第8話・おうじさまにひつようなもの
「魔法薬師は言った。ジレフールの呪いを解くのは、純粋に金に満ちる力と」
「きんに、みちるちから?」
エルアミル王子は頷いて、アルプの返事を待った。
「それって……なんだか、ぼくのきんのハートににてるような……」
「薬師は直接は言わなかったけれど、恐らくは魔法猫……自由な魔法猫が持つ金のハートだろう」
「それがあれば、ジレフールさんは助かるの?」
「助かる……と薬師は言っている。本当かどうかは分からないけど、僕たちにはその薬師に
「ぼくのハートがあったらなあ……」
アルプは呟いた。
「そうすれば、おうじさまにそれをあげられるのに」
エルアミル王子は目を大きく開いて、アルプを見ていた。
「どうしたの?」
「……君は、僕が君のハートを奪ったなんて考えなかったのかい?」
「どうして?」
「僕から、君の金のハートの匂いがすると、君が言ったんだよ?」
「うん。それでどうして?」
「僕が君のハートを欲しがる理由があるんだよ?」
「うん、それでどうして?」
「僕が君のハートを奪ったなんて考えなかったのかい?」
アルプは首を
「でも、おうじさま、こまってるんだよね」
「え? あ、ああ」
「ぼくのハートがあれば、かいけつするんだよね?」
「……そう、だね」
「だったらぜんぜん、もんだいないよ」
はあ……と言う音を聞いて、アルプはもう一度首を傾げた。
「どうしたの?」
「純粋な魔法猫と言うのは、こういう存在なんだな……」
「ん?」
「力を奪われて勝手に使われて、文句はないのかい?」
「それでジレフールさん、たすかるんだよね」
「恐らくは」
「それならいくらでもぼくのハートあげるよ。それでひとがたすかるんでしょ? おうじさまうれしいんでしょ? だったらぼくもうれしい」
王子はそっぽを向いた。
肩が微かに揺れている。
「どうしたの?」
もう一度聞いたアルプに、エルアミル王子は横を向いて肩を震わせたまま、妙に弾む声で言った。
「本当に、君たち、自由な、魔法猫は、お人好し、なん、だな」
「どうしたのおうじさま? からだのぐあいわるい?」
「いや、いや、違うよ」
エルアミル王子は目じりに浮いた涙を拭っている。
「自由な魔法猫はどれだけ純真なんだか、自分の力を奪われて、文句を言うでなく役に立つなら使ってくれとは」
水差しに手を伸ばして湯冷ましを飲んで、王子はやっと震えが止まった。
「君の気持は嬉しいけど、残念ながら僕は君の金のハートを持っていない……というか、君のハートが何処にあるかを知らない。君が金のハートを持っていて、それを出してくれるというなら、頭を下げてでももらうんだが……」
はあ、と王子は溜め息をつく。
「残念だ。君に金のハートがあれば、ジレフールも助かるかも知れなかったのに」
「ぼく、もっときんのハートさがしてみる」
アルプは真剣な声で言った。
「ぼくのきんのハートがみつかれば、それをおうじさまにあげられる。ジレフールさんがたすかる。そうしたら、きっとおうじさま、よろこんでくれるよね」
「……それは、そうだが」
「そうすれば、おうじさまからのかんしゃのこころで、もういちどきんのハートができるから、そのちからでおうじょさまもしあわせにしてあげられる」
「君は……」
王子は絶句した。
「君は……どうして、王女を閉じ込めている僕を、手助けしようとするんだい?」
「りゆうがあるんでしょう? ぼくにいいたくないだけで」
「……ああ」
「だったらぼくはしんじるよ。ジレフールさんがたすかっておうじさまがしあわせになるのを。そうしたらおうじょさまもしあわせになるってことを」
「君は……すごいな」
「え?」
「何故、そこまで、純粋であれるんだい。色々な人間を見て来ただろうに」
「みんな、いいひとだったよ?」
「本当に?」
「うん」
あっさりと言い切るアルプをじっと見つめ、そうして王子はパン、と膝を叩いた。
「僕も君に感謝しよう、自由な魔法猫くん。君がそこまで純粋に僕とジレフールを助けようと思ってくれたことを」
「うん、わかる」
アルプは無邪気に笑った。
「おうじさまからかんじるもん。きんのハート。だから、がんばってきんのハートをたくさんあつめるよ。なくしたハートもさがす。そうすればみんなしあわせになれるんだよね」
「君の……善意を信じて、いいんだろうか」
王子の声が微かに震えていた。
「ストレーガのように明らかに魔法猫を嫌がる配下を持つ僕に、魔法猫の力の源をくれるという君の善意を、そのまま受け入れていいんだろうか」
「あげるっていってるんだから、もらっていいんだよ」
エルアミル王子は、立ち上がり、以前フィーリア王女がアルプに対してやったように、胸に手を当てて、深々と頭を下げた。
それが、王族にある者が相手に最大の敬意を払うという宣誓なのだが、アルプはその意味を知らない。
ただ、相手が、とっても自分を信頼してくれたんだな、とだけ。
「でも、きょうはばいばいだ」
「え?」
「もうおつきさまがあんなところにある。おうじょさまもまってるし、ぼく、いかなきゃ」
「じゃあ。僕は魔法猫の力を探すとしよう。金のハートは、人間にも見分けがつくのかい?」
「えーと。おかあさんは、まほうのちからをもつひとだったらっていってた」
「そうか。……じゃあストレーガに頭を下げて、魔力の痕跡を追ってもらうとしよう。この城の近く、だね?」
「うん」
「僕からその気配がするんだね?」
「うん」
「では、本気で探すとしよう。魔法猫の金のハートは魔法薬に絶対必要なんだ。ストレーガもそれが手に入るとなれば本気で探してくれるはずだ」
「がんばってさがそうね」
アルプは天窓まで昇ると、おやすみなさいの挨拶をして、王女の待つ塔へ向かって飛んで行った。
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