第15話・とわのちかい

 ヴィエーディアは頭の上に猫を乗せて歩いていた。


 第二王女付き一級魔法使いの若さと頭脳と奇行きこうは有名だったので、猫が頭の上に載っているくらいなら誰も驚きやしなかった。


 ただ、今回、その猫は、強化ガラスの帽子をかぶり、その帽子と繋がったチューブの先は猫の胴体に着せかけられた小箱に複雑に絡み合ってチカチカと光っていた。


 全員が不思議そうに猫を乗せた女魔法使いを見て、猫を見て、女魔法使いを見る。


 猫はきょろきょろとあちこちを見ているけど、魔法使いは平然と城の中を歩いている。


「さァて、どこにあるかねェ」


(ヴィエーディアさん?)


(何だィ)


(何してるの?)


(金のハート探しに決まってるだろ?)


 何だかよくわからなくて考え込んでしまったアルプに高らかに笑いながらヴィエーディアは謎の練り歩きを続ける。


(きんのハートはどこにあるの?)


(それを探してるんじゃないかィ)


(おしろのなかをあるいてるだけだよ?)


(それをさがすっていうのサ)


(このチカチカしてるひかりはなに?)


(それがお前さんの金のハートさ)


(え?)


(さすが魔法猫の魔法力だ。残った欠片ほどとは言っても、あたしら人間を遥かに上回る魔法力があるねェ)


 カカカ、と声高らかに笑い、ヴィエーディアは心の話を続けた。


(あんたら魔法猫は本能で魔法力を動かすけど、人間が魔法を使う時に呪文や道具を使う。それは、魔法力をどこにどんな感じに向けるかをはっきりさせてやんなきゃいけないからなんだよ)


(?)


(それで、分かりやすく説明すると、あんたの中の魔法力……金のハートに、同じ金のハートを探すっていう方向性を与えてやったのサ。だからハートの気配にすごく敏感になったってコト)


(ぼくはどうすればいいの?)


(そのままそこにいて、金のハートの気配をめいっぱい探すのサ)


 鼻の辺りに意識を集中すると、確かに前より自分の匂いが強く感じる。周りの匂いが確かに鼻に届く。


(すごいね! まえよりはながきくよ!)


(だろゥ?)


 ヴィエーディアは機嫌よさそうに返事を返した。


(ただ、その敏感にする装置をお前さんにつけると、お前さんの体じゃ動けなくなっちまう。だからあたしの頭の上に乗っけてるってわけだ。あたしが何しようと気にする人間はこの城の中では少ないからねェ)


(ヴィエーディアさんは、すごいまほうつかいだとおもうけど)


(みんなそう言うヨ。ついでに変人とも言う……っととと)


(どうしたの?)


(気合い入れて猫の振りしてなヨ。ちょっとうるさくなりそうだから)


 ヴィエーディアの見た方向を見て、アルプは気合を入れて猫の振りをすることにした。


 不機嫌満々のストレーガが向こうから歩いてきたからだ。


「フン、小娘が、間抜けな格好をしおって」


 ヴィエーディアは綺麗にスルーして歩いていく。


「フン。返す言葉もないと見える」


 ヴィエーディアはこれも無視。


「間抜けな格好で練り歩いて、恥をさらすのだから、大した魔法使いなものだ!」


 これも。


「……貴様」


 ストレーガの声が地獄の窯の底のように低く不気味なものになった。


「人の話を聞いているのか!」


「え? あたしに何か御用でしたかィ?」


「聞いていただろう!」


「随分大きな独り言を仰っていたようなので、放っておこうと思ってましたけど。あたしに御用があるんなら、きちんと名前を呼んでもらわなきゃあ。あたしの名前は「貴様」でも「小娘」でもないんでネ」


「……ではヴィエーディア、貴様は何をしているのだ」


「見ての通り、金のハート探しですけど」


「何処が見ての通りだ。馬鹿をさらして歩いているようにしか見えんわ」


「あたしが何をやろうと気にする人間はこの城にはほとんどいませんので」


 ヴィエーディアは自分の頭の上に手を伸ばし、アルプの喉をカリカリとく。


「陛下ですらあたしが何をしようとお気になさいませんでね。異国の魔法使い殿に何言われてもあたしが気にする義理はないんですワ」


「くそっ、主の立場を利用して偉そうに……」


「おっと、訂正していただきましょうかネ」


 ヴィエーディアは鼻で笑った。


「あたしが忠誠を捧げたのはフィーリア姫様なんでネ」


「フィーリア王女が幽閉されている今、貴様は一介の魔法使いでしかない」


「姫様が幽閉されようとお亡くなりになろうと、あたしの忠誠心は変わらない。じゃあお伺いしますがネ、エルアミル王子付き魔法使いのストレーガ殿。あんたは、王子がいなくなったら魔法使いを廃業するんですかィ? 宮廷魔法使い殿?」


 ぐ、とストレーガは息をのむ。


 ヴィエーディアが言ったのは事実だ。


 王族付きの魔法使いは一級魔法使いと言われ、国の政治や経済にも影響を与える。だからこそ、自分の上に立つ王族が失脚すれば別の王族に鞍替えする魔法使いは少なくない。


 しかしそう言う魔法使いは、やはり余程の実力がないと重用ちょうようしてもらえない。


 王族が信頼するのは、魔法力を自分に捧げた、自分の為に魔法を使わない、永久とわに貴方の魔法使いであると言う証を立てた魔法使いだ。


 ヴィエーディアはフィーリア王女に永久の魔法使いの証を立てた。例え王女が幽閉されたとしても、ヴィエーディアは王女の為に魔法を使う。フィーリア王女が王女じゃなくなったとしても、ヴィエーディアはついていくつもりだ。それが永久の誓いだ。


 一方ストレーガは永久の誓いを立てていない。王子付きではあるけれど、王子に何かあっても手伝ったり助けたりする義務はない。だから王族付きだろうと一級だろうと宮廷魔法使いと呼ばれる存在は下に見られる。


 それを知っていてヴィエーディアは言ったのだ。


「貴様……」


「フィーリア姫様がエルアミル王子と結婚するならば、あたしもその先へついてくヨ。あたしが魔法から離れるのは、姫様が亡くなった時とあたしが要らなくなった時だけサ」

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