第43話・つげられたことば
アルプは人の気配で目を覚ました。
同じ部屋にいるのはジレフール。だけど彼女は眠っている。
気配から、アルプには相手が誰かわかっていた。
きぃ、とドアが開き、次の瞬間、ジレフールのベッドに結界が張られる。
次に、部屋全体に。
「……ヴィエーディアさん?」
小さな魔法の灯を持ったヴィエーディアが、そっと入ってきた。
「どうしたの?」
「どうしても話しておきたいことがあってネ」
ヴィエーディアはこれまでに見たことがないほど真剣な顔をしていた。
「話?」
「そ」
ヴィエーディアはアルプのいる机の横の椅子に座った。
「御猫様……いや、アルプ」
言い直されて、アルプの
「あんた、自由な魔法猫なんだロ? そろそろ行ったほうがいいんじゃないかィ?」
「え?」
アルプの目が丸くなる。
「どういう……」
「あんたは別の誰かのところに行ったほうがいい」
苦い顔をして、ヴィエーディアは告げた。
「なんで……」
「わからないかィ?」
「ぼく、なにかわるいことした? ヴィーディアさんをおこらせた?」
「怒っちゃいないヨ。あたしにまだ眠っている力があるってことをわからせてもらえたことは感謝する。屋敷ごと逃げられたのもあんたのおかげだ。それはちゃあんと知っている。ただ……」
魔法の灯で光る金色の瞳に、ヴィエーディアの真剣な顔が映る。
「これ以上は、フィーリア様やエルアミル様の為にならない」
「なんで……」
「これもわからないかィ?」
泣きそうな気分でうん、と頷くアルプに、ヴィエーディアは溜息をついて、持ってきたワインを飲んだ。
「ブールが魔法猫を禁じているってのは知ってるネ」
「うん」
「昔々」
ヴィエーディアはワインで唇を湿らせながら、話を始めた。
「ブールの国にやってきた魔法猫がいました。魔法猫は自由でした。そして、その国の王様を気に入って、王様の傍にいました……」
……王様は魔法猫が大好きで。魔法猫も王様が大好きで。
魔法猫は、王様の為に何でもしてあげようと思っていました。
魔法猫は丈夫なお城を作りました。
忠実な騎士を見つけてきました。
綺麗なお嫁さんを連れてきました。
みんなみんな、魔法猫は王様に喜んでほしいからでした。
……だけど。
王様は、そのうち何もしなくなりました。
何もしなくても、魔法猫が全部やってくれる。
だって、魔法猫は自分のことが好きなんですから。
そして、王様は、魔法猫に感謝することがなくなりました。
魔法猫は力をなくして、ただの猫になってしまいました。
王様は慌てましたが、後の祭り。
丈夫な城も、忠実な騎士も、お嫁さんも、何もかも王様は失いました。
王様は猫と一緒に国を追い出され、王国が立ち直るのに、数十年はかかりました。
……それから、ブールの国は、魔法猫を受け入れないようになったのです。
お話を終えたヴィエーディアは、ワインをグラスに注いで
アルプは泣きそうだった。
「ぼく、じゃま? じゃまなの?」
「いいや邪魔じゃない。あたしは感謝してる。お嬢様を自由の身にしてくれた、それだけで、一生あんたに感謝して生きられる」
ヴィエーディアはそっとアルプの頭をなでた。
「だけどネ、お話を忘れたかィ? 自由な魔法猫の魔法力はデカすぎる。その力を同じ人に費やすと、その人は魔法猫に頼りっきりになっちまう。努力をしなくなるんだ。与えられた力で満足し、そのうち、感謝もしなくなる……」
ぐしゅんとアルプは鼻を鳴らした。
「飼われている魔法猫の魔法力が低いのは、多分それを避ける為なんだろうねェ……。とにかく、自由な魔法猫が特定の人間の傍に居続けるのは、よくない。それがブールの悲劇とも呼ばれる衰退の教訓。……あんたも魔法猫なんだ、分かるだロ」
アルプの金色の目から、ぽた、ぽた、と水滴が落ちた。
「おかあさんがいってた……ひとりのひとのそばにいちゃいけない、たくさんのひとをたすけるのがじゆうなまほうねこのおしごとなんだって……それがまほうねこのほこりなんだって……」
「そうだネ、多分、それが答えだヨ」
「でも……」
アルプは泣きながら言った。
「ぼく、もっと、フィーリアさまや、エルアミルさまや、ジレフールさまや……ヴィエーディアさんを、みてたい。じぶんのゆめをもって、はしっていくすがたを、そばでみてたい。みてたいんだ……」
ぐしゅんぐしゅんと鼻を鳴らし、アルプはみてたい、と繰り返す。
「そうだネ。見てたいよネ……。わかるヨ。だからあたしもお嬢様に従ったんだもんネ……」
ヴィエーディアはそっとアルプの頭をなでた。
「でも、あんたは手を出しすぎてしまったんだ……お嬢様は【鑑定】を楽しみにしちまってる……それが一晩でなくなっちまったと言われたら、がっかりを通り過ぎて……お怒りになるかもしれない。人間、手に入ったと思ったものを失った時が一番がっかりして一番怒る時だからネ。レグニム王やブール王がそうだったロ?」
アルプは耳までぺたんと寝てしまった。
「ぼく……ぼく……」
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