第41話・いがいと

 何とか食事を終え、そのまま机に突っ伏したエルアミルとプロムスを見て、フィーリアは苦笑する。


「夢と現実の差、ということかしら?」


「自分への過信も挙げられますネ」


 ヴィエーディアはやれやれと言った顔で、まずエルアミルを引き起こした。そのままエルアミルの部屋まで連れていく。


「執事さんは大丈夫かネ?」


「なんとか……ベッドまでは行けると思います」


「なるほど、エルアミルより体力はある訳ダ」


「すみませんが……失礼して……」


 よろ、よろと覚束おぼつかない足取りでプロムスは部屋を出ていく。


「ディアおねえちゃん、すごい! 兄さまを持ち上げるだなんて!」


「嬢ちゃんも体治して鍛えればこれっくらいできるようになるサ」


「わたしも兄さま、持ち上げる!」


「はっは、頑張れ頑張れ」


 笑ってヴィエーディアは残っていたパンを口に運び、ふっとフィーリアに視線を向けた。


「姫さ……もとい、お嬢様の脱走を思い出しますねェ」


「ええ、そうだったわね」


 フィーリアも懐かしそうに笑う。


「わたくしを逃がすために、あなたが派手な爆発魔法を使ったのよね」


「ええ、ええ、城下で派手にやらかしましたとも。ただ、破壊魔法じゃありませんでしたがネ」


「あら、それは知らなかったわ」


「光と音は派手ですがネ、それだけですヨ。お嬢様の評判をお付きのあたしが落とすわけにはいかないでしょう?」


「ディア、あなた、ちち……国王に捕まってひどく尋問されたのでしょう。だからわたくしてっきりあなたが誰かを傷つけたと……」


「全然全然。もし魔法で人を傷つけたら、いくらお嬢様のお付きといえど罰は免れませんて。一人のケガ人もいなかったから宮廷魔法使いとして城に居残れたのであって」


「あの商売人……」


 フィーリアが低い声で呟いた。


「その様子じゃあの親父、あたしが悪事を働いたとでも言ったんですナ」


「薬でも盛ってやればよかった……っ!」


「国王なんてそんなものですよ」


 セルヴァントがデザートの焼きプリンを持ってきながら言った。


「自分の都合のいいように話を聞き、動き、実行する。どの国のどんな国王もそんなものですよ、フィーリア様」


「ありがとうセルヴァントさん。あら……このプリン美味しい」


「そう言っていただけると光栄ですわ」


 ジレフールが病人食しか食べられなかったので、腕の振るいようがなかったセルヴァントも、フィーリアたちが来てから大喜びで美味しいものを作っている。ジレフールも少しずつ食べられるようになって更に腕の振るい甲斐ができたらしい。いつも笑顔だ。


 一方フィーリアも塔に幽閉されている間冷め切った食事しか与えられていなかったので、脂滴る肉や湯気の上がったスープなど実に久しぶりで、かなり喜んでいた。


「フィーリアお姉ちゃん、わたし、もっと元気になれる? そういうのも、食べられるようになる?」


「もちろんですわ。お薬をちゃんと最後まで飲めば。アルプさんの金のハートが入ったお薬ですもの、絶対に元気になれますわ」


「アルプさん、ありがとう!」


「ううん、ぼくはなにもしてないもん。フィーリアさまとヴィエーディアさんががんばったから。ぼくはおてつだいしただけだからさ」


 それまでムニムニと藤の籠の絹の上で何かこねていたアルプが顔を上げて返事した。


「アルプさん、何を……」


 一生懸命籠の中で前足をムニムニムニムニしているアルプにフィーリアが聞く。


「おまもりつくり」


「何をこねてるんだィ?」


ヴィエーディアも興味津々という顔でのぞき込む。


「ないしょ」


「教えとくれヨ。……何もないネ」


「にんげんにはみえないよ」


「残念だねェ」


 ヴィエーディアは顔をひっこめた。


「それで、ディア」


 フィーリアがプリンを食べ終えて、ヴィエーディアを見た。


「エルアミル様は冒険者になれそう?」


「常識からひっくり返さないとダメですねェ」


 スプーンを行儀悪く振りながら、ヴィエーディアは数える。


「体力なし、一般常識なし、冒険者としての常識も知識もなし。本当、一から教えないとダメですワ。冒険者に憧れたなら知識くらい持ってろっつーに……もっとも本人も今回の事件がなければ叶わぬ夢と思っていたから仕方ないんでしょーがネ……」


「ディアは志したのは十の時って言っていたわね。十二でデビュー……二年間は何をしていたの?」


「授業すっぽかして冒険者の酒場とかに顔出して、どんな冒険してるか聞いて、小銭稼いで資金貯めて……それから体力作りに学校の周りを走ったりもしてましたねェ」


「二年かけて準備したの」


「そうですヨ」


「ディアお姉ちゃんすごいねえ」


「やりたいことが決まったら、きっちり準備する性質たちでしてねェ。変人なのに準備は常識人ってよく揶揄からかわれましたワ」


 まあ、でも、とヴィエーディアは続ける。


「きちんと前準備をしてこそ無茶ができるってもんですヨ。あたしは変人とは言われてますけど、最終的に結果が大きくなるだけで、その前は特に変わったことはしてません」


「そうよね。確かにやることは変わってるけど、その準備は真面目だったわよね」


「まあ変人と呼ばれているほうが何かやってても「またか」で終わるんで、その点楽だったんスけどねェ」


 スプーンをくるりと回して、不敵にヴィエーディアは笑った。

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