそろそろ帰ると言っていましたわね。ベッドと魔法薬の準備をしておいてくれと言われましたけれど、……相当しごかれたんでしょうね」


 苦笑交じりに言うフィーリアに、セルヴァントは指をわきわきさせる。


「マッサージが必要ですね?」


「絶対にいるようでしたわね」


「ふふ……この手の働きを久々に思い出せそうです……」


「セルヴァントはね、マッサージ得意なんだよ」


「存分にもんで構わないでしょうかね」


「いいのではありませんか? 多分動けなくなっているでしょうから、存分に」


「今帰ったヨー」


 のんびりとした声と同時に、扉が開いた。


「ディア」


「まったく、冒険者志望が聞いて呆れるヨ。半日森の中歩いて魔物退治しただけでこれじゃあねェ」


「ディア、お二人は?」


 チラッとヴィエーディアは背後を見る。


 セルヴァントが外を見ると、空飛ぶ絨毯の上に、ぐったり横になっている男二人。


「あらあら」


「男ども! ついたヨ! 起きな!」


「か……らだが……つって……」


「面目ない……エルアミル……様を、お守り、する、はずが……体が……動かず……」


「凝っているのですね? 全身が筋肉痛で凝りもあるのですね?」


「セルヴァント……?」


「セルヴァント、お手柔らかに……」


 プロムスがそう言うのを聞いていたのかいないのか、セルヴァントは絨毯の上によじ登ると、エルアミルの腕の辺りをぐりっとする。


「痛い!」


「ここでもんでおかないと、明日動けませんよ! それっ!」


 バキボキボキッと壮絶な音がする。


 エルアミルは口を開け閉めするが、悲鳴か絶叫かは声にならなかった。


「すごいおとするね。ほねがおれてるのかな」


「あれはマッサージで、ずれた関節などを元の位置に戻すのですから、骨は折れておりませんわ」


「そうなんだ」


 かなりの荒業なマッサージをエルアミルに、そしてプロムスにし終えると、セルヴァントは鼻歌を歌いながら台所へと戻っていった。


「……うごける?」


「……多少は」


「動けるんなら降りナ!」


 ヴィエーディアは絨毯を巻き取って、男二人を床の上に落とした。


「まったくもう、あの程度で冒険者を志すんじゃないヨ。嬢ちゃんが動けるようになるのが先か、あんたらが少なくとも駆け出しと言われるところまで行けるのが先か、勝負ができるねェ」

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