第9話・おうじょさまとそうだん

 真夜中近く、猫の時間。


 アルプは誰に見咎みとがめられることもなく塔へ戻ってきた。


 カタン、と窓を開けると、フィーリア王女がベッドから起き上がってきた。


「ごめんなさい。おこしちゃった?」


「いいえ。帰ってくるのをずっと待っていましたから」


 ごめんね、ともう一度謝って、アルプは塔の窓を中に入った。


「金のハートはどうでした?」


「う~ん」


 アルプは考え込む。


「おうじさまは、ジレフールさんをたすけたいんだって。そのためには、まほうのおくすりがひつようで、それにはきんのハートがひつようなんだって」


「では、エルアミル様は、金のハートを狙っている……? もしかして、アルプさんから金のハートを奪ったのは、エルアミル様……?」


「それがわからないんだって」


 アルプは真剣に話した。


 王子に魔法の力がないから、金のハートを認識することができないこと。そして、ジレフールを治す魔法薬には自由な魔法猫の金のハートが必要で、自分も出来るなら王子を助けてあげたいこと。


「アルプさんはお優しいんですのね」


 フィーリア王女は微笑んで頷いた。


「アルプさんは一度も会ったことがない方でも、助けたいと思ってしまうのですね」


「おかしいかなあ?」


「いいえ。それは素晴らしいことですわ」


 フィーリア王女はにっこりと微笑む。


「自由な魔法猫さんは知らない人であっても困っていたら助けてしまうのですね。本当に、優しい心」


 でも、とフィーリア王女は考え込む。


「金のハートって、出したり戻したりできるものなのかしら?」


「……わかんない」


 またアルプの耳が伏せられた。


「きんのハートって、かんしゃのこころがぼくたちのなかで、まほうのちからになったものだから……ぼくのなかにはあるとおもうんだ。ただ、そとにでたらどんなかんじになってるのかさっぱりわからない。においでしかわからない」


「そして、その匂いがエルアミル様からしたのですね?」


「でもおうじさまはまほうのちからがないから、まほうのにおいとかわからないんだ。まほうのちからがわかるのはまほうをつかえるみんなだけだから」


「そうなんですね……確かに、魔法の使い手以外には魔力を感知できないと言いますからね……」


「おうじさまはあしたから、ぼくたちのことがきらいなまほうつかいさんにおねがいしてきんのハートをさがすっていってた」


「ストレーガ殿にお願いするのですか……エルアミル様も真剣なのですね……」


「ぼく、おうじさまもジレフールさんもおうじょさまも、みんなにしあわせになってほしい。おうじょさまはどうおもう……?」


「アルプさんは助けたい方を助ければよいのですわ」


 にっこりと微笑んだフィーリア王女に、アルプも嬉しそうに笑い返す。


「おうじょさまはとうからでるほかにおねがい、ある?」


「そうですね……アルプさんが一緒にいてくれれば、嬉しいのですけど」


 ちょっと残念そうにフィーリア王女は笑った。


「アルプさんは自由な魔法猫。わたくしが縛ってしまってはいけませんもの。……願わくば、旅の途中で時々わたくしを思い出して、わたくしが幸せであることを祈ってくだされば、それだけで十分ですわ」


「ぼくがそばにいなくていいの?」


「そばにいてほしいですわ。でも、アルプさんは自由な魔法猫でいたいのでしょう?」


「うん。せかいじゅうをまわって、みんなをしあわせにしたいんだ」


「ですから、わたくしが縛ってしまってはいけないのですわ」


 よしよし、と頭を撫でて、フィーリア王女は微笑む。


「アルプさんはやりたいことをやればよろしいのですわ。わたくしは全力で応援いたします。アルプさんはエルアミル王子とジフレール様をお助けしたいのでしょう?」


「うん」


 だから、とアルプは真剣に言った。


「おうじさまとジレフールさんをしあわせにしたら、ちゃんとおうじょさまもしあわせにするからね」


 あら、とフィーリア王女は片手を口に当てた。


「ちゃんとわたくしも入っているのですか?」


「もちろんだよ。ぼくはおうじょさまをたすけたかったんだから。だけど、じゅんばんがあとまわしになっちゃう。ごめんなさい。さいしょにたすけてくれたのはおうじょさまなのに……」


「何も気にしていませんわ」


 フィーリア王女はにっこりと微笑んだ。


「だって、アルプさんは今、わたくしの傍にいてくださるのですから。それだけで十分、それだけで幸せ。分かります?」


「ぼくがまほうをつかわなくても?」


「ええ。魔法など使わなくても、アルプさんはわたくしの助けになってくれているのですわ。それはわたくしの感謝の心でお分かりになるでしょう?」


「うん」


「わたくしは塔から動けませんけれど、外にいるわたくしの僕の中に魔法を使える者がおります。彼女と力を合わせて、金のハートを探せばよろしいですわ」


「魔法を使える人……?」


「ええ。わたくし付きの、ヴィエーディアと言う名の魔法使いです。魔力を感知する能力に長けていますから、アルプさんの金のハートを探す手助けになるかと思われますわ」


「ありがとう、おうじょさま!」


 アルプは尻尾をピン、と立てて元気よく言った。

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