第42話・おまもり

 延々ムニムニしているアルプを気にしながらもフィーリアは食事を終えると、いったん調合室に戻って、話すことは終わったと黙々食べていたヴィエーディアの前にクリスタルの瓶を並べた。


「おや、作ったんですかィ」


「そうよ。エルアミル様とかつてのわたくしが一緒なら、多分苦労すると思って。前に持たせた分、当然使い果たしたんでしょう?」


「ええ。しかも、早々にネ」


 ヴィエーディアは苦く笑う。


「本当、あの森にいる程度の魔物を二人で倒せなかったらヤバイんですが。エルアミル様は魔物に「卑怯な」なんて叫んでたし」


「で? 元冒険者のあなたからして、お二人に素質はあるのかしら? 冒険者として生きていくだけの素質は」


「まあ、ないとは言いませんがネ」


 ヴィエーディアはプリンをすくいながら、眉間にしわを寄せる。


「基礎体力がないのは今から鍛えればイイ。執事さんはそれなりに体力がありそうだし、エルアミル様は今から鍛えても遅くはない。知識と判断力は、森行きを繰り返せばよっぽど頭が悪くない限り覚えられるでしョ。後は応用……これだけはあたしには教えられませン。自分で考えるしかないんですヨ」


「できたあ」


 むくりと起き上がったアルプに、フィーリアとヴィエーディアの視線が向く。


「できたって、お守りとやらかィ?」


「うん。ぼくもちからになりたくて」


 笑ってアルプは籠の中で伸びをする。


「一体何を作ったんだィ?」


「これ」


 アルプは前足でヴィエーディアの腕を押した。


「うお?」


 ヴィエーディアは一瞬揺らいだ。


 腕に押し付けられた肉球から伝わってくる力。力。力!


 ヴィエーディアは一瞬力に意識を持っていかれそうになって、机の端を握りしめることで耐える。


 凄まじいまでの魔法力の奔流を、ヴィエーディアは深呼吸して魔法力の流れを整え、抑え、暴走を食い止めた。


 息を吐いて、椅子に座りこむ。


「御猫様……」


 ヴィエーディアはさっきより厳しい顔でアルプを見た。


「こんなもん、魔法力のない人間に流したら、死んじまうヨ」


「だいじょうぶ。それはヴィエーディアさんだけだから」


「あたしだけ?」


「うん。ひとりにひとつずつつくったんだ。からだのちからをときはなつちから。だけど、からだにむりがかからないようにしたんだよ。ヴィエーディアさんはもともとからだのちからもまほうりょくのちからもおおきくてまだまだもってたから、それをひきだしたんだ」


「あたしの魔法力を引き出した?」


「うん、そのうつわになれるようからだもきょうかした」


「御猫様」


「これならエルアミルさまとプロムスさんもちからがおおきくなるから、ぼうけんしゃやりやすいよね! ジレフールさまはフィーリアさまのおくすりでからだがととのってからになるけど……」


「わたくしにもあるの? わたくし、体力の方はあんまりいらないんですけど」


「うん。だから、くすりのざいりょうとかをみるとこうかとかがわかるようにした」


「まさか、スキル【鑑定】? そんなスキルを与えることができるのかしら?」


「もともとフィーリアさまにはそしつがあったから。ねむっているちからをよびおこすきっかけだから」


 それでねそれでねと嬉しそうに続けるアルプに、ヴィエーディアは一瞬何か言おうとした。


 だけど、アルプと目が合って、嬉しそうなアルプを見て、ヴィエーディアは苦い薬を飲んだ時のように顔を歪めて顔をそむけた。


 そして、ヴィエーディアが「今のエルアミルとプロムスに身体能力を引き出す力を使うと筋肉痛がひどくなって動けなくなる」と忠告されたアルプは、それもそうだと頷いて、明日か明後日渡すことになった。


「フィーリアさまはいつにする?」


「明日でいいですわ。わたくし、今日は魔法薬を作ってちょっと疲れていますから。ヴィエーディアの様子を見ると体に負荷がかかりそうですし」


「うん、ちょっとかかるね」


「じゃあ、体調のいい時に【鑑定】をいただけます?」


「うん!」


 セルヴァントさんにもあるからね、といい笑顔をして、アルプは欠伸した。


「屋敷を飛ばした後、わたくしたちの力を引き出すような魔法力を使ったなら、きっと疲れているでしょう。おやすみなさいな」


「そうだね。あしたわたすことにする。おやすみなさい……」


 幸せそうに笑って、アルプは今度は丸くなって眠った。


「【鑑定】がわたくしの内に眠っているだなんて……」


 フィーリアは自分の両手を見て呟いた。


「多分、潜在的に使ってらしたんじゃないですかネ」


 食後の紅茶をティースプーンで行儀悪くカチャカチャ言わせて、ヴィエーディアは呟いた。


「なんとなく、この症状にはこの薬草、とかって選び方をしてらしたでしょう。多分、【鑑定】ほど具体的には分からないけど、お嬢様はそれだけで魔法薬を作ってらしたんですから」


「【鑑定】があればもっと薬を作れるわ」


 嬉しそうにフィーリアは笑った。


「効く薬を、必要とする色んな人に作ってあげられる」


「エルアミル様とプロムスも、体力が上がれば冒険者らしくなれるんじゃないですか?」


 セルヴァントも楽しそうに言った。


「……あたしャ寝ますワ。お嬢様も早めに休んだほうがよろしいと思いますヨ。お疲れでしょうから」


 欠伸をしながらヴィエーディアは部屋を出ていく。


「そうね……さすがに疲れたわね」


 フィーリアも頷いて立ち上がり、セルヴァントは食器を片付け始めた。



 そして、深夜……。

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