第11話・まほうつかいのヴィエーディアさん

 アルプは後脚で立ち上がると、マントの内側からフィーリア王女に頼まれた手紙を取り出して、精一杯伸びて手渡した。


「姫様かい? 魔法猫がいるんなら手紙なんていらない……ってわけじゃないか、あんたはマントも言葉もあるのに目だけが青い」


 手紙を受け取りながら、ヴィエーディアはアルプの金がかった青い目を覗き込んだ。


「どういうことなんだィ?」


「ええと、あの……おてがみ、よんでくれますか」


「ああ、そうだね。姫様の手紙は読まないとね」


 ヴィエーディアは魔力のこもった封を見て、間違いない、フィーリア王女その人からの手紙だと確認した。


 王侯貴族が極秘で出したい手紙などがある場合、印の魔法と呼ばれる魔法のかかった道具を使う。大体指輪や首飾りの形をしていて、手紙などの封を閉じる時、上から押し付けると、手紙の主の印が現れて閉じられる。手紙の正当な受け取り主でなければ絶対に開かないのは、魔法使いが主の生命力に合わせて造った魔法。魔法猫の魔力があっても出来ない、人間お得意の魔法薬や魔法道具の制作だ。そしてこれは何年か前、ようやっと印の魔法道具が作れるようになった時、ヴィエーディアが真っ先にフィーリア王女に捧げたものだ。青薔薇あおばらの刻印。その意味は「奇跡」。


 ヴィエーディアが封を解いた瞬間、印の文様は消えた。


 羊皮紙を取り出し、眼鏡越しに目を細めて、手紙を読む。


「ふゥ……ん」


 ヴィエーディアはアルプを見下ろした。


「あんたが魔法猫で、金のハートをなくしちまったのかィ」


「うん」


「で、エルアミル王子の愛しのジレフールを助けないと姫様は塔の中に居続けなければならないって知ったわけかィ」


「うん」


「で、なくしちまった金のハートをエルアミル王子に渡して、魔法薬にして、ジレフールを治す……そうすれば王女も解放されると、そう言うわけかィ」


「うん!」


「なるほどねェ……」


 何度もその目が文字を追って左から右へ、また左へと行き来した。


「また、思い切ったことを考えなすったねェ姫様も。それでこそあたしが生涯お仕えしようと決めた方じゃアあるけど」


「えと、それで」


「んン?」


「ぼくといっしょに、きんのハートを、さがして、くれますか?」


「難しいねェ」


 断られ……てはいないけれど、厳しい言葉に、アルプは頭の中が真っ白になりそうになった。


「あたしも姫様付きの魔法使い、姫様の為ならどこへでも行って命を投げ出す覚悟はあるさァ。だけどね、姫様が幽閉ゆうへいされている今、あたしはこの魔法研究所の一研究員でしかないのさ。一研究員って分かるかィ? 一番下っ端ってことさ」


「じゃあ、おてつだいできないですか……」


「できないとも言ってないヨ魔法猫。あたしが動きづらいってだけで、決して打つ手なしなんて言ったわけじゃないんだから」


「え」


「そもそも魔法猫の金のハートなんてどうやって取り出すんだかと思っちャいたけど、実際に魔法力の抜けた魔法猫なんて生まれて初めて見たよ。うん、金の目じゃないのにマントもあって言葉も話せる」


 ヴィエーディアは片手でアルプを持ち上げると、アルプの目を開かせたり前脚を上下させたりした。


 アルプはヴィエーディアが何をしているかは分からなかったけど、何か意味があるんだろうなと思ってたし、痛くはないからされるがままだ。


「金のハートの匂いがエルアミル王子からしたって言ったけど本当かィ」


「うん。でもおうじさまにはわからないんだって。おうじさまはまほうつかいじゃないから……」


「ッてことはストレーガのジジイかね? あの頑固者がんこものの魔法猫嫌い、金のハートの正体に気付いたら……ああでもエルアミルの目の前でジレフールの命を救える唯一の要素マテリアルを破壊したらどうなるかくらいは分かるか。とするとストレーガでもない……」


 うーむ、と考えて、ヴィエーディアはアルプに聞いた。


「そのマントは外せるのかね?」


「うん、はずせるよ。おうじさまがとうにきたときも、マントかくしてたし」


「普通の猫みたく振舞うことは?」


「だいじょうぶ。ふつうのねこはしゃべらない、よんほんあしでしかあるかない」


「それなら、しばらく普通の猫の振りをしておくれ。自由な魔法猫が城内を堂々と歩いていると目立っちまうからネ」


「うん、わかった」


 アルプは黒いマントを外して、魔法で小さく小さくして、自分の毛の中に隠した。


「いいかいアルプ、あんたは普通の……魔法猫に近いけどマントも持っていない普通の猫なんだからね。あたしに話しかける時は心の声だ。間違っても「あのね」なんて喋るんじゃアないよ」


「にゃあ」


「うん、よし。これではい、なんて言ってたらひげの一本も抜いてたところだけど」


 パン、と手を叩いて部屋中に撒き散らしていた光を一瞬で消すと、ヴィエーディアはアルプを小脇に抱えて部屋を出た。


 そのまま、当たり前のことであるように、アルプを頭の上にのせて歩く。


 召使や従者がヴィエーディアに頭を下げて、顔を起こして、一様に頭の上のアルプに目が行くけど、ヴィエーディアは全然気にしない。いつもそうしているかのように城の廊下を歩いていく。


 本当はあちこち見回して金のハートの匂いを探したかったアルプだが、普通の猫の振りをするんだからと必死でガマンして、ヴィエーディアの頭の上で目を閉じて揺られていた。


 少しして、ヴィエーディアは魔法の扉を開けて、ある部屋に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る