第14話・まほうのどうぐ

「ヴィエーディア殿はフィーリア王女付きの魔法使いにして、感知魔法ではレグニムでも一・二を争うと言う。そして魔法道具の制作でも。ならば、その魔法力と道具で金のハートを探せるかもと思ってこちらをお尋ねしたのですが、想像通り既に考えが出ていたのですね。あとは費用だけ」


「あァそうサ。姫様の御為をと思っても残念ながらこっちの金は優しさの欠片もありゃしない。現実ってものに押しつぶされそうサ」


「その所をブールが補いましょう。このままでは我らの求めるものが手に入らないのは目に見えていますからね」


「いいのかネ? ブール王国付きの魔法使いの目の前で、他国の魔法使いの研究に金を出すなんて、ストレーガは納得するのかィ?」


「納得させる」


 どちらかと言えば穏やかだったエルアミル王子の顔は険しく、それだけ真剣に見えた。


「この研究は魔法薬とは別物だ。この研究に金を出しても魔法薬が安くなるわけじゃアない。それでもいいのかィ?」


「承知の上」


「なら、断る理由はないねェ」


 にぃっとヴィエーディアは笑った。


「金のハートならぬ金のお金を、出していただこうか」


 ぱしん、とヴィエーディアが指を弾くと、アシステントが色々な紙を持ってきた。


「魔法道具の材料がこれだけで、製作費はこれだけです。それと……」


 ぞろぞろぞろ、と訳の分からないことを言い出したアシステントと、おっそろしい程歯を食いしばっているストレーガを見て、アルプは人間は難しいと思った。


 魔法猫にとって、魔法は使おうと思えばいつでも使えるもの。お金や道具なんか必要ない。人間は魔法を使うのに呪文や道具が必要。アルプはマントを羽織って空を翔けられるけど、人間の魔法使いは呪文と魔法薬と道具があって、それで限られた時間しか飛べないのだ。


 何で人間が飛べないのかアルプには分からない。たったひとつわかるのは、それでストレーガが自分のことを気に入らないのだろうということ。


 空を飛ぶだけが魔法じゃないし、飛べなくたってすごい魔法はたくさんある。魔法猫はどれだけ魔法力を持っていても誰かが魔法を使えるようにすることは出来ないけど、人間が使う魔法道具は魔法力のない人間でも魔法のような力を使えるよううになる。それは人間の魔法使いにしか出来ないすごいことなのに。


「では、これで」


 エルアミル王子がリッターに合図して、狼の文様を描いて封をされた箱を出した。


「予定ではこれで足りるはず。もし足りねばルイーツァリに申し付けて頂けば」


「はいヨォ。予算があればすぐにでも作れるんだ、早速始めるとするかネ。アシステント! ジャザ! 御猫様を連れて研究室へ行くヨ!」


 エルアミル王子のことなどすっかり忘れてしまったように、ヴィエーディアはアルプを小脇に抱えて研究室に入っていった。


「では」


 エルアミル王子が去るのを礼儀正しく待っていたアシステントとジャザが、四人の姿が消えるまで頭を下げて、続いて研究室に入る。


「えらく都合よく王子がいらっしゃいましたな」


 道具の材料を吟味しながら、ジャザが呟く。


「偶然……でしょうか」


「ンなわけないだろがィ」

 

 ガラス瓶や薬物の棚を開きながらヴィエーディアが言う。


「姫様がブールに援助を乞うたンだ。目に見えるようだヨ」


「主任?」


「エルアミル王子は、姫様にお会いできる数少ない人間だ」


「はあ」


「この御猫様は、ただ偶然見つけたと思うのかィ? まさか! 姫様がさしむけたのサ」


「じゃあ、これは本当の魔法猫……」


「じゃアないヨ。事実喋れないじゃないかィ。姫様は御猫様に自分の匂いを教え込んであたしを探すようになさったのサ。魔法猫のなりかけなら魔法力に敏感だ。御自分の匂いを教え込んで、その匂いがする魔法力の持ち主の所へ行くように仕向けなさったンだ。姫様は実に考えておられる」


「確かに、猫が塔に迷い込んだとの話がありましたが、ではこれが姫様の部屋に侵入した猫……」


「エルアミル王子が知っているってだけで十分な証拠になるだろ? 王子は姫の部屋でこの御猫様にお会いになられたンだ。姫様は王子の願いを叶えるにはあたしの魔法が必要だと思った。それで御猫様をあたしの所へ差し向けたけど、思えば今のあたしたちは王族付きの一級じゃない。予算が足りないと思ったんだろ、わざわざエルアミル王子に頼んでくださったんだ。どうだィ? これ以上問題はあるのかィ?」


「いいえ、ありません、ありませんとも」


 ジャザは首を竦め、アシステントはやる気を出したように見えた。


「予算の心配がないと言うなら、遠慮なく使わせてもらいましょう。早速魔法道具の制作に入りましょう」


 それからは、アルプには分からないことが始まった。


 魔法道具を作る所を見られると言うので興味津々だったのだが、魔法道具を作ると言うよりはアルプの頭に何やらとっかえひっかえ被せてはガラスの筒を叩いて「これはダメ」「これもダメ」と繰り返しているので、魔法道具じゃなくて自分の頭の中を探っているんじゃないかと思うほど。


 そして頭に被った色々な中に繋がるチューブに薬品を入れては様子を探る。


 ヴィエーディアの顔がこれ以上ない程真剣でなかったら、アルプはさっさと逃げ出していたかもしれなかった。


「ふン……なるほどなるほど」


 やっとヴィエーディアの顔が満足したように笑みに満ち、後ろで薬品を出したり閉まったりしていた二人の目が輝いた。


「よォし、後はあたしの魔法力と組み合わせるだけさネ」


「期待してますよ主任!」


「任せとき」


 ヴィエーディアの目の前にはアルプの頭にはまるくらいの半球形のガラスと、あちこちから伸びるチューブ。その先の小さな小箱に向かって、ヴィエーディアは呪文を唱えた。


「偉大なる力よ、我が目、我が耳となりてここに宿り、我が求めるものを見つける手立てと成れ」


(すごい! じゅもんだ!)


 キラリと小箱が光り、チューブを通って走り回って半球形のガラスからまた小箱に戻った。


「よし、成功さネ」


 ヴィエーディアは満足げに笑った。

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