第10話・ヴィエーディアさん
翌朝、フィーリア王女はテーブルに向かって、羽ペンと羊皮紙で手紙を
「ヴィエーディアにこれを渡して。あの子ならこれを見れば全て分かって、貴方に協力してくれるはず。ヴィエーディアは年の頃はわたくしと同じ位、長い灰色の髪を編み込んだ、灰色の瞳の女性で、眼鏡をかけている。……そうね、わたくしに一番近い所にいた魔法使いだから、わたくしの匂いがするかも知れませんわ」
フィーリア王女は、既にアルプに「気配」と言うものが上手く理解できないと知っていた。だから、彼らの言う気配……「匂い」として伝え、でもそれは決して匂いと言ってはいけない、失礼だから、と教えた。
「おうじょさまのにお……けはいがする、灰色の髪と目の女の人だね」
「ええ。城の、魔法研究所に詰めているはず。魔法の匂いがする方向に行けばきっと会えますわ。でも、他の誰かがいる前でその姿を現してはいけませんよ」
「わかってる。おうじょさまとのやくそくだもん。ぼくがおうじょさまとあってることがばれると、ぼくがおいだされるんだね」
「追い出されるだけで済めばよろしいですけど」
魔法猫は強大な魔力を持っていて、気に入った相手に惜しみなく魔法を使う。王侯貴族の夢は、優秀な魔法猫を配下に持つことだ。食事やマタタビと言った、魔法猫を服従させる方法はいくつかあるが、そのような手段で捕えた魔法猫の力は人間の魔法使いと大差ないくらいの魔法力になってしまう。自由な魔法猫にとても気に入られて、傍に一生いると誓ってくれた魔法猫だけが、相方の願いに沿って国を創ることすらできる。だから、もしフィーリア王女の所に自由な魔法猫がいると知られたら、父王や貴族たちは寄ってたかって塔に押し寄せ、アルプに会わせてくれるよう頼むだろう。アルプはお人好しだからいちいち話を聞いて何とか力になりたいと頑張って……疲れ果てて倒れてしまう。
フィーリア王女はそんなことをする気はなかった。
アルプの存在は隠さなければ。
その為にも……。
フィーリア王女は真剣な顔でアルプを見た。
「間違っても、他の誰にも、姿も、力も、匂いすら、気付かれてはいけませんよ」
「わかった!」
アルプはマントの内側に手紙を大事に隠すと、姿を隠して塔の部屋から飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇
フィーリア王女の匂いを辿るのは、そんなに大変な事ではなかった。
彼女が塔に閉じ込められたのは半年前。王女はあまりあちこち出歩くことはなかったようで、匂いがする場所は限られていた。
今は閉鎖され、時折召使が掃除するだけの王女の私室。
そして、魔法研究室。
魔法の力は国を治めるのに必要なもの。王族が魔法を学んでいることも珍しくない。もちろん魔法を使える人間は少ないし、王侯貴族であろうと金があろうと魔法力は身につかない。だけど、魔法でどんなことができるかを知っていれば、国や領地を治める
だから城の中に魔法の研究室があって当たり前、王族が出入りするのも当たり前。
アルプは物陰から物陰に移動しながら、フィーリア王女の匂いを探る。
ひく、ひくと鼻を開いてひげをピンと立てて、匂いを探る。
(あ!)
アルプはぴたりと立ち止まった。
(おうじょさまのにおい!)
物陰からじっと見る。
灰色の髪を編み込んだ女性……。
「ヴィ……」
と言いかけて、慌てて口を閉じる。
(ほかのひとにきづかれちゃいけないんだって、いわれてたんだった)
灰色の髪の女性から、王女の匂いがする。
王女と親しい人と言うのは間違いない。だって、匂いに宿る王女の感情に、灰色の髪の女性への嫌悪とか苦手とか、そう言うのはなかったから。
う~んと完全な魔法猫じゃない自分の今できることを一生懸命考えて、魔法を使った。
(ヴィエーディアさん)
心の声で話しかける。魔法力を使える相手なら聞こえるに返事もできる心の声。
(だれにもきづかれないであうこと、できませんか)
(あんたは誰)
ぶっきらぼうな心の声が伝わってくる。
(ぼくはアルプ)
思い切って、こう告げた。
(まほうねこです)
相手の匂いが驚きになった。
(魔法猫?)
(おうじょさまからのおてがみをあずかってます)
アルプは思い切ってそう伝えた。
(だれにもきづかれないであえるばしょ、ありますか)
(……ついといで)
灰色の髪のヴィエーディアは前から行くと決めていたように真っ直ぐ歩く。
アルプはその後ろの、
ある部屋に辿り着き、ヴィエーディアは扉を開け、ゆっくりと閉める。
扉が閉まり切る直前に、アルプは隙間をするりと抜けて入った。
真っ暗だ。
もっとも、この程度の暗さなら、普通の猫でも大抵のものは見えるけど。
ちょっと、独特の魔法の匂いがした。
(ひかりのまほうだ)
香草をすり潰す匂いがして、小さな声が【光よ】と呟いて、ふわりと部屋が灯りに満たされた。
灰色の髪の女性は、香草で光を部屋で満たしてから、アルプを見下ろした。
「あたしがヴィエーディアだ」
最初ちょっとぶっきらぼうだった感覚が、アルプの目の色を見たんだろう、興味津々の感覚で見ている。
「あたしに何か用かィ」
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