第13話・やってきたおうじさま

 先に部下……年かさの男がジャザ、若い方がアシステントと言うらしい……を奥の部屋に追いやったヴィエーディアは、しばらく羽ペンん先で自分の頭を突きながら考え、突然ものすごい勢いで羊皮紙に何事か書き殴り始めた。


 一体何をやっているのだろうとアルプは聞きたかったが、ヴィエーディアとの約束を破ってひげを引っこ抜かれても困るので、必死でガマンした。


 ガリガリガリとヴィエーディアは書き殴り続け、書き終わった羊皮紙を机から弾き出し、書き終えてまた弾き出すものだから、アルプから見ると机の周りに羊皮紙の雨が降っているようだった。


 フィーリア王女が彼女を信用してるのも分かる気がする。


 彼女は、ものすごく頭の回転が速いのだ。


 王女付きの魔法使いとは思えない程乱暴な口の利き方をして、部下の尻を蹴飛ばすような所もあるけれど、一旦これ、と決めたらそれに向かって物凄い勢いで走り出す。床に落ちた羊皮紙には、ひどい殴り書きで色々書かれていて意味は分からなかったけど、多分それだけのことが頭の中を駆け巡っているのだろう。


 人間の魔法使いは学問として魔法を収めるが、魔法猫の魔法は本能だ。人間の魔法使いが考えて編み出す魔法道具は意味が分からないけど使い方は分かる。羊皮紙に込められた匂いには、強い強い魔法の匂いがした。


「……ぃよっしゃあああ!」


「にゃあっ?!」


 びっくりしてアルプが鳴いてしまっても仕方ないだろう。ヴィエーディアは何の前触れもなく絶叫して万歳したのだから。


「にゃあなんて間抜けなことをいうやつは……」


 とヴィエーディアが周りを見回して、背毛どころか尻尾も瓶洗いのようにしてしまったアルプと目があった。


(悪い悪い、驚かせたネ)


 心の中に、ヴィエーディアが声を送って来たけど、謝る気持ちはあんまりないのは分かった。満足、の匂いだ。


「主任?」


「おう」


 奥の部屋から顔を出したアシステントが声をかけてくる。


「何か閃きました?」


「ああ、久しぶりにこれだけ頭が回転したヨ」


「調子がいいようで何より」


 アシステントは部屋に戻ってきて、あちこちにぶちまけられた羊皮紙を拾う。


「久しぶりじゃないですか、ここまで爆発したの」


「そりゃあ、……そりゃあ、姫様を助ける為ならサ」


「そうですねえ、我々が金のハートを見つければ、必ずや王女は塔から出されるでしょうからねえ」


「わかったらさっさと順番並べる」


「だから通し番号くらいつけてくださいとあれほど……」


「あたしの頭が全力回転してる時に、通し番号なんて出てくるもんかィ」


「やれやれ……」


 アシステントは溜め息をついて、時間をかけて羊皮紙の束の順番を探し当てた。


「こりゃまた……すごいものを……」


「何か問題でも?」


「予算のことは考えたんですか?」


「金のハートで魔法薬を作れれば、ブールからデカい金とデカい貸を作れる。あたしは限界ギリギリの所まで削ったつもりだけど?」


「だからいつも言ってるでしょ! 今の俺たちは王族付きじゃあない、一介の研究者! 国家予算を使うわけには……!」


「姫様が出てくりゃア出る金サ」


「だぁーからぁー!」


「じゃあこれ以上のプランを出してごらん。多分この国でこれ以上のプランは出ないと思うがネ」


「そりゃあそうなんですけど……」


 出る出ないで揉めている所で、ノックの音が聞こえた。


「はいヨォ」


 その言葉がキーワードらしく、ドアが開く。


「失礼」


「おっと、こりゃあ、エルアミル殿下」


 淡い青の瞳に金色の髪……エルアミル王子が入ってきた。


 その後ろにはリッターとルイーツァリ、一番背後にストレーガ。


「姫様についてなら、何にも知りませんヨ。あたしらは姫様と面会できないんですから」


 エルアミル王子とアルプの目が合った。


 アルプがすい、と視線を外すと、王子もすい、と視線を外す。


(つまり、おうじさまはぼくとしりあいなのをしられたくないんだね)


 アルプはすぐにそう判断した。


(わかった。じゃあぼくとおうじさまはしらないどうし)


 ストレーガがアルプの姿を見つける。


「魔法猫だと?! フィーリア王女の所にいた魔法猫ではないか!」


「え、姫様の所の?」


「なるほど、姫様の気に入りの魔法猫かィ」


 ジャザのひっくり返った声に、ヴィエーディアは気にした様子もなく呟く。


「じゃあお前さんは姫様を出したくてここまで来たわけかい?」


「にゃあ?」


「やっぱり言葉が通じないねェ。なりかけではダメみたいだねェ」


「ヴィエーディアさんにその魔法猫のことで頼みがあって」


「殿下が? 何ですかィ」


「金のハートを探す魔法道具を作っていると見受けたが」


「そうですけど?」


「その費用、私に出させてはいただけないだろうか」


「へェ?」


 ヴィエーディアは目ん玉をひん剥いてエルアミル王子を見た。


「そりゃあこっちとしては望むところだけど、何だって王子ともあろう者が他国の魔法使いを頼るンだィ? 一番後ろでおっかない顔をしてる宮廷魔法使いがいるじゃないサ」


「ストレーガは魔法猫の魔法力とは相性が悪いようで」


 エルアミル王子も苦々しい顔だ。


「そこのなりかけ魔法猫からも魔力は一切感じないと言い張る」


「儂の魔法感知を疑うと仰るか!」


「事実、なりかけの魔法猫から一切の魔力を感じないというじゃないか」


「金の目になりかけているからと言って魔力を持っている証拠にはならん!」


「へェ?  あたしにャ独特の魔力の気配を感じますがネ」


「この小娘が!」

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